世界を救う英雄なんて見掛け倒しでもなんとかなるはず!

Laurel cLown

プロローグ


「クハハハハハッ! 人間共の実力者も所詮はこんなものか!」


 荒野の真ん中で四人の冒険者パーティーが満身創痍で地面に膝を突く。

 彼らの前には山羊の頭を持つ筋骨隆々な巨人が仁王立ちしていた。


「くっ! 魔王軍幹部ラスパール、なんて強さなんだ! こいつ相手には俺の防御も役に立たないかもしれない……」


 最前線でラスパールの攻撃から味方を守っていた大盾使いの男がそう呟く。


「何を弱気になっているのよ! あんたが攻撃を防いでくれなきゃ私たち全滅するのよ!」


 魔法使いの少女がそう言って自らの魔法でラスパールを攻撃するが、ラスパールには傷一つつけられなかった。


「で、ですが、私の回復も間に合わないので、どの道ここは撤退した方が良いと思います!」


 女僧侶は回復魔法を使ってパーティーメンバーの体力を癒すことに徹していたが、激闘によって彼女も疲弊しており、泣き叫ぶように訴える。


「いいや! まだだ! 俺たちならまだいける! 俺が聖剣の奥義を解放するまで、全員、俺のサポートをしてくれ!」


 しかし、絶望的な状況でもパーティーリーダーである剣士の青年だけは諦めていなかった。


「まさか、あの奥義を使うのか!?」

「そうだわ! あの奥義があれば私たちはまだ勝てるかもしれない!」

「でも、そんなに上手くいくのでしょうか?」


 パーティーメンバーの面々は三者三葉の反応を示す。


「ここで諦める訳にはいかないんだ! 俺の名はラタン・ローライド! いずれ魔王を倒す聖剣使い! お前なんかに負けてたまるか! 聖剣アーロンよ! 真の力を解放しろ! 英雄奥義! 【精霊湖の煌剣シャインブレード】!」


 聖剣使いラタンの剣から眩い光が溢れ出す。


「これは、古の女神が残したという剣の神器だと!? おのれ貴様! よもやこんなものを隠しているとは!」


 ラスパールは聖剣の奥義発動を止めるべく、手に持った戦斧でラタンに斬りかかる。


「そうはさせるかっ!」


 だが、ラスパールの攻撃は大盾使いの防御に阻まれた。


「例え傷一つ与えられなくても、目くらましくらいにはなるはずよ!」


 魔法使いは魔力が尽きるほどに魔法を連打してラスパールの行動を妨害する。


「回復と強化は私に任せてください!」


 僧侶が支援魔法でパーティーメンバーのステータスを可能な限り引き上げる。


「みんな、ありがとう! さあ行くぞ魔王幹部ラスパール! これがお前を打ち破る最後の一撃だ」


 ラタンの聖剣から放たれた魔力が光の斬撃となってラスパールに直撃する。


「どうだ! これこそ俺たちパーティーの力! 最強の俺たちにはどんな奴も敵わない!」


「…………ククク、本当にそうだろうか?」


 しかし、ラスパールはラタンの切り札をもってしても倒すことは出来なかった。

 ラスパールが右手でラタンを鷲掴みにする。


「な、なんで聖剣の奥義を喰らってもまだ生きているんだ!?」

「何故だと思う? 正解は貴様らのステータスが私よりも大きく劣っていたからだ! 私の目には他者のステータスを数値化するスキルが備わっている! 魔王軍幹部が負けそうな相手との勝負にわざわざ応じるわけがないだろう! 私が貴様らと戦っていたのは貴様らがあまりにも弱く、踏みにじり甲斐がありそうだと思ったからだ!」


