そして彼らはくびになる phase5

 山奥から歩き続けて五時間あまり。七兵衛とエッカルトの案内に従い、ストラたちはネクストラの社屋へと戻ってくることができた。もちろん途中でリュックを拾ってくるのも忘れない。


「ただいま、トムさん。留守番お疲れ様」


 社内に入り、ストラが建物に話しかけると、蛍光灯がウインクするかのように一度だけ瞬いた。


「疲れたあ」


 ふはー、とカボチャの口から息を漏らす大悟に、ストラは責めるような視線を向ける。


「まだ終わりじゃない。お客さんが待っている。依頼を果たすんだ」


 ストラは階段を上っていく。揺れるサイドテールを追いかけるように、大悟もついていった。

 二階の応接室に轟はいた。所在なさげに、肩を窄めてソファーに座っている。

 ドアを開けて入ってくるストラたちに気づいて体を向ける首なしの麗人に、ストラは片手に持った女性の顔を見せる。腕に巻き付けた細長い首も一緒に。


「こちらで間違いはないかな?」


「はい!」


 表情は見えないが、その声で首なしの轟がぱあっと瞳を輝かせたような気がした。

 轟はストラに駆け寄り、自分の首を受け取る。ストラの腕に何周も絡みついた首をほどくのにやや苦戦していたが、どうにか無事に取り外せたようだ。

 轟が両手で抱える頭から伸びている首が、ずるずると勝手に主の体の中に吸い込まれていく。

 そのシュールな光景に、オーバーは息を漏らした。


「すげえ、麺をすすってるみてえだ」


「俺うどん派」


「私はそば派なのだが」


 大悟もストラも、夜通し働きづめで空腹になっている。

 そうこうしているうちに轟の首はすべて体内に収まり、普通の太さと長さの首と頭が体の上に添えられる。

 首を取り戻した轟は、今度こそ満面の笑みを浮かべて大悟たちに向き直る。


「ありがとうございます!」


 そのまま、ろくろ首の彼女はお辞儀をする。


「これで、お化け屋敷のバイトを続けられます!」


 なるほど天職だ、と大悟は思った。


「ところで、あなたの首を奪った人物について、なにか覚えていることはありませんか? なんでもいいから」


 轟に問うストラの顔は、真剣そのものだった。轟は目をつむって首をひねる。


「う~~~~ん」


 その後、ぽんと手を打って目を開く。


「あ! そう言えば、馬のように角を生やした者だと言っていました!」


 それはユニコーンというのではないのか。


「……馬に角は生えてませんよね?」


 大悟は小声で社長に確認する。必死に情報を絞り出した本人には悪いが、たいした手がかりにはなりそうにないだろう。そう思っていたのだが。


「なるほど。情報提供感謝します。おおいに参考になりました」


 ところがストラは満足げにうなずいていた。


「報酬はその言葉で充分だよ。もうあなたの首はつながった。存分に再出発してくださいな」


「はい、本当に、ありがとうございました!」


 何度も頭を下げながらネクストラをあとにする轟を見送りながら、ストラの口が弧を描く。営業スマイルでも気休めでもない、本物の笑顔だった。

 彼女の仕事もまた、天職なのかもしれない。

 目元をハンチング帽で隠し、小さくなっていく轟に背を向けてストラは社屋の中に入っていく。


「これで仕事は終わったんですか?」


 大悟は首をひねって肩越しに社長を捉える。

 ストラは会社のドアを両手で開けた。


「わが社の役目は、首を元の持ち主のところに届けることだからな。きみは初仕事を見事に果たしたんだ。胸を張るといい」


「じゃあさっそく寿命をくれよう!」


 遠慮なく声を張り上げるオーバーに、大悟はやや呆れ気味に言う。


「がっつくなー、このカボチャは」


「じゃあてめえは欲しくないってのか!?」


「欲しいさ!」


「……息ぴったりで欲望に忠実だね、きみたちは」


 社員たちの遠慮ない催促に、社長の少女はたじろぐ。

 大悟も社内に入ってドアを閉めたところで、ストラは指を鳴らす。


「そら、お望みの給料だ」


 カボチャ頭に刺さっている蝋燭に火が点いた。

 オーバーの吐き出す紫炎とは違い、オーバー自身と同じオレンジ色の灯火だった。

 命の炎はカボチャの中を照らし、熱を与える。


「仕事終わりの一服は格別だぜい」


 オーバーは満足げに声を上げた。

 大悟も、自分の胸の内が温かくなっているのを感じる。命の温もりとはこういうものなのだろうか。


「それで一ヶ月分だ。これで最低でもこれからひと月の間は、きみの首の所有権がジャックに移ることはないだろう。消滅の猶予が延びたと思ってくれればいい」


 はふー、と息を漏らすオーバーを首に据えたまま、大悟はうなずいた。


「ありがとう、ございます」


「労働の当然の対価だよ。逆に仕事でミスをした場合は、給料を払わないこともあるので、そのつもりで働くように」


「ブラック企業にもほどがある!」


「なにを言う」


 ストラは目をほんのわずかに見開いた。


「命はそんなに安くない。くびにならないだけましだと思うことだ」


 ブラックよりもなお暗い宣告をする彼女は、真っ黒な笑みを浮かべていた。

 大悟とオーバーの思考がぴったり重なる。

 こいつに逆らってはいけない、と。


「ただ」


 そこでストラはいったん言葉を区切り、じっと大悟とオーバーを見据える。


「今回は、きみたちのおかげで助かったよ。本当にありがとう」


 そう言って、ストラは打って変わって素直なほほえみをたたえた。

 唐突に咲いた笑顔の花に不意を突かれ、大悟とオーバーは硬直してしまう。オーバーにいたっては、あんぐりと口を開ける始末だ。もっとも、それは大悟の口でもあるのだが。

 そんな二人の反応を不思議がりながら、ストラは口角を戻して首を傾げた。


「? どうした? 二人とも」


「……社長、そんな顔もできるんすね。今日一番のサプライズだ」


「だろー! 俺様もストラの笑顔だけは認めてるんだぜ!」


「失礼だなきみたちは」


 半眼になったストラは人差し指を立てる。


「ちなみに首を取り返すまで、家に帰るのも諦めてくれ」


「やっぱりブラック企業……」


「一応きみのためを思って言っているのだが? ジャックはもうあの家を去っただろうが、オーバーを狙ってきみの家族に危害を加えられたら困るだろう。きみもその頭のままでは不便だろうし、ここで暮らして姿をくらませておいた方がいい。ここならやつも手が出せない」


「ジャックに狙われる? オーバーっていったい誰の首なんです?」


 引っかかりを覚えて、大悟は自分の――カボチャの頭を指差した。


「そういえば話していなかったっけ」


 感情の乏しい顔に戻り、ストラは告げる。


「それはジャックの首だよ」


 衝撃的な事実を、さらりと。


「へ」


 大悟は硬直し、一拍遅れて驚きに体を支配される。


「ええええええ!?」


 新入社員の叫びが、朝一番の職場に轟く。

 先ほどのストラの笑顔がかすむような、とんだサプライズだ。

 大悟がネクストラに入社して初仕事を終えた、まだ朝も冷え込む四月のことだった。

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