第三章 首なしたちのばか騒ぎ

首なしたちのばか騒ぎ phase1

「ところで、なんか焦げ臭くありませんか?」


 ネクストラ社内の応接室。スーツ姿の首なし男はストラの対面のソファーに腰を下ろした。彼の背後の床には焦げ目がついている。

 ジャックとの戦闘で壊れたソファーの代わりを用意するために首なし男にはいったん外に出てもらったのだが、その間に大悟たいごとオーバーが床を燃やしてしまった名残までは消せなかった。


「気にしないでくれ。野暮だ」


「野暮?」


「いや、ぼやだったか」


「はあ」


 男はない頭を傾けたのち、気を取り直して胸ポケットから名刺ケースを取り出した。


「僕は四郎しろうと申します。苗字はとくにありませんが、必要ならば今考えます」


 四郎は名刺ケースから一枚出して、ストラに手渡す。名刺にはただ「四郎」と書いてあるだけだった。


「いや、名前だけで結構」


 ストラは受け取った名刺をコートの内側にしまう。


「あの、それよりも俺があと三日で死ぬって本当ですか?」


 ストラの背後に立って控えていた大悟が身を乗り出す。


「ええ、運命です」


 四郎はあっさりと認め、名刺ケースをしまったあとに再び胸ポケットから手帳のようなものを出し、ぱらぱらとページをめくる。


「僕は死神というやつでしてね。誰がいつ死ぬかはこの閻魔帳えんまちょうに書かれてあるので把握しているのですよ」


 ページをめくる音が止む。四郎は開いたページを大悟とストラに見せた。そこには「鮎坂あゆさか大悟 三日後 七月三十一日」と記されている。


「それがあなたの残りの寿命ですね。ちなみに『三日後』の部分は日にちが経つごとに減っていきます」


「なんで、どうやって俺が死ぬんですか?」


「死因は管轄外でして。僕はただ、死後に魂を刈り取って回収するだけですよ」


「そんな……」


 愕然と立ち尽くす大悟に、カボチャ頭が声をかける。


「短いつき合いだったな」


「受け入れるなよ!」


 オーバーの割り切った態度に大悟は食らいつく。


「というか、俺が死んだらお前も共倒れじゃないのか?」


「はうあ!」


 盲点を突かれ、とたんに慌てるオーバー。


「お、俺様の寿命はどうなっているんだ!? なあ、死神!」


「できれば四郎と呼んでいただきたいのですがね」


 言いつつ、四郎は閻魔帳を胸ポケットにしまう。


「そちらのカボチャさんの寿命はわかりません。閻魔帳に記されるのは人間の寿命のみ。あなたはイレギュラーすぎる」


「まじかよちくしょう」


 落ち込むオーバーをよそに、四郎はストラに視線を戻す。


「同様の理由であなたの寿命も書かれておりませんね、ストラ・メリーデコレイトさん」


「私がいつ死ぬのかは誰にもわからないということだな」


「その通りですね」


「構わないよ。ジャックを倒すそのときまで生きられればそれでいい」


 一人うなずくストラに、大悟は呆れてため息をつく。


「またそんなこと言って。社長に死なれると俺が困るんですよ」


「俺様もな!」


 同調するカボチャ頭を見て、ストラは半眼で問う。


「というか、きみたちの方が先に死ぬんじゃないのか?」


「そうだった! 俺、三日後に死ぬんだった! どうにかして先延ばしすることはできないんですか!?」


「人生はカラオケと違います。どんな手を使っても延長はできませんね」


 正論だった。そもそも、寿命は延ばせないから生き物は死ぬのだ。


「ところでそろそろ本題に入らせていただいてもよろしいですか?」


「もちろん。その首のことだろう?」


 首なしスーツ男は手を膝の上に乗せ、姿勢を正す。


「そうです。あなたは噂の首借りストラで間違いありませんね?」


「なんなら証拠を見せようか」


 そう言うとストラは自分のサイドテールをつかみ、真上に引っ張った。きゅぽんという音とともに彼女の首は抜け、ソファーの横に置かれる。


出利葉いでりはさん」


 独り言のように名前を呼ぶと、応接室の隅に放置されていた巨大なリュックの中から、くたびれた中年の男の首が飛んできてストラの体にジョイントされた。

