そして彼らはくびになる phase2

 カボチャの頭を植え付けられ、おまけにばかでかいリュックを背負わされて、大悟たいごは少女の後ろを歩いていた。見た目のサイズに反して意外に軽く、大きなリュックも楽々と運ぶことができた。


「ところできみ。その頭の心地はどうだ?」


 振り返りもせず、ストラは背中越しに問う。


「最悪だよ」


 大悟の返事に食いついたのは、当のカボチャの方だった。


「なーにが最悪だ! 俺様のいかすヘッドのどこが気に食わねえんだよ!」


「まずその性格だね」


 大悟とカボチャの言い合いも気にせず。ストラはひとりごちる。


「そうか、最悪か。……その程度で済んでいるのだな」


「どういう意味?」


「いいや、なんでも」


 大悟はストラの背中を見る。

 首がなかったときは、どこから見ていたのか視点がはっきりしなかったのだが、今はカボチャの目の部分の穴から見えているように感じられる。認めたくはないが、大悟の体は完全にこのカボチャとつながってしまったらしい。


「なーなー、今からでも遅くねえよ。俺様とこの軟派野郎の体を切り離してくれよ」


 カボチャの発するハスキーボイスがうるさい。この懇願も、もう四度目だ。


「お前みたいなでたらめな頭、こっちだって願い下げだ」


「なんだと?」


「文句を言いたいのは俺の方だよ」


 この不毛なやり取りも四回目になる。

 言い合うカボチャ頭と大悟の体に、ストラは振り返って人差し指を突きつける。


「あまり喧嘩するのはお勧めしない。つながった以上、きみたちは一心同体で一蓮托生。どちらかが傷つけばダメージはもう一方にも伝わって、仲良くけがをするぞ。最悪の場合、共倒れだ」


「そんな!」


「そりゃねえぜストラ! こんなもろい体じゃすぐ壊れちまう!」


「せいぜいお互いを大事にすることだ」


 そう言って踵を返し、ストラは夜道をてくてくと歩いていく。


「ところで、俺はどこへ向かっているんだ?」


 前を歩くストラに訊く。サイドテールが左右に揺れている。


「会社のビルだよ」


「会社ぁ?」


 いったいなんの――と質問を重ねる前に、ストラは立ち止った。


「着きました、っと」


 右に向き直ると、さびれたアパートと潰れかけの酒屋に挟まれた空き地の前に立っていた。大悟は左右の建物に視線を往復させる。


「で、どっちをビルだと言い張るおつもりで?」


「リュックを」


 疑問に答えず、要求だけしてくる。

 大悟は背負っていたリュックを放り投げた。

 ストラはリュックの口を広げ、中を物色する。そして、四角いブロックのようなものを取り出し、空き地内に置いた。

 すると、ブロックはぼこぼこと表面を泡立たせながらみるみる大きくなり、夜空に浮かぶ星を隠していく。やがて変形と巨大化が収まった頃には、それは立派な三階建てのビルとなってそびえ立っていた。


