首なしたちのばか騒ぎ phase6

 ストラの首をはめ、その上からハンチング帽をかぶり、コートとマフラーまで着込んでストラに擬態した大悟たいご拍子木ひょうしぎを鳴らしていた。


「貴様、ストラ様ではなくあのカボチャ頭の少年だったのか」


 ナイトメアリーは戸惑いを隠しきれない。


「そうだ。ジャックが俺と社長を分断させ、オーバーを狙っていることはわかっていたさ。だからあいつの思惑に乗ったふりをして、首と服装を交換してたんだよ。俺と社長の身長が同じくらいで助かった」


 ついでに社長に胸がないのも都合がよかったな、とは心の中だけでこっそり付け足しておく。


「そして社長から預かったこの拍子木を鳴らせば、オーバーたちの首がこっちに来るってわけだ」


「謀ったな」


「裏切ったあんたに言われたくはないね」


 大悟が冷たく切り捨てたとき、空から四つの影が降ってきた。一つはオーバー。一つは大悟自身の首。そして日本刀を口にくわえた七兵衛しちべえの首に、眠っている状態の彩朝あやさの首だ。


「俺のだけじゃなくて姉ちゃんの首まで送ってくれたか。さすが社長だ」


 大悟は拍子木を懐に入れ、ストラの首を抱えて外す。


「いくぜ、オーバー」


「よっしゃあ!」


「待たれい!」


 大悟がオーバーを頭に取り付けようとしたとき、七兵衛の首が割って入った。


「どうか、拙者に戦わせてもらえぬか」


 口から離した日本刀を地面に突き立て、七兵衛は懇願する。


「後生だ。えかると殿との決着をつけさせてほしい」


「おいおい、あとから来てそいつは勝手な――」


「わかった」


 大悟は即答した。


「まじかよ! つまんねー!」


 文句を垂れるオーバーを無視して、大悟は七兵衛の首を迎え入れる。


「かたじけない」


 七兵衛の首を自分の体に完全にくっつけると、大悟はストラの首をオーバーに差し出した。


「社長の首、お前が持っていてくれ」


「しょうがねえなあ。俺様がここまでしてやってんだ。絶対勝てよ」


 オーバーはストラのサイドテールを口にくわえる。ついでに彩朝の髪も。宙に浮いたまま二人の女性の首を口からぶら下げ、オレンジ色のカボチャは戦いを見守ることにした。下には大悟自身の首が無造作に置いてある。

 七兵衛の頭にすげ替えた大悟は、床に刺さっていた日本刀を引き抜く。想像以上に手にのしかかる本物の刀の重量感に気圧されそうになるのをこらえながら、大悟は正面のナイトメアリーに構えた。


「まさかこんな形で決着をつける日が来ようとはな、サムライ。我は昔から貴様のことが気に食わなかったのだ」


「言葉よりも刃を交えようぞ、えかると殿」


「今の我はナイトメアリーだ!」


 床を蹴ってナイトメアリーが肉薄する。ウェディングドレスがぶわっと膨らみ、戦場に白い花が咲く。斜め下から切り上げられてきた長剣を、大悟はかろうじて刀で受け止めた。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、手に衝撃としびれがくる。

 だが、いちいちそれにうめいている暇はない。何度も剣さばきが襲いくる。一合、二合と打ち合うたびに、刃の連れてくる死の恐怖が濃くなっていった。


「そらどうした、サムライよ!」


 兜の奥からくぐもった声がした。


「ストラ様は自身の首となった者の能力を使うことができるが、少年にそのような芸当はできまい!? わざわざ刀を持ってきたのがその証拠よ! 今のお前は歴戦の戦士ではなく、ただ体の上に首を乗っけただけの急ごしらえの剣士に過ぎん!」


 喋っている間にも怒涛の太刀筋が大悟に食らいつく。七兵衛の動体視力を使ってなんとかしのいでいるが、何せ一撃一撃が重い。いずれ限界はくるだろう。


「そもそも貴様はいつも逃げてばかりではないか! ストラ様の首になったとき、彼女の身に危機が訪れるとすぐ我に交代しておったよな! それが貴様の武士道か!」


 剣と刀がぶつかり合い、無数の火花が散る。大悟の腕はとっくに感覚が麻痺していた。だが、諦めはしない。つながっているからこそわかるのだ。七兵衛はなにかの機を伺っている、と。


