そして彼らはくびになる phase4

「ほら、起きろ。まだ仕事中なのだが?」


 肩を揺さぶられて大悟たいごは目を覚ました。

 視界に飛び込んでくるのは、ハンチング帽をかぶったサイドテールの少女の顔。

 ストラだ。どうやら、武士の首から元の首に差し替えたらしい。


「ここは……? そうだ! ジャックはどうなったんです!? 俺んちは!?」


 上体を起こし、あたりを見回す。気が滅入るほど鬱蒼とした森の中。湿った地面の上に大悟は寝かされていた。


「どこかの山奥だな。やられた。せっかく接近できたのに、ジャックにここまで飛ばされてしまったみたいだ」


 ストラは頭をかく。


「ジャックめ。羽まで生えるとはふざけたやつだ、ほんと」


 どの口が言う。などとはさすがに言える状況ではない。

 少女はハンチング帽を深くかぶり直した。


「もうきみの家にはジャックはいないだろうね。やつは逃げ足が速いからな」


「ジャックは逃げたんですか?」


「私たちが追っているからな」


 ごもっともなことを言ってのけるストラに、オーバーが話しかける。


「ところでよう、なにか聞こえねえか? 人の声……っつーか、悲鳴みたいなものがよう」


「あ、それ俺も気になってた」


「私には聞こえないけど――ふむ、オーバーによって聴覚も引き上げられているようだな」


 首をかしげるストラだったが、服に付いた土を払い落とし、立ち上がる。


「そこまで案内してはくれないかな」


「ずっとここにいるのも退屈だから、喜んで」


「女の頼みなら断れねえなあ」


 てんでばらばらに口をそろえる大悟とオーバーを、ストラは冷ややかに見つめていた。

 それからしばらく山道を歩いているうちに夜は更け、足元の悪い中を二人と一つのカボチャは進んでいった。

 生い茂る木々の葉に付いた雫がときおり降ってきて、夜露の匂いが漂う。

 墓地のように静かで、暗く、そして不気味な道のりだった。

 ひょおおおお、と誰かの鳴く声が近づいてきて、ストラにも聞こえるようになった頃、大悟たちは開けた場所へたどり着いた。

 そこでは、山の中へと続いている、大きな穴がぽっかりと開いていた。

 人一人分くらいはゆうに通れそうな穴から、吹き抜ける風に乗ってときおり甲高い音が鳴り響く。


「! ストラ! あるぜ、あそこに! お目当てのものが!」


 オーバーが風に負けじと叫ぶ。穴の入り口の横にある岩に、なにか細長いロープのようなものが巻き付けてあった。


「なんだ、これ?」


 大悟は近づく。しかし、次第にその正体がわかると足を凍りつかせた。


「?」


 怪訝に思うストラが大悟の後ろから覗き込む。


「社長、これ、これ……」


 大悟が指差すそれは、岩にくくりつけられているロープの先端に付いている、若い女性の生首だった。

 目は閉じられ、口には薄い口紅が塗られている。

 彼女の首につながっているロープは穴の中へ伸びていた。


「これは、とどろきさんだ」


「うぇ、わかるんです?」


「体と頭の情報がそろえば、誰の首か見分けることなど造作もないよ。三百年ほど前に、さがりという馬の首だけの妖怪と、夜行やぎょうさんの乗っている首なし馬をつなぎ合わせたこともある私だぞ?」