「…………」


「入るといい」


 あんぐりとカボチャの口を開ける大悟に構わず、ストラは片手を建物の方へ向ける。

 足が縫いつけられたかのように固まる大悟にしびれを切らしたのか、生まれたてのビルの中へ少女は先に入る。慌ててあとに続き、大悟も「会社」の中へ進む。


「この程度で驚いてちゃ、これから先心臓がパンクしちまうぜ?」


「……驚くのも驚かせるのも、望むところだ」


 カボチャの軽口に言い返す元気は、なんとか残っていた。


「リュックも忘れずに」


 ストラに注意され、大悟はリュックを背負い直してから、今度こそ社内へ足を踏み入れた。

 建物の中は、当然のごとく薄暗く、がらんとしていた。意外にも床は高級そうな大理石で、つやつやしている。

 こんなところに来てどうするっての。

 大悟がそう思ったとき、


「トムさん、明かりを」


 ストラが指を鳴らした。

 とたん、社内に光が広がり、闇を追いやっていく。


「うん、充分だ」


 満足げにうなずくストラだったが、誰に言っているのか。


「トムさん、って……?」


「ギガントーテムさん、通称トムさん。巨大なゴーレムの首で、わが社の社屋として働いてもらっているんだ」


 ゴーレム。呪術により土や泥で作られた人形のことだ。そんなオカルトの産物の体内に今、大悟は立っている。

 食われたりしないだろうか。


「言ったろ? 心臓がパンクするって」


「……むしろ脳がパンクしそうだ」


 カボチャに話しかけられるも、頭の中の整理が追いつかない。


「上に行くぞ」


 いつの間にか、ストラは奥にある階段に足をかけていた。

 大悟は彼女にならって、階段を上る。

 かつうん。こつうん。階段を上がる二つの足音がやたらと大きく鳴る。


「まさか天国にでも続いてるんじゃないだろうな」


「お望みとあらば、つなげてみせようか?」


「そいつはいいや!」


 だっはっはとカボチャ頭が笑う。

 冗談のつもりで言ったのだが、ストラの口ぶりから察するに、できないこともないらしい。冗談じゃない。

 二階を通り過ぎ、三階へと進む。


「ここだ」


 三階に着き、ストラは一つの部屋の前で立ち止まった。「社長室」と書かれたプレートが下がっている。

 彼女は迷いなく扉を開け、中へ入る。大悟も続いた。


「リュックはてきとうにそのあたりへ置いといてくれ」


「あ、ああ」


 指差された椅子の横へ適当にリュックを下ろす。

 社長室の中には椅子が三つあった。一番奥に一人掛けの椅子と事務机のセットが、その手前に、長机を挟んで向かい合う形で二人掛けのソファーが二つ並んでいる。

 ストラは向かい合っているソファーに腰掛け、大悟にも対面に座るよう促してきた。

 大悟が腰を下ろしたところで、「さて」と少女は切り出す。


「ようこそ、生首配送会社ネクストラへ。きみにはうちで働いてもらうことになる」


「いろいろ飛ばして話を進めないでください!」


 訊きたいことはまだまだあるんだとかみつく大悟。ここにきて一気に爆発した。


「あの女はなんなんだ!? あんたは何者だ!? このカボチャはなんだ!?」


 矢継ぎ早にまくしたてる少年を、ストラは冷めた目で見つめる。


「女かどうかは知らんが、あいつはジャックだ。俺様たちの天敵さあ」


 代わりにハスキーボイスが答えた。


「ジャック?」


「そう、首狩りジャック」


 指を組んでストラは言った。忌々しげに、その名を。


「あいつは人々の首を面白半分に奪ってコレクションしている愉快犯でね。たちの悪いことに、切った首を自分につなげることで簡単に本人になりすまし、人間社会に紛れることができるんだ」


 大悟の脳裏に、自分の首を大悟のそれと入れ替えた女の姿がフラッシュバックする。いかれすぎていて、笑えない。


「早く首を取り戻さないと、いずれ首の所有権がジャックに移り、取り残された体は不要と判断されて消滅してしまうだろう」


「タイムリミットは!?」


「それを先延ばしにして、首を生きたまま元の持ち主へ送り届けるのが私たちだよ」


 ストラは先ほど口にした。

 生首配送会社ネクストラ、と。

 つまり、ここはそういう会社らしい。


「私はストラ。ストラ・メリーデコレイト」


 ストラは首元のマフラーをもう一巻きさせた。


「周りからは首借りストラと呼ばれている。理由はこれだ」


 少女はサイドテールを引っ張り、きゅぽんと自分の首を抜く。そしてさっき椅子の隣に置いたリュックから落ち武者の首を引っ張り出し、自分の頭にはめた。

 少女の首から上だけが、武士の男のものにすげ替えられる。


「と、まあ。こういうわけだ小僧。すとら殿は首だけとなった我らの力を借りることができる。そして、拙者たちには見返りとして、消えてしまわぬように寿命を与えてくださっているのだ」


