第2話 嘘吐きは悪竜退治の始まり
――それは一週間程前のこと。
「あれが悪竜ストレグラスの巣くう洞窟、この国でも最高クラスの冒険者しか立ち入りを許されていないという超高難易度ダンジョンか……」
銀太郎と同じ馬車に乗っていた斧使いの男が外の景色を眺めながらそう言った。
「…………」
銀太郎は馬車の片隅で俯いて何も言葉を発することはなかった。
「すげえっす。銀太郎さん、これからあの悪竜ストレグラスと戦うってのに一人で瞑想をしているっすよ」
「なんという余裕でしょう。私なんてさっきから身体の震えが止まらなくて喋ったりしていないと気が落ち着かないのですが……」
銀太郎の様子を見た僧侶と槍使いの男たちはひそひそと話をする。
「(やべえやべえやべえやべえどうしてこんなことになってしまった!)」
だが、銀太郎こそ本当はこの馬車に乗っている人間の中で誰よりもびびっていた。
元々小心者の彼に自ら死地へ赴くような勇気はない。
基本的に彼は「異世界勇者だからきっと強い」というだけの理由で冒険者ギルドから高難易度クエストを押し付けられていたのだった。
この世界は大昔に一度、日本から召喚された異世界勇者の手によって滅びの運命から救われたことがあり、同じ日本人である近衛銀太郎はその伝説の再来と言われていた。
とはいえ、実際のところは雑魚勇者の銀太郎が戦力になるはずがない。
しかし、銀太郎はこれまで数えきれない程の命の危機に見舞われようとも運良く無傷で生き残り、結果的に相手となった魔物が不慮の事故などの理由によって結果的に倒されていることから、人々は完全に勘違いをして彼を過大評価しているのだった。
「おい、てめえが最近巷で有名な近衛銀太郎とかいう野郎か?」
先ほど外を眺めていた斧使いの男が銀太郎に話しかけた。
「…………そうだが?」
銀太郎は斧使いの声に答えて顔を上げる。
「やっぱりそうか。俺様はガンナバルク。この国最強の斧使いだ。よろしくな」
「こちらこそ。それよりも斧使いだと?」
「がっはっはっ! 驚く気持ちはわかるぜ! 斧とかいうマイナー武器を使って戦うような奴は極端に少ないからな! だが、俺様もこの悪竜討伐部隊に選ばれるだけの実力は持っていると自負出来るぜ。てめえには負けるかもしれないが、俺様は今まで何度もギルドで最高クラスの討伐クエストをこなしてきたからな」
「勘違いをするな。俺はお前の実力を疑っている訳ではない。何故ならこの討伐クエストに参加していること自体が相当な腕前の冒険者である証拠なのだからな」
銀太郎は僧侶と槍使いを一瞥する。
二人は銀太郎と一瞬でも目が合ったことで背筋を伸ばして黙り込んだ。
「例えば、あそこにいる二人だが、僧侶の方は魔法医学の貴公子コムラ、槍使いの方は無双槍術の使い手ビブロだろう? 俺も名前くらいは聞いたことがある。どちらも年若いが優れた冒険者らしいな」
コムラとビブロは銀太郎に自分たちを覚えてもらえていたことが嬉しかったようで若干照れくさそうな表情になる。
「年若いって、てめえもあいつらと年齢はそれ程変わらないじゃないか!」
「ガンナバルクも俺より少しだけ年上みたいなものだろう。というか、今回の討伐クエストのパーティーはやけに若い奴が多くないか?」
「確かに。少し妙だな。ただの偶然かもしれないが……てめえが言うなら何か裏があるのかもしれないな」
「それは考え過ぎだろう。今のは単なる世間話だ。忘れてくれ」
そう言って銀太郎は再び俯く。
「(怖っ! 今、僕の一言で軽く陰謀論が捏造されかけたんだけど! どうして僕の他愛もない発言が物語の鍵を握ってる系の思わせぶりな台詞になるんだよ! お願いだから冗談だと思って聞き流してくれよ! こちとらまともに会話も出来なくなったじゃないか!)」