「拙者がお主に首を代わってもらっていたのはな、」


 七兵衛が重い口を開いた。朴訥な話し方で、少しずつ本心を伝えていく。


「お主の腕を信頼していたからだ」


「なに?」


 剣戟の嵐の中、武士と騎士は刃で語らう。そこにあるのは鎧わないむき出しの気持ちだった。


「お主なら、すとら殿を守ってくれる、お主になら、すとら殿の体を任せられると、信頼しておったからよ」


「ぬかせ! 大切な者なら、自分で守るのが道理だろうが!」


「拙者は己が命を捨てる戦い方しか知らぬのだ! しかしお主の騎士道は、弱きを守り盾となるものだった。拙者にはできぬそれが、うらやましかったのよ!」


「今さら世迷言で惑わす気か! ふざけるなあ!」


 ナイトメアリーは剣を横に払い、日本刀を弾く。そして大上段に西洋剣を振りかぶり、叫んだ。


「これで妄言ごと断ち切ってやろう!」


 銀の刃が軌跡を描き、一直線に振り下ろされる。それでもオーバーは大悟たちの危機をただ見ているだけだった。まるでなにかを確信しているかのように。


「聞く耳を持てよ、エッカルトさん!」


 剣が頭を叩き切る刹那、大悟は空いている方の手で日本刀の刃をつかみ、両腕で持った刀でナイトメアリーの一撃を防いだ。刀身を握る手から血がしたたり落ちる。ぎちぎちと刃同士がこすれ、軋む。互いに動けない膠着状態が生まれた。


