首なしたちのばか騒ぎ phase7
夕暮れの中の
多くの遊具は壊れ、木々は倒れ、地面はえぐれている。
「なんじゃあこりゃあ……」
あまりの惨状を見た
廃工場を出て、オーバーの脚力で自動車にも匹敵する速度で走り、万来公園に着いたときには、その景観はすっかり様変わりしていたのである。
原因は、二人の台風の目だった。
「ばあん」
ジャックが異常に肥大化した右腕で自分の頭を撃つ真似をすると、彼の顔がガスマスクを着けたものに変わる。ガスマスクのジャックは手にした試験管を投げる。その先にいるのはもちろんストラだ。
「
きゅぽん、という音がして、ストラの首が抜ける。それに応じて公園の片隅に置いてあるリュックの中から野球帽をかぶった男の頭が飛んできて、彼女の首にはまった。いきなり手の中に出現したバットを振り、ストラは試験管を叩き割る。試験管の中の薬品が爆発を起こし、炎と煙がストラを包む。
だが、煙が晴れた頃には彼女の首は消防ヘルメットをかぶった男のものにすげ替えられていた。
「ばあん」
ジャックが再び手で自分の頭を撃つ。ジャックの顔はくるりと一回転をし、回り切ったときには覆面を着けたレスラーになっていた。
「ふん!」
覆面レスラーの首のジャックは跳躍し、肥大化している腕を大きく振りかぶってラリアットを見舞う。ストラも跳んで攻撃をかわしたあと、一瞬前まで彼女のいた砂場にジャックの腕が突き刺さり、大量の砂が舞った。
「マオさん!」
きゅぽんという音とともに消防士の首が抜け、今度は仮面を着けた女性の首がストラの体に挿入される。ストラはどこからともなく現れた鞭を振るい、ジャックの腕に巻き付けた。電撃が鞭を伝ってジャックを襲う。
さっきから、いや、大悟たちが来る前から、彼らはずっとこんな調子だ。首をとっかえひっかえして戦術を組み替えながら戦っている。
「ばあん」
きゅぽん。
「ばあん」
きゅぽん。
「ばあん」
きゅぽん。
カウボーイの首。警察官の首。ナイフ投げの首。剣道家の首。キックボクサーの首。忍者の首。さまざまな首が状況に応じて戦場を飛び交っていった。
目まぐるしく色を変える戦い方に、大悟たちはついていけない。
「死神の鎌!」
何度目かにジャックが顔を変えると、彼の手に漆黒の風がまとわりつき、気づいたときには大鎌が握られていた。直感でそれを危険だと感じた大悟は、七兵衛の首を投げる。
「社長!」
きゅぽん。ストラの体に七兵衛の首が差し込まれる。たちまち日本刀が生まれ、大鎌とかち合いしのぎを削った。
「来てくれたか、
「待たせ申した!」
七兵衛は答え、歯を食いしばって大鎌を細い刀で受け止めている。
「
七兵衛ストラの怒りが、大鎌を跳ね除けた。
「今だ小僧!」
「おう!」
号令を聞いて、自然と大悟は駆けだしていた。なにをすればいいかはわかっている。手加減が必要ないことも。
「最初っからとばしていくぜえ!