銀太郎は心の中で叫び、頭を悩ませる。
「と、止まれええっ!」
その直後、銀太郎たちを乗せていた馬車が突然停車する。
「おい何があった!?」
ガンナバルクが御者に向かって尋ね、馬車の中から顔を出す。
「そ、それが、森の魔物たちに囲まれてしまいまして馬車を動かせないんです」
討伐部隊の馬車はゴブリンの群れに囲まれていた。
「なんだ、ゴブリンか。最弱の魔物だな。面倒くさいが、ちょっと倒してくるか」
ガンナバルクが馬車から降りてゴブリンの群れと対峙する。
「オラァ! 喰らいなゴブリン共! スキル発動! 【
ガンナバルクが斧で地面を叩くと、杭のような岩が無数に飛び出し、周囲のゴブリンたちを蹴散らしていく。
「すげえっす! あれがガンナバルクさんの攻撃スキル! ゴブリンが一網打尽っす!」
「こうしゃいられません! 私たちも加勢しましょう!」
コムラとビブロも馬車から降りて武器を構えた。
それを見た他の馬車の冒険者も続々とゴブリン退治に乗り出す。
「神の叡智よ! 我々を祝福したまえ! 【
「貫け! 俺の魔槍! 【
コムラがビブロに全ステータスアップの魔法をかけ、ビブロが槍で目にも留まらぬ突きを繰り出す。
冒険者ギルド最高クラスの実力者である彼らに敵うはずもなく、ゴブリンたちは次々と倒されていった。
「ん? そう言えば、銀太郎の奴はどうしたんだ? さっきから姿がちっとも見当たらないが……」
ガンナバルクが怪訝な表情でそう言った瞬間、ゴブリンの群れの中心に赤色の液体が入った瓶が投げ込まれる。
ゴブリンたちが咄嗟に避けると瓶は地面に当たって割れ、赤い液体が飛び散る。
すると、ゴブリンたちは目や鼻を手で押さえて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「なんでしょう? ゴブリンたちが逃げていきますよ?」
「これは……市販の魔物避けポーション? 誰がこんなものを投げたっすか?」
「それは俺のものだ」
コムラとビブロが瓶の欠片を拾い上げて話していると、銀太郎が歩いて来てそう言った。
「なんでポーションなんかで追い払うんだ? 倒してしまえばいいだけの話だろう」
「馬鹿を言うなガンナバルク。お前たちがゴブリンを相手に戦ってどうする。俺たちの敵は悪竜の洞窟に住まうストレグラスだろう? こんなところで体力や魔力を消費するのは無駄な行いだ。そもそも、この世界のゴブリンは女子供を攫ったりする訳でもなく、せいぜい村の作物を荒らす程度の魔物だと聞いている。そんな相手なら今は無視するべきだ」
「銀太郎さんの言う通りだ。俺らは一流冒険者として大事なことを忘れていた……」
「ゴブリンだって必死に生きているんだ。それを俺たちが踏みにじるなんてあってはならないよな」
「強者でありながら、相手が魔物であろうとも弱者を慈しむ心を持っているとは……全く、銀太郎って奴は大した男だ」
「当たり前のことだ。その程度で俺を称えるな」
銀太郎は周囲を見回してゴブリンが残っていないことを確認すると馬車に乗り込んだ。
「(こんなこともあろうかと魔物避けポーションを山ほど買い込んでおいて良かった。ちくしょう、ゴブリンめ、僕を驚かすなよ。……それにしても、この魔物避けポーション、例の悪竜に効くとかは……ないよなあ。どうしよう)」
馬車の席に座り込んだ銀太郎はこの上なく憂鬱な気分でため息を吐いた。
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