首なしたちのばか騒ぎ phase2
運命の日の朝というものは意外と爽やかなものだ。人生が大きく動こうとしているのに、朝日はいつも通りに柔らかく迎えてくれる。
ストラと
応接室の扉がノックされる。ストラが入ってくると、大悟はタオルケットを畳んでいるところだった。
「いよいよ今日だな」
ストラが言う。
「いよいよ今日ですね」
大悟も応じる。
「なんだよかしこまっちゃってまあ。ただジャックの野郎をぶっ飛ばすだけだろうがよお」
オーバーだけは普段と同じ調子だった。
大悟は自分のカボチャ頭を両手でぱんとはたいた。
「いってえな! なにすんだよ!」
文句を言って、オーバーは気づく。大悟の手が、震えていることに。
「俺、ほんとに今日死ぬのかな」
その声も震えていた。
死神の
「あーあ、やっぱり、ジャックに殺されるのかな。それは癪だなあ」
「まだ諦めることはない、大悟。絶対にきみを死なせはしない」
ストラは大悟の肩に手を添えた。
「どうしてそんなことが言え――」
言い返す前に、ストラは後ろから肩に手を回し、大悟の頭を抱きしめた。
「な、なん……」
とっさの出来事に目を白黒させる大悟の頭の蝋燭に炎が灯る。毒々しい紫色ではなく、温かなオレンジ色の炎だった。
大悟はこの感覚を知っている。ストラが自分の寿命を分け与えているときの温もりだった。
「なにやってんですか社長!」
「ばか野郎! ストラ、お前っ、また寿命を減らしやがったな!」
大悟は思わずストラの体を引きはがす。
「どうだ? 三ヶ月分、ボーナスをくれてやったよ。これで今日死ぬことはなくなったろう?」
「だからっててめえが死にそうになってどうするよ!」
得意げに言うストラの顔色は青い。オーバーは無茶をした彼女に怒鳴った。
「社長、なんでそこまでして俺なんかを……?」
ストラはうっすらと笑みを浮かべた。
「きみにネクストラの新しい社長になってもらうためだ」
「ばか言わないでくださいよ、社長以外社長はあり得ない」
責めるような大悟の口調を受けて、ストラはポケットに手を突っ込む。
「大悟。ネクストラの社長机の引き出しの中には、とっておきのサプライズが眠っているんだ」
「サプライズ?」
「そう、きみの大好物だよ」
ポケットから出した彼女の手には、鍵が握られていた。彼女はそれを口元に持ってくる。
「開けてからのお楽しみだ。それをやるから、もし私がいなくなったら、私の代わりに首たちを元の体に返してやってくれないかな」
今度はその鍵を、大悟に握らせた。ひんやりとした感触が伝わる。
「なんで、なんでそこまでして俺たちのために働けるんすか。首なんて、ほっとけばいいのに」
ストラは薄く笑みをたたえた。
「気持ち悪いからだよ」
「気持ち、悪い?」
意外な答えに大悟は固まる。
「手や足がなくとも人間は生きていける。でも、首がないと人は人でいられない。だから、誰かの首がないのは我慢できないんだ。私は首なしが気持ち悪いと思っているよ。本当は首なしが嫌いなのさ」
どう、驚いたかな? とストラはウインクを一つ。
「でもね、きみは首を取り外しする私を見て、面白いと言ってくれた。それが嬉しくて、しょうがなかったのだ」
ストラはくるりと後ろを向いて数歩だけ歩む。
「これは社長命令じゃなくて、ただのお願いなのだが……受け取ってくれまいか」
彼女は応接室に一つだけある窓の正面に立った。逆光がストラを照らす。
そのまばゆさに、大悟もオーバーも目を細める。実際にカボチャの穴のサイズが変わるわけではないのだが、そう錯覚するほど今の彼女はまぶしく瞬く陽の光に包まれていた。
光を背に立つストラの顔は、暗くてうかがい知ることはできない。
ただ、先ほど抱きしめられたとき、彼女の胸から鼓動がまったく聞こえなかったことを大悟は思い出していた。
やがて、大悟とオーバーはうなずく。なにかを決意したかのようだった。
「社長、俺たちからもサプライズがあるんだ」
「俺様とこいつで、頭をひねって考えた秘策ってやつさ」
ストラは振り返り、首をかしげる。
「なにを企んでいるのかな」
その声には、期待が滲んでいた。
カボチャ頭がうつむき、口の笑みの角度が深くなる。ハロウィンにぴったりの、悪い顔だ。
「作戦会議としゃれこもうぜ。ストラ」
オーバーがほくそ笑む。
続く大悟も、不敵な声音だった。
「俺たちで、ジャックに最高のサプライズを食らわせてやるんだ」
いたずらを思いついた、子どものように。
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