オーバーの口から生まれた紫の火の玉を吐き出す。炎弾はジャックの腹部に直撃し、爆発と火柱がジャックを呑み込んだ。
「
カボチャの口元に並んでいる牙がすべて伸びて螺旋状に束なり、一本の巨大な棘となってジャックの胸を刺し貫いた。
「覚悟!」
合わせて七兵衛ストラが日本刀を振りぬく。ジャックの頭と化していた四郎の首を切り飛ばした。
「よし!」
「だっはっはあ! ジャックの
大悟はガッツポーズをとり、オーバーは勝鬨の笑い声を上げる。
「油断するなよ!」
「平気平気! やつはもう――む、ぬっ!?」
七兵衛の忠告を甘く見たオーバーの首ががくんと揺さぶられる。
胸を貫かれたまま、首のないジャックがオーバーのドリル状の牙に手を添え、あろうことかさらに自分の体に深くめり込ませようとしていた。
「嘘だろ!? 心臓一突きだぜ!?」
「つぅかまぁえたあ」
ジャックは不気味にうつむいたまま後ずさり、オーバーを引っ張っている。
「ちょちょちょ、おいおいおいおい待てよ!」
「牙を抜け!」
七兵衛ストラが怒鳴るが、不気味な綱引きは強まる一方だ。
「だめだ、あいつの手が離れねえんだよ!」
大悟の体から徐々にオーバーが抜かれていく。
「無駄だよ。きみは俺の体だ。離れられないのは当然だろう」
「気色悪いこと言うんじゃねえよ、ちくしょう!」
抵抗もむなしく、オーバーと大悟の体との間に隙間が生まれ、どんどん広がる。
「でえい!」
ストラが牙を折ろうと日本刀を打ち付ける。が、一つに束ねられたオーバーの自慢の牙は刀を受け付けず、弾き返してしまう。
やがてカボチャ頭を巡る綱引きが終わりを迎えた。
ついにオーバーが勢いよく引っこ抜かれたのだ。直後にジャックを貫いていた牙はほどけ、オーバーの意思に関係なく縮んで普通のサイズに戻る。胸に穴の開いたジャックはカボチャの頭を両手でキャッチし、自分の首元へと近づけていく。
「しまった!」
ストラは斬りかかるが、ジャックは背中から生やした穴だらけの翼で飛んでかわす。
空中で、ジャックとオーバーがくっつこうとしていた。
「お帰り。切っても切れない俺の首よ」
「くそったれがあ! 俺様はお前なんか受け入れねえぞお! 絶対にだ!」
その叫びを悪あがきとあざ笑うように、ジャックはオーバーを自分の首に差し込んだ。
首だけのオーバーと首なしのジャックが一つになった瞬間、カボチャの表面に無数のひびが走り、粉々に破裂した。
「オーバーーーーっ!」
大悟の絶叫が夕方の公園に轟いた。
「違うな。その名前はもう意味がない」
ジャックの体が変形していく。全身に鱗が生え、右腕だけ肥大化していたのが左腕も太く長くなって鋭い鉤爪が生え、足も同様に膨れて骨格が変わり、着ているベストやスパッツを引きちぎらんほどに体が盛り上がる。銃痕のつけられた背中の翼はさらに広がり面積を増し、長い尻尾がだらんとぶら下がった。
極めつけに、オーバーの殻を破って出てきた頭は、首は長く、巨大な魚にも似た見た目で、額と口元からは二本ずつ角のような触角が伸び、口の中からは鋭い門歯が覗いている。両の目は紫の炎を噴き出し、
その姿は、かろうじて服を着ている竜としか形容できぬものだった。
体のところどころに穴が開き、全身に負った傷から青い血を流しながら、手負いの怪物はけたたましい産声を上げる。大気が震え、大悟とストラの体の表面にびりびりと電流に近い衝撃が走る。
「なんだよ、あれ……」
悪寒に襲われながら、大悟はストラに訊ねる。首はないが、耳を押さえたくてたまらない様子で、歯があればがちがちと鳴っていただろう。
「七兵衛さん、悪いけどここからは私の仕事だ」
「承知した」
きゅぽん。ストラは七兵衛の首を抜き、宙に置く。空中をただよう七兵衛の前を横切って飛んできたサイドテールの少女の首が、自分の体にはまった。
「ジャックは首を取り戻したことで、本来の力と姿を思い出したんだ」
ストラは形のよい眉を寄せ、苦々しげに言葉を紡ぐ。
「本来の姿?」
「ジャックは断片的に覚えていて、それを暗号のように散りばめていた。やつに会った者たちが言っていた意味不明な比喩を覚えているか?」