「すいません具体例がさっぱり理解できません」


「……なら結構」


 どことなく不機嫌そうにストラはロープを握り、次に穴を見つめる。


「ふむ……この穴、地獄へと続いているな」


「地獄!?」


「ああ。正確には黄泉平坂よもつひらさかへだが」


「だったらとっととその女の首だけ回収して、ずらかろうぜ」


 オーバーが言った。


「地獄なんてまっぴらだ」


 ストラは黙って首を振る。


「そういうわけにもいかないよ。なぜなら、この穴の中へ続いているロープこそが彼女の首だからさ」


「これがあ?」


 驚く大悟に、ストラは淡々と述べる。


「どうやら彼女はろくろ首のようだね」


 ろくろ首。日本に古来より伝わる、首が伸びる妖怪だ。


「ろくろ首の首は長く伸ばすほど細くなっていく。これほど細くなっているんだ、穴の奥の方まで進まなければ全部は回収できないだろうよ」


「引っ張ればいいじゃん!」


「地獄にも引力はある。無理に引っ張って首がちぎれるところを見たいか?」


 その光景をちょっと想像して、大悟のカボチャ顔から心なしか色が引いた。


「いや、でも、地獄に向かうとか正気ですか?」


「心配ない。ちょっとだけだから」


「程度の問題じゃなくてですねえ」


 大悟の懸念も無視して、あろうことかストラは、細く伸びた轟の首に腰のベルトから吊り下がっているフックをかけ、穴の奥に向かって進み始めた。


「じゃ、行こうか」


「やです」


「やだね」


 オーバーも同調する。

 ストラは人差し指を立てた。


「カボチャのスープとパンプキンパイ、どっちがいい?」


「さ、行くぞオーバー」


「おう、そうだな」


 手のひらを返してストラのあとに続く大悟へ、オーバーも同調する。

 細長い首をつかみ、大きく口を開けた穴の中に入っていく。握っている首の柔らかい感触についてはなるべく考えないようにした。

 穴の中は下り坂になっており、数メートル先も見えないほど暗く、ときおり吹き付ける風は冷たい。真っ黒な土はぐずぐずで崩れやすく、ゆっくりと慎重に進むしかなかった。オーバーの頭はぼんやりとオレンジに光っているが、いかんせん光量が足りない。闇が深すぎる。


「オーバー、明かりを」


「ちっ、たく。俺様は懐中電灯じゃねえっての」


 カボチャ頭のてっぺんから生えている蠟燭に紫色の火が灯る。周囲がわずかに照らされ、壁面の地肌の荒さが目につくようになった。奥は相変わらず見えないままだ。

 深夜に山奥の穴の中を進む。穴は長く、トンネルのような構造をしていた。真っ黒な闇の中、頼りになるのはオーバーの火と轟の首だけ。

 細長い轟の首をさするように歩いているので、手の中にかすかな体温を感じる。


「美女の首触ってるからって、妙な気を起こすんじゃねえぞ?」


「無茶言うな。折れるんじゃないかと心配でそれどころじゃないよ」


 オーバーの軽口へ大悟が返す言葉は、やや弱弱しかった。

 自分は今、他人の首を命綱にして地獄の入り口へと進んでいる。

 非現実のオンパレードに、大悟の脳は麻痺しつつあった。ただ黙々と、ぎこちなく歩を進める。

 気が狂いそうな森閑に耐え兼ね、口が動いた。


「ジャックはなんで、轟さんの首を地獄まで伸ばしたんでしょうね」


「ただのロープでは、現世と地獄の境で切れてしまう。だが、魂のこもった生物の体ならそうはならない。おそらくジャックは、今の私たちのように轟さんの首を命綱にして、生きたまま地獄へ行きたかったのだろう」