 出利葉の頭になったストラは低い声で喋りだす。


「とまあ、こんな具合ですよ。信じてもらえやしたかい?」


 四郎は一瞬だけ固まったあとぱちぱちと拍手をした。


「これは驚いた。確かに首借りですね」


「納得していただいたようでなにより」


 出利葉ストラは頭をかく。白いふけがソファーの上に降り注いだ。大悟はとっさにストラの首を拾い、ふけを浴びさせないように守る。


「僕はついさっきジャックと名乗る人物に首を取られてご覧の有様でして。死神的には首がないってのもありかとは思うんですが、やっぱりなにかと不便ですよね」


「ついさっき? ってことは、ジャックはそこまで遠くに逃げてないってことじゃあ……!」


 大悟が声音に希望を乗せる。しかし四郎は手を振った。


「いえいえ、首を取られたのは海千市うみせんしでのことですよ。万来市ばんらいしのこことはだいぶ距離が離れているでしょう?」


「ならばなぜあなたはすぐうちに来ることができたんですかい?」


「簡単なことです。黄泉平坂よもつひらさかを通って近道をしてきました」


「黄泉平坂を?」


 怪訝そうに眉をひそめる出利葉ストラ。四郎は構わずに言葉を続ける。


「黄泉の出口ってのは死者の近くに開通するようになっています。ご愁傷様ですが、このゴーレムが亡くなったことにより、僕は黄泉平坂を通って直接ネクストラの社内に入れたというわけです」


「なるほど」


 確かに、四郎は入り口から入ってきたようには見えなかった。最初から社内にいたと思えばしっくりくる。

 そういえば、と四郎はなにかを思い出したように天井を見上げた。


「道中、黄泉戦隊よもついくさたいゴモウジャーのみなさんがたいそうへこんでいましたね。二度も生者に土足で踏み込まれ、ぬけぬけと帰してしまった、と。僕は黄泉の行き来が許可されているので通らせてもらいましたが、彼らのプライドをへし折るなんてひどい人もいたもんですね」


「まったくだな」


 いけしゃあしゃあとストラは同調した。反省するそぶりなど微塵もない。


「ジャックはジャックで、背中から羽を生やしてどこかへ行ってしまったので、こうして御社を訪ねた次第で。さすがは鬼のように尾ひれのついたジャックといったところでしょうか」


「鬼に尾ひれはつかないと思いますけど」


「お前いちいちつっこんでて疲れねえ?」


 冷静に指摘する大悟にオーバーは茶々を入れる。


「わかりやした。四郎さんの首、必ず取り返してみせやしょう」


 出利葉ストラは立ち上がって四郎の肩をぽんぽんと叩き、励ます。

 それからおもむろに自分の首を両手でつかみ、引っこ抜いた。出利葉の抜けた首元に大悟は少女の頭を差し込む。

 四郎も腰を上げ、深々とお辞儀をした。


「お願いします。では僕は他にも魂の回収ノルマがあるので失礼します。鮎坂さんはまた三日後にお会いしましょう」


「全力で遠慮します! 俺はもっといい意味で刺激的な人生を楽しみたいんだ!」


「六文銭の準備をなさった方が賢明かと」


 カボチャ頭を抱える大悟の横を通り過ぎ、四郎は応接室を出て行こうとする。


「少しいいかな」


 その背中にストラはストップをかけた。つかつかと歩み寄り、四郎の背中をさする。


「虫がついていただけだ。引き留めてすまなかった」


「ああ、そうでしたか。では失礼しました」


 四郎が去っていくのを見届けたストラは、手の中にあるものを見つめる。


「社長、それって」


「ああ。ジャックが四郎さんの首を取ったときに付けておいたんだろうな」


 四郎が背中を見せるまで誰も気づかなかったが、彼の背中には黒い封筒が張り付けてあったのだ。

 封筒の中から紙を出し、その内容に目を通したストラは歯ぎしりながらも笑みを浮かべる。


「まるで子どものいたずらだな。相変わらずふざけたやつだ」


 ストラは鼻で笑い、くしゃりと紙を丸める。その手紙の文面はこうだった。


『三日後の午後四時、ストラは万来市の廃工場に、坊やは万来公園に来ておくれ。この指示を破ったら坊やの首は握りつぶすからそのつもりでね』

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