大悟の脳裏に、ろくろ首の
蛇のように足が速い。
馬のように角を生やす。
魚のように舌を出す。
鬼のように尾ひれがつく。
蛇、馬、魚、鬼。
「ジャバウォック。それがジャックの正体だ」
ジャバウォック。〈鏡の国のアリス〉の作中に出てくる〈ジャバウォックの詩〉で語られる化け物。詩の中に名前があるのみで、物語には登場しない。意味不明な言葉で形容され、その正体はつかめず、謎に包まれているという。
「そう、そうだ。俺はジャバウォックだ」
鱗に覆われたずたぼろの羽で空を飛びながら、かつてジャックと呼ばれていた怪物は喋る。手足の鉤爪を伝ってしたたり落ちる青い血が公園の地面を濡らしていた。
ストラは毅然とした態度でジャバウォックに言い聞かせる。
「お前は害しかもたらさない、本来登場することすら許されない者だ。大人しく詩の中へ引き下がってくれないか」
「いやだね」
目の炎を揺らめかせて、ジャバウォックは即答した。
「俺はジャバウォックを取り戻した。ならば人殺しきままに食らいつき、かきむしり、世界を貪るだけだ」
意味もおぼろげな言語を発し、門歯の生え揃った口が大きく開けられる。
「食らいに食らえ」
ジャバウォックの口の中を紫色の炎が駆け巡り、ストラ目がけて吐き出された。毒々しい炎が少女の全身を舐め回す。
「社長!」
「問題ないよ」
火の雨が止んだあと、ストラはほぼ無傷で姿を現した。
「服を交換しておいて正解だったな。ナイスアイデアだよ、大悟、オーバー」
自身の着ている蝙蝠のようなスーツのあちこちに残っている火の粉を、ストラはなんなく手で払う。
「このスーツは刃物や銃弾、熱や電撃などにある程度の耐久性を持っている。うちの社員の服屋の首と科学者の首が共同で開発してくれた、わが社特注の制服だ」
「
自慢の炎が効かなかったことにいら立ったジャバウォックは、手足を振り回す。風を切る音を引き連れ、鋭くきらめく鉤爪が少女に迫る。
「ふんぐ!」
七兵衛が口にくわえた日本刀でそれを受けた。硬い衝突音が響く。
「七兵衛さん、無茶だ!」
ストラの言う通り、空中に固定されているわけでもないので首だけでは踏ん張れない。
もう片方の手が伸びてきて、ジャバウォックの爪は歴戦の日本刀をたやすく折り、七兵衛を殴り飛ばした。武者の首はきりもみしながら飛ばされ、滑り台にぶつかる。主のあとを追うように、折れた剣先が回転して七兵衛の横に突き刺さった。
「邪鬼よ……えかると殿は、お主の駒ではなかったぞ……だから、拙者も……」
そう言い残し、がくりと七兵衛の首は意識を手放した。
「よくもうちの社員たちを!」
「知るかよ」
ジャバウォックの爪による攻撃が、ストラを挟み込むように両側から繰り出される。ストラはそれらを紙一重で避ける。ダンスを踊っていると見紛うステップを踏み、少女は死の爪をかわし続けた。されど、そこまで長くは踊れない。だんだんジャバウォックの爪が蝙蝠のようなスーツに引っかかり、切り裂いていく。そこに再び口からの炎。今度は完全にふせぐことができず、スーツの破けた下にあるストラの柔肌に火傷の跡が残った。
想像を超えた怪物の猛攻に晒され、少しずつ傷ついていくストラを目の当たりにし、大悟はうろたえることしかできない。
自分に力があれば。首があれば。オーバーがいてくれたら。
そのどれもを持ち合わせていない自分が歯がゆくて、大悟はない頭を抱えた。
やはり自分の命日は今日なのだ。今日、これからあの化け物に殺されるのだ。
「落ち着きな、坊主」
焦りと恐怖に彩られる大悟の頭の中に、一筋の声が差し込んだ。声は足元から聞こえてくる。
「ニコニコ、さん?」
大悟は下を見下ろす。いつからそこにいたのか、彼の履いているブーツのそばに老人の首が転がっていた。
老人、ニコルフには額と耳から血を流した跡が残っており、見るも痛々しい姿になり果てている。
「大丈夫ですか!?」
「もちっと頑張ってストラの嬢ちゃんにいいとこ見せてやりたかったんだがなあ。ジャックの野郎、ころころ新しい首になって手を変え品を変え攻撃してきてよお。おかげでこのざまさ。どうも年寄りは新しいものについていけねえな」