「誰かを蘇らそうとでもしたってのかよ?」


 オーバーが口をはさんできた。蝋燭の炎が揺れる。


「……さて、どうだろうな」


 ストラの返事はどこかそっけない。

 大悟はその反応を不審に思ったのち、一つの答えにたどり着いた。


「社長、もしかして怖いんです?」


 ずりっ。ストラが足を滑らせた。


「なにを言う」


 腰のフックによってストラの体は固定されているため、黄泉平坂を転がるような事態は防がれたが、急激に力を加えられた轟の首は大丈夫だろうかと心配になる。


「ジャックの野郎に吹き飛ばされて、頼みのリュックもない状態で地獄に行くのが怖ぇってか! お前にしちゃずいぶん可愛げがあるじゃねえか! だっはっはっは!」


 ばかでかいオーバーの笑い声が黄泉平坂内に反響する。


「うるさい。おしゃべりカボチャめ」


 ストラは振り向き、恨みがましい視線を寄越す。その目はオーバー越しに大悟にも向けられていた。


「きみも私を笑うのか?」


 それを受けて、大悟はあっけらかんと答える。


「いいえ。でも、安心はしてますよ」


「なに?」


 首を傾けるストラに対し、大悟は滔々と話しだす。


「今まで社長のこと、ジャックと同じで得体のしれない化け物かと思ってたんですけど、ちゃんと『人間』してるじゃないすか」


「……そんなんじゃないよ、私は」


 ハンチング帽の下、オレンジ色の光に照らされて面食らうストラに、大悟は告げる。


「社長にも女の子らしいとこがあるなんて、充分サプライズだ」


 地獄の入り口で、カボチャ頭がばかみたいに明るく光る。表情は変わらないのだが、笑ったように見えた。

 対照的にストラは呆れ顔だ。


「よくそんなことをぬけぬけと言えるな」


「今は面の皮が分厚いカボチャですから」


 大悟は自分の顔――オーバーを指差す。

 ストラはため息を一つ。


「ずいぶんと態度が柔らかくなったじゃないか。首をなくして、いきなりジャックとの騒動に巻き込まれたというのに、まるでこの状況を楽しんでいるみたいだな」


「そりゃあもちろん、退屈しないからですよ」


「なんだそりゃ」


 ストラはハンチング帽を目深にかぶり、前へと向き直る。その口元は、ほんのわずかに緩んでいるように見えた。

 大悟の足にも力が入る。調子を取り戻したのはストラだけではない。

 首をころころすげ替える、奇妙な会社の社長でも、地獄の雰囲気は怖いのだ。持っている能力に惑わされそうになるが、ストラも一人の少女に過ぎない。機械でも異星人でもない、血の通った人間だ。今の状況を、自分と同じくちゃんと怖がってくれている人がここにいることの、なんと頼もしいことか。


「ん。ちょうどゴールにたどり着いたな」


 ストラは手にしている轟の首を持ち上げる。その先端が、ぷっつりと切れていた。


「轟さんの首はここまで伸ばされたようだ。あとは回収して持ち帰れば――」


 仕事は終わりだ、と言い終わる前に。

 ひょおおおお、と不気味な風が鳴いた。

 ストラの背後から、オレンジ色の光の中に浮かび上がる、無数の手が伸びてきた。

 周辺の土が盛り上がり、うめき声とともに何体もの人間が生えてくる。

 みな白装束に身を包んでおり、顔には「窃盗」や「姦計」などと書かれた紙を張り付けていた。


「なんすかこいつら! キョンシー!?」


「まずい、地獄の亡者だ。急いで戻ろう」


 事態を誰よりも早く把握したストラは、回れ右して来た道を引き返す。


「捕まったら道連れにされるぞ! 轟さんの首も離さないように! 地獄に取り残される!」


「んなこと言っても!」


 轟の首を延長コードのごとく腕に巻き付けながらストラは叫ぶ。細長く頼りない命綱を握りながら這う這うの体であとを追う大悟に、何本もの白い手が押し寄せる。

 ストラは忌々しげに舌を鳴らし、自分のコートの中に手を突っ込む。


「っ、しかたない、助っ人を呼ぶとするか」


 彼女が取り出したのは、紐でつながれた二本一組の小さな角材だった。


「おいでませ! 七兵衛しちべえさん!」


 その角材を、ストラは打ち合わせて鳴らす。ちょん! と小気味のいい音が黄泉に響いた。すると、黄泉平坂の入り口、大悟たちが入ってきた方向からむさ苦しい武者の生首が飛んでくる。


「お呼びか、すとら殿!」


 ストラは自分のサイドテールを引っ張って首を引き抜き、七兵衛の首を迎え入れた。同時に、ストラの右手に日本刀が現れる。


「その道具は?」


 大悟は日本刀よりも角材の方が気になっていた。


拍子木ひょうしぎだ。火の用心、と言いながらこれを鳴らすのを見たことはないか?」


「ああ、見たことはないけど聞いたことならあります」


 自分の体を離れ、宙を漂う少女の首が答える。


「この拍子木の音色は、うちの会社と契約をしている首を呼び寄せる。例えは悪いけど犬笛のようなものだよ」


「そういうわけだ。拙者が呼ばれた理由はあらかた理解した! 参る!」


 七兵衛の頭を着けたストラは、片手に拍子木と轟の首を持ち、もう片方の手に握った日本刀で、背後から襲いかかってくる亡者をばっさばっさと斬り捨てていく。さまざまな罪状の書かれた紙の張り付いた亡者たちの首が一斉に宙を舞った。その光景を、大悟はカボチャの瞳で眺める。


「呆けておる場合か小僧! 撤退だ!」


「えっ、御意!」


 大悟が武者の空気に当てられた返事をしたとき、一体の亡者がオーバーの頭にかじりつかんばかりの勢いで飛びかかってきた。


「いかん! むん!」


 七兵衛は拍子木を鳴らす。ちょん! という音の反響が止んだ頃には、跳んできた亡者の頭部に長く幅の広い西洋剣が刺さっていた。日本刀よりもリーチの長い刃を顔面に突き立てられたまま空中で固定された亡者は、大悟の頭上でぶらんと手足を垂らす。


