第3話 嘘吐きは討伐作戦の始まり


 それからしばらくして、討伐部隊の面々は無事に悪竜の洞窟に辿り着く。


「お集まりいただいた冒険者の諸君! 私はエルファシリア王国騎士団長のドゥーバ! 諸君を取りまとめるために王宮から遣わされた本作戦の責任者だ! よろしく頼む!」


 洞窟の入り口にキャンプを張った冒険者たちに騎士団長ドゥーバが名乗る。


「これより、本作戦の説明を始める! 本作戦は諸君らも知っての通り、悪竜ストレグラスを討伐するためのものである! 我が国は百年前以上前からこの竜の襲撃を受けている! 我々王国騎士団はそれから悪竜を討伐するべく様々な策を練ったが、そのどれもが失敗してきた! そこで、今回は騎士団だけでなく冒険者ギルドにも協力を仰ぎ、若き一流冒険者たちと我々の総勢三十六名で悪竜退治に臨むこととなった! 我々は諸君らの活躍に期待している!」


「偉そうに言ってくれるじゃないか。要するに騎士団だけではどうにもならないから俺様たちを死地に駆り出してでも悪竜を討伐しようってことかよ。公務員のくせに情けない奴らだぜ」


 ガンナバルクがトーンの低い声でぽつりと呟いた。

 だが、ガンナバルクの呟きを聞いていたのは彼の傍でドゥーバの話を聞いていた銀太郎だけだった。

 銀太郎はガンナバルクが何やら騎士団に因縁のようなものがあるように感じた。


「それでは、作戦の説明に入る! 今回の作戦はパーティーを複数に分けて三段階の編成で挑む!」


 ドゥーバがそこまで話すと、彼の隣に甲冑を纏った騎士の青年が現れる。

 青年は酷くやつれた顔をしており、あまり休息を取れていないのか目の下にクマが浮かんでいる。

 青年が鞘に収まったままの剣で地面を小突く。

 すると、彼が背負っていたリュックサックから透明なゲル状の魔物が飛び出した。


「あれはスライム!? あのガキ、魔物を荷物に仕舞っていたのか!?」


 冒険者たちはスライムたちに警戒する。


「ス、スラぴぃ、だ、駄目だよ襲うのは……ほ、ほら、アレやって」


 青年がか細く頼りない声でスライムにそう命じる。

 次の瞬間、スライムは身体を薄く引き伸ばして地面に巨大な水溜まりとなる。


「よ、よし。次は立体化と体色変更。お、俺の言った通りにやるんだよ」


 青年がそう言うと、水溜まりの上に粘土をこねて作ったような人間とドラゴンの模型が出現した。

 人間とドラゴンの模型は徐々に形を整え、三十六人の甲冑騎士と黒い鱗のドラゴンが戦っている様子を描いた一大ジオラマに変わった。


「まずはこちらを見て欲しい! これは我が騎士団の団員ヒシウがスライムを使役して作り出した立体作戦模型図である!」

「ど、どうも、俺……じゃなくて私はヒシウと申します。そ、そして、こいつがスラぴぃ。私の相棒です」


 ドゥーバが部下のヒシウを冒険者たちに紹介して、ヒシウはおどおどした様子で会釈をする。


「ヒシウのスライムを見て驚いた者もいるだろうが、彼のスライムは人を襲うことはないので安心していただきたい! 何故なら、ヒシウはユニークスキルとして【自然の指揮者テイミングマスター】という魔物を操るスキルを覚えているからである!」


 ユニークスキル。

 それは、人間や魔物が一つだけ持つ固有のスキル。

 この世界でのスキルは能動的に発動するアクティブスキルと受動的に発動するパッシブスキルの二つに大きく分けられており、ユニークスキルはそのどちらかが生まれながらに発現する。

 スキルの習得については適正さえあれば他人が使っているスキルでも訓練次第で使用出来るようになる。

 ただし、ユニークスキルだけは同じスキルを持つ者がいない、オンリーワンの個性なのである。


「スキルで魔物を操っているだって? 随分と変わったユニークスキルを持っているな」

「ストレグラスもこいつがいればなんとかなるんじゃ……」


 ヒシウのスキルを知った冒険者たちは騒然とする。


「あ、いえ、お、俺が操れるのはせいぜいスライム程度の弱い魔物くらいで、さ、流石に竜のような強い魔物は無理です……」


「なんだ、期待して損した」

「まあ、そう上手くいくはずはないよな」


 冒険者たちはがっかりした様子でそう言い、ヒシウは申し訳なさそうに肩をすくめる。


「諸君、ヒシウの作成した立体作戦模型図に注目してくれ!」


 だが、ドゥーバの一声により、冒険者たちは皆、スライムに視線を集める。


「我々三十六名は偵察部隊、第一討伐部隊、第二討伐部隊に分かわれてもらう。それぞれ、偵察部隊が六名、第一討伐部隊が十名、第二討伐部隊が二十名だ! 最初に偵察部隊が悪竜ストレグラスの様子を確認して、第一討伐部隊は偵察部隊の持ち帰った情報を基に陣形を組んでストレグラスと戦う! 第二討伐部隊は第一討伐部隊だけでストレグラスを倒しきれなかった場合、第一討伐部隊と交代で戦闘に出ること! 以上が本作戦の大まかな説明だ! 因みに偵察部隊は立候補制で編成する! 誰か名乗り出てくれる者はいるか!?」


「(なるほど。だとしたら僕は偵察部隊がいいな。偵察して帰ってくるだけなら僕でも出来そうだ)」


 銀太郎はそう考え、勢いよく手を挙げてドゥーバの前に進み出る。


「その役目、俺が果たそう」


 ドゥーバは驚いた様子だったが、出てきた人物が銀太郎だと分かると、納得した表情で頷いた。


「近衛銀太郎が自ら偵察部隊に名乗り出たぞ!? 大丈夫かアイツ!」


「(悪いな、みんな。僕はここで死にたくないんだ。みんなは僕を臆病者だと馬鹿にするかもしれないが、相手はドラゴンだからな。どうか納得してくれ)」


 ざわめく冒険者たちから目を逸らし、銀太郎は心の中で冒険者たちに謝罪する。


「すげえ。俺たちにはあんなこと出来ねえっすよ」

「命知らずな方です。偵察なんて死と隣り合わせの危険な役割だというのに」


「(…………あれ? 今、誰かが死と隣り合わせとか言わなかった? えっ? マジでそうなの? だって、偵察って別に戦う必要はないんだよな? いや、よく考えたら僕以外ちっとも立候補する奴が出てこないけど、もしかして、危険だから出てこないの?)」


「貴君は近衛銀太郎殿か! 名乗り出てくれてありがとう! 偵察というのは未知の領域を探索するため、想定外のトラブルで命を落とすことも多い役目だが、共に頑張っていこうではないか!」


 ドゥーバが銀太郎の手を握って暑苦しい笑顔を浮かべる。


「(まずいまずいまずいまずいこれはまずい! ……僕、死んだわ)」

「偵察部隊には私も参加する! 私の背中は貴君に任せたぞ!」


 ドゥーバに手を固く握られて銀太郎は逃げられなくなったのだった。

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