ニコルフは苦笑する。
「それよりお前さん、首、取り返したんだろう? はめてみろ」
「こんなときに俺なんかの首を着けても、なんの役にも立ちませんよ!」
「早計は若者の特権だが、短所でもあるなあ。いいから自分の目でものを見、自分の耳で声を聞き、自分の口で言葉を交わせ。そうして落ち着いて自分を取り戻して、気づけるなにかもあるってえもんだ」
「そんなもの……」
口では弱弱しく否定しようとするが、足は自然と動いていた。よろめき、たたらを踏みながら、おぼつかない足取りで公園の片隅に置いてあるリュックのところへ到着する。
リュックの口を覗き込み、自分の首を探して取り出す。公園に来てすぐに、ストラの首とともに入れておいたのだ。
鳥肌の立っている手で、眠っている自分の首をつかみ、体へとつなげる。それから目を開けると、久しぶりに感じる視覚や聴覚、嗅覚の鮮やかさに驚いた。首のないときにもそれらは感じられていたが、薄いフィルター越しのような味気無さがあったことに気がついた。
そして、気づいたことがもう一つ。自分の名を呼ぶ、か細いハスキーボイスの存在を大悟の耳は確かに捉えた。
「オーバー!? お前がいるのか!?」
声の主を探し求めて大悟はあたりを見回す。そいつは意外と近くにいた。大悟の首に巻いたマフラーに、カボチャのオーバーの破片、口元の牙が数本ある部分が埋もれていたのだ。牙がかちかちと動き、声はそこから聞こえてくる。
「どっこい生きてた俺様さ。どうだい、いかすサプライズだろ」
「オーバー!」
大悟はオレンジのカボチャの欠片を手に乗せ、話しかける。果たして返事はあった。
「ぼろぼろだが、まだ電池は切れてねえようだぜ。細切れにされてもカボチャの味が落ちるわけじゃねえ」
だはは、と小さなオーバーは笑う。
「お前、無事だったのか」
「俺様なんざどうでもいい。ストラはまだ死んじゃいねえか?」
「…………」
言葉に詰まる大悟。その沈黙から状況を察したのか、オーバーは続けた。
「どうやら危ないみてえだな。じゃあ頼みがある。ストラを助けてやってくれ」
「それができたらとっくにしている! けど、俺は社長を見殺しにしようとしているんだぞ! 力がないのを言い訳にして、勇気すら振り絞れない! こんな俺になにができる!?」
「でも、お前は目をそらさずにストラを見ているじゃねえか。勇気? そんなもんを今のお前が振り絞っても、ただあの野郎に殺されて終わりだ。無駄死ににつながるような勇気なんぞ、ない方がましだろうが」
オーバーの牙がぎらりと光る。
「大事なのは、お前がここに居合わせたことだ。お前の役目はこれからだぜ。また一緒にやるんだ。俺様たち二人でな」
「だけど、俺はもうお前をかぶれない」
「かぶる必要はねえさ。かぶりつけばいい」
「は?」
思わぬ台詞に大悟の頭が真っ白になる。
「俺様を食え、大悟」
「……そうすれば、俺はお前みたいに強くなれるのか」
ゆっくりと、ゆっくりとだが、思考が一本の線にまとまっていく。大悟の中にある思いが向かうその先は、ジャバウォックを倒したいでもなく、ストラを守りたいでもなく、ただ情けない自分を変えたいということだった。
「俺様みたいに強くなれるんじゃねえよ。お前みたいに強くなれるのさ」
牙がにいっと笑った気がした。
「俺様を、食ってくれるか?」
大悟は一瞬だけ考え、
「わかったよ、その代わり、不味かったら承知しねえぞ」
うじうじ考えるのをやめて、オーバーの欠片を口の中に放り込んだ。勢いに任せ、噛まずに一息で飲み込む。
とたんに全身から炎があふれ出す。だが、オーバーの吐き出していた紫色とは違う。今、沈みかけている夕陽と同じ、オレンジ色の炎だった。
「オーバー……半分、顔借りるぞ」
「ああ、貸してやるよ。俺様の全部だ。ぶちかまそうぜ、相棒」
大悟の顔の左側に、半分に割れたカボチャが装着される。それがなにより頼もしかった。体だけではなく、心にも火が点いて燃え上がっていた。