 ラスパールは拳に力を込めてラタンを握り潰そうとする。


「ぐっ、ぐあああああっ!」

「生意気な勇者気取りめ! 身の程知らずな貴様はこのまま潰して、しぼり汁にしてくれるわ!」


 苦痛に表情を歪ませるラタンを眺めてラスパールが愉悦の笑みを浮かべる。


「止めろラスパール! ラタンを返せ!」

「そうよそうよ!」

「まだ私たちもいます!」


 ラタンの仲間たちがラスパールからラタンを助け出そうと攻撃をするが、どれも大した効果はなく、彼らはラスパールが片足で払っただけで昏倒してしまう。


「みんな!」

「フン! 雑魚がいくら集まったところで所詮は烏合の衆! 私の敵ではない!」

「そんな……誰か、助けてくれ……」

「最期は命乞いか! 初めからそうしていれば見逃していたものを。だが、貴様はここで死ぬ運命だ!」


「命乞いが必要なのはお前の方だがな」


 ラスパールとラタンは聞き覚えのない声に思わず振り返る。

 倒れたラタンの仲間たちのすぐ傍に一人の青年が立っていた。

 青年は黒い髪をなびかせてラスパールを睨みつけている。


「誰だ貴様は!」


 ラスパールが現れた青年に尋ねた。


「俺の名が知りたいだと? そこまで言うのなら教えてやろう! 俺は近衛銀太郎このえぎんたろう! 外なる世界より舞い降りた破壊の化身! 簡潔に言うならば、真の勇者という者だ!」


「なっ、近衛銀太郎だって!?」


 唐突にラタンが驚きの声を上げる。


「貴様、この男を知っているのか?」

「ああ。俺たち冒険者の間では知らない人はいないくらいの有名人だ! 近衛銀太郎、日本と呼ばれる異世界の国から神によって召喚されたという凄腕の剣士! これまでにいくつもの難関クエストをたった一人で攻略した伝説を持ち、明晰な頭脳により、剣の腕だけでなく、魔法に長けているらしい! 魔王軍幹部でも流石にあの人には敵わない!」

「うむ! 分かりやすい説明を感謝する! だが、この私は魔王軍幹部のラスパール! この目で近衛銀太郎とやらのステータスを計測して、弱点を見抜いてくれる!」


 ラスパールが目を見開くと、彼の瞳に魔方陣が浮かび上がり、視界に映った剣という青年のステータスが表示される。


「な、なんだとおおおおおおっ!」


 けれども、ラスパールは白目を剥いて驚愕の表情をする。


「体力9999筋力9999知力9999敏捷9999魔力9999幸運9999!? まさかそんな! こんなアホみたいなステータスを持つ者がこの世にいると言うのか!?」

「疑うならば、もう一度計測しても構わない」


 銀太郎はなんてことのないような素振りで言うが、データ至上主義のラスパールはもうすでに戦意を喪失していた。


「さて、手に掴んでいるその男を解放してもらおうか。そして、命が惜しければお前は俺の姿が見えなくなるところまで今すぐに逃げるが良い。さもなくば、お前を消す」


「は、はいいいいいっ! 解放いたします! ですから命だけはお助けええええっ!」


 ラスパールはラタンを放して踵を返すと、目にも止まらぬ速さで銀太郎の前から逃げていった。


「凄い……これが真の勇者の力……」

「お前、怪我はなかったか?」

「あ、ああ! おかげで助かった! 命の恩人だ! もう、どうやってお礼を言っていいか分からない!」

「お礼などいらない。それよりも早く仲間を街で治療してもらった方がいい」

「そうだな! 俺、街へ戻ったら銀太郎さんの活躍を冒険者たちに知らせてくる!」

「ふっ、これ以上の名声は必要ないが、感謝の気持ちはありがたく受け取っておこう」


 頭を何度も下げるラタンに背を向けた銀太郎は涼しい顔で空を見上げる。


「(…………びびったああああああっ! あの山羊、魔王軍幹部だったのかよ! 怖過ぎてショック死するかと思ったわ! てか、あいつの能力は危なかった! もし、見破られていたら一環の終わりだった! 僕は確かに異世界転生勇者だけど、みんなが思っているような伝説の剣士とかじゃないんだよ! 僕のステータスは表記ミス! つまり、なんの力も持たない平凡な人間なんだ!)」


 異世界勇者、近衛銀太郎。

 彼は凄そうに見えないけど実は凄い……という訳でもなく本当に凄くない、見栄っ張りの一般人なのである。

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