第1話 嘘吐きは英雄譚の始まり
「皆の衆! 今日ここに新たなドラゴンスレイヤーが誕生した! どうか拍手と喝采を!」
中世ヨーロッパ風の城塞都市が点在する王国エルファシリアの王都エルフィンでは国王主催の大規模な祭りが開かれていた。
その祭りは王国を古くから悩ませてきた悪竜ストレグラスを滅ぼした勇者を称えるためのものだった。
王城前の広場で国王が国民を集めて竜殺しの勇者に勲章を与える式典を行っていた。
「それでは登場していただこう! 彼こそが我が国の誇る伝説の勇者、近衛銀太郎!」
国王の台詞と共に舞台へ上がって来たのは黒い髪と平らな顔が特徴的な剣士の青年。
青年は腰のベルトに一振りの両刃剣を差し、黒い鎧に身を包んでいた。
国王の話をつまらなそうに聞いていた広場の群衆は勇者が現れた瞬間、歓声を上げて湧き立つ。
「銀太郎殿、国民たちに何かお言葉をいただきたいのだがよろしいかな?」
国王の言葉に頷いた勇者銀太郎は前に進み出る。
「えー、おほん。今回はこのような場を設けていただき、とても光栄な気持ちだ! しかし、俺は大したことをしたとは決して思っていない! ただ、この国を守りたかった、それだけだ! 俺は外なる世界から舞い降りた破壊の化身だが、自分を特別な存在だと思ったことは一度もない! この国、この世界にはまだまだ俺よりも強い奴が大勢いる! つまり、お前たち一人一人も俺に匹敵する力を秘めているということだ! エルファシリアの民よ! 己の可能性を解放せよ!」
群衆の歓声がより一層大きくなる。
「さて、銀太郎殿からのありがたいお言葉をいただいたところで勲章の授与と参ろうか! ラビニア! この勇者に勲章を贈るのだ!」
「はい! 承知しましたお父様!」
続いて舞台に上がったのは煌びやかなドレスを纏った銀髪の美しい少女だった。
ラビニアという名の彼女はエルファシリアの第一王女。
ラビニアは銀太郎を憧憬の眼差しで見上げ、彼に勲章を手渡す。
「この国を救ってくれてありがとうございます、銀太郎様」
そう言ったラビニアは銀太郎と目が合うと僅かに頬を赤らめて思わず目を逸らす。
「えっ、ラビニア、何その表情。パパ今までラビニアのそんな顔みたことないんだけど……」
銀太郎とラビニアのやり取りを見ていた国王は式典そっちのけで様子のおかしい愛娘が気になって仕方がなかったらしい。
〇 〇 〇
「助けて女神様ああああっ! 僕、ドラゴンスレイヤーになっちまったんだけど!」
式典の翌朝、エルフィンの郊外にある自宅へ帰って来た銀太郎は姿見に泣きつく。
一人称や口調まで変わった彼に式典での勇ましい姿の面影はどこにもなかった。
「……そうらしいわね。式典お疲れ様。それで、君、今度は何をした訳?」
姿見の景色が切り替わり、端正な容姿の女性が映し出される。
女性は神々しい建物の中で玉座に腰掛けており、頬杖を突いて膝を組み、呆れた表情で銀太郎と目を合わせる。
彼女が銀太郎をこの世界に召喚した張本人、女神ソラリス。
そして、平凡なヒキニートだった銀太郎の人生を狂わせた元凶でもあった。
「なんか、いつの間にか僕が悪竜ストレグラスを倒した勇者ってことになってたんだ」
「……はあ。よく分かんないけど、また厄介ごとを引き起こしたのは分かったわ。どうせ、ちょっと前にあった魔王軍幹部ラスパールの件みたいに、余計なことをしたとかでしょ?」
「ああ……あの時は危うく死ぬところだったんだが」
「ステータスを計測するスキルだったわね。自分と強さを比較して確実に勝てる相手を選ぶなんて卑劣だけど、なかなかクレバーな相手だわ。君はそのおかげで命拾いをしたみたいだけど」
ソラリスは神の力で異空間から水晶玉を手元に召喚する。
水晶玉を姿見に映る銀太郎に向けて掲げると、光り出した水晶玉の表面に計測された銀太郎のステータスが表示される。