オレンジ色の炎と、頼れるカボチャの仮面と、ストラから借りているコートとマフラーを身に着けた大悟は、跳ぶ。それだけで公園の大地にクレーターができる。オレンジの炎と真っ赤なマフラーが、大悟の軌跡をなぞって一本の線となり、空中に尾を引く。
ストラに紫の炎を吐き続けているジャバウォック目がけて一直線に向かう。体がさっきより何倍も軽かったが、オーバーの力のせいだけではないことは大悟にもわかった。
「
空中で上半身をひねって、オレンジに燃え盛る拳でジャバウォックの横っ面に思いっきり拳骨を食らわせてやる。ジャバウォックの頬が大きくへこみ、ひげのような触角がちぎれた。
まったく気にも留めていなかった人物からの不意打ちに怪竜は反応できず、五メートルほど吹っ飛んでいく。
「だっはっは! そそる恰好してんな、ストラ」
「社長、遅れてすいません」
地面に着地した大悟は、コートを脱いでストラの肩にかける。彼女の着ていた蝙蝠のようなスーツは何ヵ所も切り裂かれ、白い肌が露出していたからだ。
「その炎、まさか、命を燃やしているのか」
コートに袖を通しつつ、目を見開いて大悟を眺めるストラに、半分だけのオーバーが答える。
「俺の寿命をどう使おうが、俺の勝手だろ? どうせ今日尽きる命なら、あいつを倒すために使ってやる」
「俺様はジャバウォックの首のきれっぱしだが、あいつの力を使うなんて癪だからな。俺様たちならではの戦い方で勝ってみせるさ」
そこへ突如、地鳴りが起こった。
大量の土を舞い上がらせてジャバウォックが羽ばたき、起き上がる。
「この、俺の力の残りかすの分際でえええ!」
「そうやって俺たちをなめた時点で、お前の負けだ」
すっかり日が暮れ、星が見え始めた空にジャバウォックは飛び立つ――前に、大悟に尻尾をつかまれて地に引きずり降ろされた。ジャックの雄たけびが外灯を割った。
「ふざけるな、俺はジャバウォックだぞ! 殺してやるから、死ねよお!」
ジャバウォックが大きく息を吸い込むと、喉が膨らむ。長い首をしならせ反動をつけて、一気に紫の炎を吐いた。
オーバーが高らかに笑う。
「センスのねえ文句だなあ! なんとか言ってやれよ、大悟!」
「ジャック、お前の正体なんか、お前の力なんかなあ! インパクトがっ、弱いんだよ!」
大悟が吠え、カボチャが炎を噴く。オレンジと紫、二色の炎が正面からぶつかり合い、夜の公園を照らして染める。
拮抗が破れ、競り勝ったのは橙色の方だった。暖色の炎が紫炎を蹴散らし、相手の口内を焦がす。
「なんで、なんで俺が熱いんだ!」
口の中を焼かれ、地面の上でのたうち回るジャバウォック。尻尾が地に叩きつけられて砂埃が舞い、手足の鉤爪が土をえぐる。
地に落ちた怪物を前にストラは一歩踏み出した。
「自由時間は終わりだ、ジャバウォック。お前は多くの者の首を刎ねてもてあそんだ。だからお前も首を刎ねられねばならないときがきたんだ」
ストラは己のサイドテールを引っ張り、きゅぽんと首を外す。
「なぜ私の首が外れるとき、栓を抜いたような音が鳴るのか考えたことはあるか? それはな、実際に首で栓をしているからさ」
少女は自分の首の断面に手を突っ込む。首元に開いた闇色の穴の中に手は沈み、そしてなにやら細長いものを握って浮上してきた。
ストラの体の中から、彼女の身長ぎりぎりの長さの剣が引き抜かれる。剣をすべて取り出すと、彼女は自分の頭を体にはめ込み、栓をした。
「こいつは驚いた……!」
オーバーは息を呑む。彼のあまりの動揺が伝わってきたのか、大悟は半身に訊ねた。
「あれがなんなのか知ってるのか、オーバー」
「当たり前だろうが。忘れもしねえよ」
夜の公園内でまばゆい光を放つその剣は、刀身と柄はガラスのように透明で、鍔だけが黄金色だった。
それを見たジャバウォックの体が凍る。
「どうしてそれがここにある! 俺の首をさくりと刎ねやがったそいつが、ヴォーパルの剣が!」
ヴォーパルの剣とは、〈ジャバウォックの詩〉の中でジャバウォックの首を刎ねたと伝えられている剣だ。首を刎ねるためだけの剣であり、ジャバウォックの天敵とも言える。