「まったく、サムライめ。誇り高き我に尻拭いなどさせおって」


 いつの間にか、ストラの頭は七兵衛から、銀色の鎧の兜へと変わっていた。


「わが名はエッカルト・ベルクヴァイン! 誇り高きワリンダ騎士団団長である! 死してなお二度目の死を望むものは来るがよい!」


 エッカルトは堂々と名乗り、拍子木をコートにしまってから剣を振るう。剣先にぶら下がっていた亡者が投げ飛ばされ、黄泉平坂の奥へと転がっていった。

 転がってくる仲間の死体を乗り越え、亡者の群れが押し寄せてくる。


「ストラ様の体に触ろうなどと我が許すと思ったか、この不埒者どもが!」


 西洋剣が大悟を避けて、その長い間合いで亡者だけを切り裂いていく。縦横斜めに一直線に降り注ぐ刃の雨は、瞬く間に敵を葬っていった。オーバーが口笛を吹く。


「さすがだな、エッカルトの旦那」


「光栄の極み」


 鎧騎士の頭は誇らしげに長剣を鞘へと納刀する。


「これであらかた不届き者は片付いたでしょう」


 エッカルトは自分の頭を抜き、空いた体にストラの首がはまる。

 そのときだった。地面から、数えきれないほどの亡者が生まれてきた。おどろおどろしい産声を上げながら、亡者たちは近寄ってくる。今度は首を交換する余裕もない。


「すとら殿!」


 主の危機に七兵衛が叫ぶ。

 ストラは一瞬だけ目を閉じ、すぐにかっと見開く。その瞳には、覚悟の光が灯っていた。


「やむなしか。オーバー! 暴れるのを許可する!」


「よしきた! パーティータイムだ!」


 ストラはオーバーに手をかざし、唱える。


「天にも地にもゆけぬ者、惑わす炎で胸焦がせ!」


 オーバーの目が鮮烈な光を放った。


「いっくぜえ! 愚か者の火鳴ウィル・オ・ウィスプ!」


 大悟の意思に反してカボチャの頭は百八十度回転し、後ろを向いて口を開ける。

 びっしりと牙の並んだ口の中から、紫色の炎の激流が吐き出された。

 炎は地を舐め、亡者たちを呑み込み、容赦なく焼き尽くしていく。

 紫色の波が駆けたあとには、手を伸ばした姿勢の骨だけが残っており、それらもやがて音を立てて崩れ落ちた。

 坂道の中に焦げ臭い匂いと紫煙が漂い、地面のところどころにはちろちろと炎の残滓が揺らめいている。


「なんと!」


「これはいったい……!」


 首だけで漂う七兵衛とエッカルトが驚愕の声を漏らした。


「熱っつーーーー! な、な、なんだ、これ!」


 一方で、炎を吐き出した頭を載せている大悟の体はおろたえる。


「俺様にはいくつか鍵がかけられていてな。それをストラの言葉で開けてやると、こういう風に素敵な能力が使えるようになるのさ」


 答えるオーバーは得意げだ。


「いや、そんなことよりも! これ! 熱い! 口ん中火傷する!」


「耐えろ! 社長命令だ」


「ここぞとばかりに権力を使われても!」


 涼しげに言うストラに、大悟は非難の目を向けたかったが、頭は真後ろを向いているのでそうもいかない。


「はっはあ! 安心しな! 自前の炎で火傷するほどやわじゃねえ俺様さ!」


「俺が熱いんだよ!」


「亡者と友達になるよりはましだろう」


 オーバーもストラも好き勝手言ってくれる。

 口論を続けている間にも紫の炎はとめどなくあふれ、次から次へと襲い来る亡者どもを炭にしていく。


「いつ終わるんですかこれ!」


「熱いのが? 亡者の行進が?」


「両方!」


 いくら焼き尽くそうとも、亡者たちはきりがなく湧いて出てくる。その中でもとくに活きのいい五人の亡者がいた。それぞれ顔に「殺生」「邪淫」「飲酒」「虚偽」「自堕落」と書かれた紙が張られている。