「体力筋力知力敏捷魔力幸運、その全てが9999のカンスト。こうして見れば君は普通にチート勇者で間違いないわね。……だけど、悲しいかな。このステータス数値は召喚の反動で生まれちゃったバグ。実際にはどのステータスもこの世界の水準では平均以下。せいぜい10から15ってところなのよね」
「そのせいで僕は魔王軍に目を付けられ、冒険者ギルドでは毎度の如く理不尽なクエストを受けさせられる羽目になっているんだけどな」
「でも、それがきっかけで可愛いお姫様とお近づきになれるんだから役得じゃない」
「それはそれ! あんた本気で僕にこの世界救って欲しいならチートの一つくらいくれてもいいだろ!」
「そんなことは出来ないわ。こちらの世界に召喚した時、君にも言ったと思うけど、昔と違って、今は天界の法律で神が人間に対して易々と力を貸してあげることが禁じられているのよね」
天界。そこはソラリスのような神々が住まう世界。
あらゆる世界の行く末を見守り、滅亡の危機を迎えた世界に救いの手を差し伸べる役割を担っている神々は異世界から人間を一人ずつ召喚して、神々の代理人として強力な能力や武装を与えてこれまで何度も世界の滅亡を防いできた。
しかし、ここでとある問題が生じる。
異世界に送った人間たちが神からもらったチート能力を乱用したことにより、別の意味で世界の秩序が乱れてしまったのである。
例えるならば、生態系を豊かにさせる思惑で放流した外来種の動物が在来種の動物を捕食するようになってしまったという状態である。
そこで、天界にはチートの貸与を禁ずる法律が生まれ、以来、神々は召喚した異世界勇者に深い手助けはせず、出来る限り自力でなんとかしてもらおうとするスタンスに切り替えたのだった。
つまり、今のご時世は異世界勇者脱ゆとり化の真っ最中であり、異世界勇者たちには実力社会という冬の時代が到来していた。
「脱ゆとりってアホか! なんの特殊能力も持たない人間をそのまま殺伐とした世界に送り込むとか神々は現場のこと何もわかってないだろ!」
「その話を私にされても困るんだけどなあ。まあ、法律上、一つの世界につき異世界勇者は一人までだから、君が世界を救うか、あるいは死んでくれないとこっちもどうしようもないというか……」
「この女神様、今さらっと僕に死んで欲しいとか言わなかったか?」
「いや、出来れば君に魔王を倒してもらってこの世界を平和にして欲しいとは思っているよ? しかし、君の実力ではどうしようもなさそうだし、私は天界で待つことしか出来ないし、ぶっちゃけ、もうなるようになれと……」
「うわ、最後の希望の女神様まで匙投げちゃったよ。どうするんだこれ」
「ところで、聞きそびれていたけど、結局、君は今回、何をしでかしたのよ」
「あっ……それなんだが……」
「どうしたのよ。悪竜退治に行って、勲章もらって、帰って来たってことはなんだかんだちゃんと件の悪竜とやらは倒してきたんでしょ?」
「実は……悪竜ストレグラスは……まだ倒してません」
「………………………………………………………………は?」
「僕が一人で偵察に行った時、なんでか知らないけどすでに深手を負っていたから、放っておいても勝手に死ぬだろうと思って、住処の洞窟を塞いで、適当に報告したら、なんでか僕が悪竜を退治したことになって、勲章までもらっちゃいました……はい」
「なっ――」
「こんな時、僕は一体どうすればいいのでしょうか。……教えてください女神様」
銀太郎はしおらしく両手の人差し指を突き合わせて、真っ青な表情でそう言った。
「何やってんのよ! このおバカああああっ!」
ソラリスが姿見に掴みかかって絶叫した。
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