「でかした、小僧! 欲しかったのはこの間だ!」


 おもむろに七兵衛は大悟の体から離れる。そして大悟の着ているコートの懐に顔を突っ込み、拍子木を口にくわえて引っ張り出す。


「笑止! そんな木材でなにができよう!」


 しかし、鎧兜の嘲笑はすぐに打ち消されることになる。

 七兵衛が拍子木を歯で噛んで地面に垂直に垂らすと、角材がスライドして、中から鋭く輝く抜き身の刀が現れたのだ。


「仕込み刀だとお!?」


 きらめく白刃を噛み締め、七兵衛は西洋甲冑の首に食らいつく。仕込み刀が一閃し、彩朝の体とエッカルトの首を切り離した。


「体に執着したのが、お主の弱みよ」


 拍子木を口から離し、七兵衛は刎ねられたエッカルトの首を見送る。

 ナイトメアリーの体から、剣に込められていた力が抜け、大悟の両手が自由になる。


「オーバー! 姉ちゃんの首を!」


「あいよ!」


 大悟が呼びかけるとオーバーは彩朝の首を放り投げる。持っていた日本刀を捨ててそれをキャッチし、大悟は姉の首をウェディングドレスを着た体に差し込んだ。


「よし! これで姉ちゃんは――」


 首のないままの大悟が安堵する。しかしその間も、切り飛ばされて空中でくるくると回転しているエッカルトは、まだ闘志を失ってはいなかった。


「せめて一太刀浴びせねば騎士の名折れ!」


 大悟に向かって鎧兜が飛んでくる。体を乗っ取るつもりか、はたまた単なる悪あがきの頭突きか、いずれにせよ、オーバーも七兵衛も対応できないタイミングだった。

 その鎧頭に、横から伸びてきた拳がめり込む。たまらずエッカルトは殴り飛ばされ、地に叩き落とされて転がった。廃工場内でがらんがらんと金属音がわめく。


「な、が……?」


 パンチを見舞った人物に、この場にいた全員の男が驚く。


「姉ちゃん!?」


 彼女こそは、大悟の姉であり、つい先刻までナイトメアリーの体となっていた鮎坂あゆさか彩朝その人だった。


「あたしの弟に、なにをする」


 全力で甲冑を殴った彼女の拳は、擦り切れて血が滲んでいた。

 大悟にはその光景が信じられなかった。大悟は好奇心で動くが、彩朝は合理的な理由がないと動かない。誰かを身を挺してかばうなど、彼女の辞書にはないはずだった。


「姉ちゃん、なんでだよ。けがしてまで俺を助けるメリットなんてなかったろ?」


 彩朝は首のない弟に笑いかける。


「大悟だって、なんにも面白くならないのにあたしのために頑張ってくれたろう? それに、家族を助けるのに損得勘定はいらないんだよ」


 そこで彼女は自分の格好に気づいたように全身を包むウェディングドレスを眺めた。


「にしてもこの服は動きづらいねえ。合理的じゃない。結婚するときは披露宴はやめておこうっと」


「いや、そもそも相手がいないんじゃ」


「うっさい」


 大悟も殴られた。もちろんエッカルトを殴ったときとは反対の腕だ。


「おうおう、強え女だ。好みだぜ」


「お前が義兄とか出オチでしかないから諦めてくれ」


 オーバーの本気か冗談かわからない台詞に大悟はげんなりする。

 彩朝はストラの首を口からぶら下げているカボチャに視線をやった。


「あんたがオーバーか」


「知ってるのか姉ちゃん?」


「さっきまでつながっていたからかな、あの騎士の頭の中がちょっと覗けたんだよ」


 そう言って彩朝は床に転がっているエッカルトの首を親指で指す。それから、ばつの悪そうに頬をかいた。


「あのとき、オーバーをかぶっているあんたを本人だとわかってやれなくてごめんな」


「いいよ、無理もないさ」


 その言葉が聞けただけで、不覚にもないはずの目頭が熱を帯びたような気がしたが、ぐっとこらえる。男の涙なんて、はした金にもなりゃしない。


「ひゅー、ますますいい女だな」


 うるさいオーバーの横を、七兵衛が通り過ぎていった。彼は敗れた騎士の首へ問いかける。


「えかると殿。なぜすとら殿の下を離れたのだ?」


「自分だけの体を手に入れて、ストラって子を守るためだよ」


 代わりに答えたのは彩朝だった。彼女はエッカルトの思いを知っている。


「こいつは最初から裏切ってなんかいないよ。ストラさんの力になりたいから、あえてジャックの誘いに乗って私の体を欲しがった。そうすれば、彼女と並び立ってともに戦えるからね」


「じゃあ、もしここに来たのが俺たちじゃなくて社長だったら――」


「すべてを打ち明けて、ジャックを倒すために一緒に公園に行って戦うつもりだったんだろうね。でも来たのは大悟たちだった。そして、普段から不満を持っていた七兵衛さんを相手にして、決闘まで申し込まれて、退くに退けなくなってしまったんじゃないのかな」


「……それは、誠か」


 七兵衛のその質問に、エッカルトは答えなかった。ただ、言い訳をするようにぽつりぽつりと話しだす。


「ふん、我がストラ様に剣先を向けてしまったのは事実よ。そのために騎士道も、誇りも、名さえも過去の栄光として捨ててしまった……とんだ道化よな」


 エッカルトの首が、淡い光に包まれる。彼の寿命が、尽きようとしている。


「貴様が気に入らなかったのは本当のことだ。だから戦った。そして負けて我はここにいる」


 思えば、ストラから遠ざかったのも、底をつきかけている彼女の寿命をもらうまいと考えての決断だったのかもしれない。エッカルトの輪郭がぼやけ、色が薄れていく。


「だけど、あんたは姉ちゃんの体を守ってくれただろう。最後の傷は姉ちゃん自身が自分でつけたもので、それ以外は傷一つ負わせていないじゃないか」


 消えゆく騎士に大悟は声をかける。


「詭弁だな」


 エッカルトは一笑に付したのち、声を振り絞る。


「わが名はエッカルト・ベルクヴァイン! 誇り高きワリンダ騎士団団長である! そして我を正面から破ったのは東洋の武士、七兵衛なり! ……この言葉を、墓標代わりにここに打ち立てようか……」


 それが、エッカルトの最期の言葉であり、生きた証だった。誇りを胸に抱いたまま、騎士はこの世から消え去り行く。

 エッカルトが完全に消滅したのを見届け、七兵衛は廃工場の入り口の方を向く。


「今まですとら殿を任せていたが、最後の最後に逆に託されてしまったな。行こうぞ、小僧、南京瓜。邪鬼じゃくと戦っているすとら殿の下へ」


「ああ。姉ちゃんは家に帰っていてくれ。俺もあとで帰るよ」


 大悟は彩朝に背を向けて、自分の意志だけを伝えた。彩朝は姉として不安と疑問を押し殺し、ただ誓わせる。


「絶対帰ってきなさいよ」


「もちろん。なんせ、社長のとっておきのサプライズが待っているんだ」


 そうして大悟はカボチャの頭をかぶる。カボチャがくわえていたストラの首と、地面に置いていた自分の首を抱えた。


「いいのか? せっかくそこにてめえの首があるんだぜ?」


 オーバーが確認すると、大悟はうなずいた。


「今はまだ、お前の力が必要だ」


 言い終えると同時、大悟はストラのいる万来ばんらい公園を目指して走り出した。

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