首なしたちのばか騒ぎ phase3

 七月三十一日。ジャックが大悟たいごには公園に、ストラには廃工場へ来るようにと指定した午後四時が訪れた。

 その指示通り、カボチャ頭の人物が万来ばんらい市の公園にやってくる。蝙蝠のようなスーツを着た男だ。長い影が公園内のブランコのところまで伸びていた。


「よう」


 カボチャ頭は担いでいた巨大なリュックを下ろし、ブランコに乗っている男に声をかけた。


「よく約束を守ってくれたね、えらいえらい」


 男――ジャックは弾みをつけてブランコから飛び降りる。彼はベストとスパッツ、それに大悟の顔を身に着けていた。


「人払いはやってるみてえだな」


「邪魔者が来ないように、この公園に俺の体以外は入れないようにしておいたのさ。俺が取り消すか死ぬまで、誰にも邪魔は入らせない」


「そいつを聞いて安心した」


 ふうー、とオーバーが息を吐く。


「来てやったぜ、俺様の体」


「ようこそ、俺の首」


 オーバーとジャックが言葉を交わす。元は同じ一つの体だったというのに、オーバーの方は剣呑な空気をまとっていた。


「てめえの小賢しい指示に従ってやったんだ。その面くらい返しやがれ」


「つれないねえ。だがいいとも。俺は約束は守るんだ」


「ばあん」と指で作ったピストルで自分のこめかみを撃ち抜くジャック。大悟の顔が一回転し、頭が変わる。筆で書いたような線の細い青年の顔になり、大悟の首はいつの間にかジャックの腕に抱えられていた。


「そら、返すよ」


 ジャックは大悟の頭をぽんと放り投げてよこす。カボチャ頭は片手でそれをキャッチし、傍らに置いていたリュックの中に放り込んだ。


「わざわざ俺様とストラを別れさせるってこたあ、さてはお前、本当はストラのことが怖いんだろ」


「怖いんじゃない。嫌いなんだよ。だから始末はナイトメアリーに任せた。それに俺は、きみを取り戻さなくちゃいけないからね」


「はっ、てめえみたいなやつが俺様の体だと思うと泣けてくるぜ」


 オーバーの挑発もジャックはいともたやすく受け流す。


「俺の頭にしては少々品がないね。ストラの教育が悪かったのかな?」


「あいつを悪く言うんじゃねえよ」


 オーバーの声に怒気が含まれた。険のある物言いに、ジャックも肩をすくめる。


「なんにせよ、きみを刈り取る獲物は手に入れた。俺の首につなげたら、その性格は直してもらおうか」


 ジャックの手に黒い風が集まり、渦を巻いた。次第に黒風は形と質量を持って大きな鎌となる。出来上がった大鎌を肩に担いで、ジャックは自慢するように言った。


「これは死神の首。そしてこれは命を刈り取る鎌だ。きみの首なんてあっさりと刎ね飛ばしてあげよう」


四郎しろうの首か。あいつ、そんな顔してやがったのか」


 一筆書きで書かれた線のような輪郭と、墨汁を垂らしたような真っ黒な髪を見て、オーバーは口笛を吹く。


「たいそうなもん持ってるわりには、ちっとも怖かねえな」


「いつその余裕が崩れるか楽しみだ」


「奇遇だな。俺様もだ」


 対峙する両者の間に夏の風が吹き抜ける。ブランコがきいきいと鳴いた。


「さあ、俺の首になれ」


 ジャックが鎌を振りかぶり、オーバーの首元を狙って大きく横に薙ぐ。空気が切り裂かれ、風圧がオーバーを襲う。カボチャ頭はしゃがみ、そのまま足を伸ばして大きく回転した。蝙蝠のようなスーツがはためいて砂埃が舞い、足払いがジャックを捉える。


「おっとっとお」


 足を引っかけられ、体勢を崩したジャックは大鎌を地面に突き立てて倒れるのを防ぐ。すかさずカボチャ頭は蹴りを相手の腹に叩き込み、弾き飛ばした。ジャックは蹴りの勢いで後ろに引きずられ、刺さったままの鎌が地に線を刻む。


「悪ぃな、ジャック。一つだけ謝ってもいいことがあるんだ」


 だっはっは、と笑い、カボチャの人物は自分の頭に両手を添えて持ち上げる。


「俺様は、口癖が悪いのさ」


 オーバーが体から引き抜かれる。きゅぽん、と栓の抜けるような音がした。

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