「私は、ストラ・メリーデコレイトという人間の姿をした、ヴォーパルの剣の鞘だ」
「鞘あ!?」
オーバーとジャバウォックが同時に素っ頓狂な声を上げた。
「私はお前を討ち取るためだけに、お前の首を刎ねるためだけに今、ここにいるんだ」
ストラはヴォーパルの剣をジャバウォックに突きつける。
かつてストラは言っていた。ネクストラには不思議の住人が集まると。あれは、アリスが迷い込んだ不思議の国のことだったのだ。
ジャバウォックは血反吐を吐きながら雄たけびを上げる。
「登場すら許されなかった俺がなにをした!? 俺はただ、自分が首を刎ねられたから、他のやつらにもおんなじ目に遭ってもらいたかっただけだ! 俺だけが首を刎ねられるなんて、寂しいじゃないか!」
「その考え方自体が害そのものでしかないと、気づけないのだな」
ヴォーパルの剣の透明な刀身越しに、ストラはジャバウォックを見据える。翼を持ちながらも地を這う竜は、手と口をストラに向けた。
「もう二度と首を刎ねられてたまるか! お前さえ最初からいなければ!」
竜の牙と爪が高速で伸び、ストラの体中に風穴をこじ開けんと降りかかる。
しかし、鈍く光を反射する無数の茨は、横から飛んできた炎をまとった蹴りによってまとめて粉々に砕かれ、へし折られた。牙や爪の残骸がきらきらと降り注ぐなか、オレンジに燃える脚を伸ばした体勢の大悟が立っていた。
ジャバウォックは紫に燃える目で大悟と、彼の顔についている半分のカボチャをねめつける。
「なぜだ!? なぜ俺の首が俺に逆らう!? 立ち向かう!?」
「てめえには教えねえよ。言ってもわかんねえだろうからな」
憎らしげに笑っているのに、どこか悲しそうなオーバーの声を聞いた大悟は、思い出していた。
ネクストラに入社した初日、ストラとオーバーに出会った日に、自分もさっきのジャバウォックとまったく同じ質問をした。それに対して、オーバーはこう答えたのだ。
――俺様はな、ストラに惚れちまってるんだ。
牙と爪を砕かれた怪物へ、ストラは歩み寄る。
「くっ、来るなあ!」
「私は、お前に首を刎ねられた人たちをたくさん見てきたよ」
彼女の声には怒りと、覚悟と、そして寂しさが含まれていた。
「みんな、首を失くした悲しみに浸かっていた。そこから上がれず、沈んでしまった者も大勢いた。首だけじゃない。幸せも、人間らしさも、彼らは奪われたんだ」
――あいつはよお、本当はジャックに首を奪われたやつらのアフターケアなんてしなくてもいいんだ。でも見過ごしはしない。そういうやつなのさ。不器用で、お人好しで、誰よりも傷ついていて。気がついたときには、俺様はあいつから目が離せなくなって、自分の体に戻ることなんかどうでもよくなっていた。
ストラはジャックの首に透明な刃を当てる。
「だから、私の中にある
――それに、あいつは強えぞ。なんたって俺様が惚れた女だからな。
ヴォーパルの剣が一気に横に払われる。
ヴォーパルの鞘たる少女は、かつて竜の首を切り落とした剣で、もう一度同じ化け物の首を刎ねた。
「い、や、だあああああ!」
切り飛ばされたジャバウォックの首は、自身の尻尾の先端に転げ落ちる。断末魔の悲鳴を上げる竜の口の中に尻尾が吸い込まれ、ジャバウォックは自分で自分の体をどんどん飲み込んでいってしまう。ストラは首を外し、ヴォーパルの剣を体内にしまいながら怪物の最後を見ていた。
「とくと味わえ、自分のしてきたことを」
やがて自分の体を丸ごと食らったジャバウォックは、最後に残った首さえも光に包まれ、消滅していった。光は宙に打ち上げられ、弾けて散る。夜の公園に、怪物の死と少女たちの勝利を表す花火が咲いた。
ヴォーパルの剣を収納したストラは自分の体に首の栓をして、ハンチング帽をくっと上げる。
「安心するといい。お前が刎ねた首は、私が全部返してみせる。お前はただ、眠っていればいい」
――あいつと一緒に働いていたら、そのうちお前も、俺様の気持ちがいやでもわかるだろうよ。
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