口が裂けても言わないで phase4

「ほんっとすいませんでしたあ!」


 口藤くどうサチと名乗った口裂け女は、床に頭をぶつけかねない勢いで頭を下げた。彼女の手足を縛っていたガムテープは剝がされており、口元には真っ白なマスクが着けられている。

 ジャックが去ったあとのネクストラの応接室。サチとストラは向かい合い、ストラだけがソファーに座っている。ストラの対面にあるソファーは大悟たいごとオーバーがジャックを攻撃した際にだめになってしまったので、大悟は床に散らばった椅子の残骸をせっせと箒で掃いている。


「私の早とちりでみなさんにご迷惑をおかけしました! ジャックの言葉を真に受けた自分が恥ずかしいっす。許してくれだなんて口が裂けても言えません!」


「身を張ったギャグを披露してもらったところ申し訳ないのだが、やはりジャックの居場所はわかりそうにないか」


 ストラは足と指を組んでサチを見下ろしていた。

 サチは肩を狭める。


「すいません。口の中がどこに通じているかまでは私にもわからないもので」


「そう。いや、こちらこそ失礼な態度をとってしまった。ごめんなさい」


 ぺこりと素直に頭を下げたストラは、顔だけを上げて大悟とオーバーを睨む。


「きみたちも謝るんだ」


 大悟たちは自分のカボチャ頭を指差す。


「俺様はなにも言ってねえぞ」


「いや、お前『鏡でも見て出直してこい』とか言ってたろ」


「それを言うならてめえだって『美人だったら面白い』とか言ってたじゃねえか」


「いいから二人ともだ」


「すいませんでした」


 大悟の声とオーバーのハスキーボイスがきれいにシンクロした。


「とにかく、今回の件はあなたも被害者なのだから、気に病む必要はない。せっかく首が戻ってきたんだ。もう帰って、ゆっくり休むといい」


「ありがとうございます!」


 サチはがばっと頭を上げ、ストラの両手に自分の手を重ねてきた。


「また首を取られたらここに来ますねー!」


「できればもう首を取られないように注意してほしいのだがねえ」


 ネクストラの外に出ると、七月の空はすっかり黄金色に染まっていた。夕焼けの中、サチは何度も振り返りながらぶんぶんとちぎれんばかりに手を振って去っていく。そんな彼女を見送り、ストラは律儀に手を振り返していた。それから踵を返し、社内にいる大悟たちの方を見る。ソファーの残骸は、大悟の足元にあるごみ袋の中にまとめられていた。

 彩朝の首は、すでにストラのリュックの中にしまわれている。あのリュックは特別製で、中の時間の流れは遅くなっており、首をほとんど切られた直後のままの状態で保っておけるらしい。


「さて、今日の分の給料を払うとしようか。ジャックを殴ってくれたことだし」


 不自然なほど朗らかな笑顔を浮かべ、両手を広げてストラは歩み寄る。

 それを、大悟は手で制した。


「社長、その前に一ついいですか」


「なにかな?」


 くり抜かれたカボチャの空洞がストラを見据える。


「社長の寿命が尽きかけているって、本当なんですか」


「それがどうした」


「だったら受け取れません」


 凛とした決意をもって、大悟は断言した。真っ赤な夕陽がネクストラ社内に差し込む。


「私は社長だ。社員に給料を払う義務がある」


「でも、そのせいで社長が死んだら本末転倒でしょうが」


「なにを怒っている?」


 ストラは不思議そうに首を傾げた。


「わからねえのかよ」


 オーバーが口を開いた。


「俺たちは、お前に死んでほしくねえだけなんだよ。それくらいわかりやがれ」


「だけど、給料をもらわないときみたちが消滅するだろう。給料が欲しくはないのか?」


「欲しいけど!」


 大悟の声がネクストラ内に響いた。


「欲しいけど、生きたいけど、社長を死なせてまでもらうわけにはいかない」


「死ぬとは言ってくれるな。私の寿命は誰かを生かすためにあるんだ」


「その誰かに自分を含めていないところが問題なんですよ」


「いいから社員は黙って社長に従えばいい」


「社長の残り少ない命とか重すぎて受け取れるか! こういうサプライズなんてまっぴらだ!」


「おいおい、二人とも落ち着けっての」


 売り言葉に買い言葉で泥沼にはまっていく口論を止めようとオーバーが口を挟んだとき。

 そいつは音もなくやってきた。


「あのー、ネクストラはここでよろしいでしょうか」


 もうすっかりおなじみの、首のない客だった。黒いスーツを着た、ひょろりと細長い体型の男だ。


「ええ。ここが生首配送会社ネクストラです」


 ストラの肯定を受けて首なしスーツ男は声に喜色を滲ませる。


「それはよかった。私の首を取り戻してほしいのですが――おや」


 そこで、男は大悟に気づく。体を大悟の方に向け、じっと立ち尽くす。見つめられているような感じがした。


「もしかしてあなたは鮎坂あゆさか大悟さんですね?」


「は、はい」


 いったい自分がどうしたのかと大悟は身構える。青紫色に移り変わった夕陽をバックに首なし男は言った。


「落ち着いて聞いてくださいね」


 ごくりと喉を鳴らし、大悟は男の言葉を待った。スーツ姿の首なし男は声のトーンをまったく変えずに、淡々と告げる。


「鮎坂さん、あなたは三日後に亡くなります」

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