 上下左右すべてが真っ黒な土でできた坂道のトンネルの中、入口に向かって道を昇っていく大悟たちの背後の下り坂で、その五人は立ち上がる。

 五人の亡者はもろい足場をもろともせず軽やかに跳ね回り、紫炎しえんをかわし続けた。


「なんかやたら動きに切れのある亡者たちがいるんすけど!」


 大悟の声に反応したのか、「殺生」の紙を顔に張り付けた亡者がびしぃっと片手を上げてポーズをとる。


「行きはよいよい帰りは怖い! ここへ来るのは自由だが、ただで帰すは黄泉の恥! 我ら、黄泉戦隊よもついくさたいゴモウジャー!」


「殺生」の名乗りに合わせて、他の四人の亡者もそれぞれポーズをとった。彼らの背後で紫の爆発が起こる。


「社長、なんか変なのがいる!」


黄泉よみの戦士、黄泉戦よもついくさにまで見つかってしまったか。できれば関わり合いになりたくはなかったのだが」


「拙者の首をお使いくだされ!」


「いや、彼らは切っても無駄だろうよ」


 逃げようにも、ストラは轟の首を腕に巻き付けながら進んでいるのであまり速く走れない。社長を置いて社員の大悟だけ逃げるなんて論外だ。唯一の救いは、追いかけてくる亡者どもの足が遅いことか。

 ゴモウジャーが俊敏な動きを見せるのは炎を避けるときのみで、歩みはのろい。大悟はゾンビ映画の中に放り込まれた気分になった。まあ、実際あまり変わりはないのだが。


「ここにいる時点で貴様らもすでに亡者! そう何度もほいほい帰らせてたまるものか!」


「殺生」が叫ぶ。やたら声が大きかった。


「いや、こんなところ来るのははじめてですけど」


「問答無用! 先日もジャックなるふざけた輩が来て、ひとしきり黄泉を散策したあとにあっさりと引き返しおった! これ以上、死を軽んじられるわけにはいかんのだ!」


 ゴモウジャーのその言葉に大悟は食いついた。


「ほんとにジャックがここに来たのか!?」


「ああ、蛇のように足の速いやつよ! 続けて二度も同じ失態は繰り返さん! 貴様らだけは絶対に取り逃がさんぞ!」


「いや、蛇に足はないだろ」


 大悟のその指摘は誰にも拾われなかった。


「あの野郎のせいでセキュリティ上がってんじゃねえか! 今度会ったらぶん殴ってやる!」


 怒鳴りつつ、オーバーが口をすぼめて、連続で紫の炎の玉を五つ噴き出した。


「食らうかあ!」


「殺生」の掛け声に合わせてそれぞれが動く。「殺生」が「邪淫」の肩の上に飛び乗って回避する。一方、やぐらにされた「邪淫」は頭と腹に二発の炎弾を受け、燃え上がった。「飲酒」は壁を蹴り上がって、「虚偽」は大きく上体を後ろに反らせてそれぞれ炎を避ける。「自堕落」は、なにを考えているのか仁王立ちをしたまま真っ向から火を浴びて燃え尽きた。


「食らっているではないか!」


 拍子抜けの展開に、エッカルトは声を荒げた。


「これであと三人だな!」


 オーバーが勝ち誇ると、「殺生」が鼻で笑う。


「そう思うか?」


 直後、またあの、ひょおおおお、という風が吹いた。

 すると、先ほど散っていったはずの「邪淫」と「自堕落」が土の下から這い出てきた。


「なんか蘇ってるんだけど!?」


「黄泉の風の仕業だ」


 ストラは苦々しげにうめいた。「殺生」が大声で答える。


「いかにも! 地獄とは亡者に苦痛を与え続けるところであるため、黄泉の風が吹くと死者の体は再生される! 黄泉にいる限り、我らは無敵なのだ!」


「そんなのありでござるか!」


 七兵衛の反応も当然と言える。ゴモウジャーの説明は絶望的だった。無限に復活してくる亡者を相手にするなど、自殺行為だ。

 しかし、場違いに間の抜けた声が上がった。


「え? あの風をなんとかすればいいのかよ?」


「できるのか?」


「まあ見てな。そして驚け」


 訝しむストラにこともなげにそう言ってのけたオーバーは、口を開ける。


「愚か者の火鳴!」


 薄く、幅の広い炎が横一閃に吐き出される。

 ゴモウジャー全員の体が刃で切られたように横に両断され、地に落ちた。


「それがどうしたあ!」


 上半身だけとなっても余裕の態度を崩さないゴモウジャーたち。その根拠を知っているストラは、オーバーに警告をする。


「また黄泉の風がくるぞ!」


「俺様の見せ場はこっからさ」


 言うが早く、冷気をまとった風が吹き抜けてきた。それに対しオーバーは、


「だっはあああああああああああーーーーーーー!」


 黄泉の風にも負けない量の息を吐き、風を押し戻した。


「なんだとおお!?」


 ゴモウジャー全員が驚きに支配される。彼らを復活させる癒しの風は、届いていないのだ。


「まじかよ」


 思わず大悟がしゃべるも、オーバーは息を吐き続けるのを止めない。猛風同士のぶつかり合いに、ストラのサイドテールやマフラーが激しくはためく。

 そして、ついに黄泉の風は止み、静寂が訪れた。


「そんな、ばかなあああ」


 ゴモウジャーたちは上半身だけであがき、もがき、無念に倒れていった。黒い土の上に、死者の残骸が散らばる。


「お前、肺活量すごいな」


「褒めたって火ぃしか出ねえぜ?」


「猫舌だから勘弁してくれ」


 オーバーのでたらめさになかば呆れつつある大悟だったが、いつの間にか黄泉平坂内がぼんやりとだが全体的に明るくなっていることに気づく。踏みしめている土も、もろく崩れやすいものから、しっかりとしたものに変わっている。


「まさか!」


 大悟は後ろを向いていた頭をぐりんと前へ回し、入口へと振り向いた。

 気づけば黄泉平坂の入り口はすぐ近くにあり、夜が明けて朝日が差し込んでいた。


「そう、出口だ」


 ストラのその声は、まぶしかった。

 轟の首を握る手に力を込め、ジャンプして地獄から飛び出す。穴の外に出ると、木々や土の生きている匂いに包まれた。

 腕に何重にも首を巻き付け、見目麗しい女性の頭を抱くストラは、空いている方の腕で地獄に通ずる穴を指差し、次に、轟の首が縛り付けられていた岩に指を向けた。


「本日最後の仕事だ。あの岩で黄泉平坂の入り口をふさいでくれ」


 岩は、力士の体をすっぽり覆い隠せるほどの大きさだった。


「できますかねえ」


「今のきみたちならできるとも。だからやるんだ」


 社長は毅然とした態度で言い切ったあと、穴を見やる。


「させるかあ! 逃がすかああ! 帰すものかあああ!」


 ストラの言う通り、黄泉平坂の奥で、上半身だけとなったゴモウジャーたちが這い寄ってきていた。


「なんという執念か!」


 七兵衛はある種の畏敬の念すら抱いていた。


「早くしないと、亡者たちが黄泉から出てきてしまうぞ」


 執念深く追いかけてくるゴモウジャーたちを見た大悟は、ストラの言葉を信じるしかなかった。


「そうだな、確かに迷っている時間が惜しい。行くぞ、オーバー!」


「ふん、頭使いの荒いやつらだぜ」


 岩に手をかけ、全身で踏ん張って押す。


「んぎぎぎぎぎぎ……!」


 ごりごりと地を削りながら、岩は動いていく。

 思えば、大勢の生首を収納した巨大なリュックも軽々持ち上げることができたのだ。オーバーのおかげか、今の大悟には常人離れした膂力りょりょくが備わっているらしい。

 手を伸ばすゴモウジャーたちに入り口から差す光が、徐々に細くなっていく。哀れな亡者どもに、オーバーは言い放った。


「そこから出るのは諦めな。タイムオーバーだ」


 そうして、重々しい音とともに岩戸は閉ざされる。大岩を無事に穴のところまで動かし、完全に黄泉平坂の入り口をふさぐことができた。重労働を終えた大悟はひざに手を置き、肩で息をした。


「終わり、ました……」


「ご苦労」


 申し訳程度のねぎらいの言葉をかけたストラは、左右に控える二つの生首に話しかける。


「さて、七兵衛さん、エッカルトさん。悪いがここから会社までの道案内を頼んでいいかな。私たちはジャックに飛ばされて、帰り道もわからないんだ。それと、大悟の家に置き去りにしているリュックも回収しなければならないからね」


「お安い御用で」


「喜んでエスコートさせていただきますとも、レディ」


 武士と騎士の首は空中でうなずいた。


「して、そちらの首が?」


 そこで、七兵衛はストラの手元に抱かれている轟の首を見やる。


「ああ、業務完了だ。じゃあ、帰ろうか。わが社へ」


「委細承知!」


 七兵衛とエッカルトは、ストラたちの前を飛んで先導し始めた。


「首の後ろをついていくのか……」


 なかばげんなりとする大悟に、ストラは振り返りもせず言う。


「道という漢字の成り立ちは、邪悪なものを払いのけるために生首を提げて歩いていた風習からきているらしい」


「その発想と行動力の方がどう考えても邪悪やないですか!」


 大悟のつっこみが、山奥に生い茂る葉の上の朝露を震わせた。

 ストラは今度こそ振り返る。


「社員旅行代わりに、朝のピクニックとしゃれこもうか」

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