 落ち武者ヘッドは語る。それも渋い声で。


「寿命を?」


 訊き返す大悟に、ストラは再度落ち武者の首を引っこ抜く。きゅぽん。


「うへえ」


 何度見ても気持ちのいいものじゃない。きっと見慣れることはないだろうな、と大悟は心中で思った。


「どうしたよ? そろそろ心臓が限界か?」


「なんのこれしき」


 からかうカボチャに強がりを見せる。男の意地だ。

 少女の頭をセットし直し、ストラは口を開いた。


「この会社では、私に首を貸してくれる代わりに、給料として私の寿命を分け与えている。それが尽きない間は、消滅することもないからな」


「寿命を分け与えるって、そんなことをしたらあんたが死んでしまうでしょ」


「私の寿命は三億年ほどあるから大丈夫」


 大丈夫、と言われても。

 思えば、戦国時代の武者にもずっと寿命を与え続けているわけだ。並みの生命力の持ち主でないことは確かだ。


「最後に、今のきみの頭についてだが――」


 ストラが言い終える前に、


「お客人のようでござるな」


 首だけの武者がふよふよと宙に浮き、声を発した。


「すとら殿。拙者が応対して参ろうか」


 武者首は語る。

 首だけでも喋れるのかとどこか感心している大悟をよそに、リュックからなにかが飛び出した。


「待て待てサムライ」


 銀色の、西洋甲冑の首だった。


「生首の我らが出迎えてどうするのだ。驚かれるに決まっているだろう。貴様には常識がないのか?」


 お前が常識を語るな。と言いたいのを大悟は我慢した。西洋甲冑の首は続ける。


「いつも思うのだが、貴様の戦い方は見ていて危なっかしい。ストラ様の体に傷がついたらどうするつもりなのだ。レディを守ってこその男であろうが」


 うぐ、と武者ヘッドは言葉を詰まらせる。


「しかしえかると殿」


「エッカルトだ! 人の名前もろくに言えないのかこのサムライめ!」


「ええい! 拙者は侍ではござらん! そちらこそ身分の区別もつかぬか!」


 武士と騎士の首が空中で騒ぐ。


「おうおう、賑やかなこって。首だけだとそら口喧嘩にならあな」


 言い争う生首を見てカボチャが笑う。

 飛び回る二つの首を指差し、大悟はおそるおそるストラに訊いた。


「あの、首が飛んでるんですが……」


 慣れたものだと、七兵衛しちべえとエッカルトの方も見ずにストラは答える。


「ジャックに切られ、コレクションからあぶれた首は『飛頭蛮ひとうばん』となるからね」


「ひとうばん?」


「体から離れ、首だけで空を飛ぶ妖怪だ」


「妖怪とか、そんなんありすか」


 ストラはきゅぽんと首を外した。


「ああ、そういやありだったわ」


「うん、物わかりがよくて結構」


 少女の首が元の体に接続される。


「首だけの存在は、中国の飛頭蛮、日本の踊り首、南米のチョンチョン、東南アジアのペナンガランなど、挙げればきりがない。逆に首を失った姿の者だと、アイルランドのデュラハン、アメリカのスリーピーホロウ、中国の刑天けいてんなどがいる。どこの地域にも昔から首だけ、あるいは首なしの種族の存在は語られているんだよ」


「首だけと、首なし…………まさか――」


「そう。これらの正体は、ジャックによって首を境に切り分けられた被害者たちだ。やつがいる限り、首なしは増えていく。わが社の業務は、首を切られた者のアフターケアと、元凶であるジャックの根絶なんだ」


 そこまで言って、ストラは腰を上げる。


「……さて、あまり客を待たせるのはよろしくない。続きは今回の依頼を果たしたら話そう」


 ストラは社長室のドアノブに手をかけた。

 そこで、他人事のように座ったままストラを見ている大悟を振り向く。


「きみもくるんだ。もううちの社員なのだから」


 有無を言わせぬ強引な言い方だった。少女の見た目からは想像できない迫力が、言葉の節々から立ち昇っている。

 首を取り戻すまでの我慢だと腹をくくり、大悟も立ち上がることになった。


「もちろん、働いてくれたら給料は出そう。現金じゃなくて現物支給になるけど」


「現物?」


「寿命だよ。きみが消えてしまわないように、七兵衛さんたちと同じく私の寿命を分け与えよう。それに――」


 ストラはいったん言葉を区切り、いたずらっぽく口を歪める。


「ここ、ネクストラは不思議の住人たちが集まるところだ。決してきみを退屈なんかさせないと思うのだが――どうかな」


「誠心誠意働かせていただきます社長様」


 大悟はかしずく。

 しかし、同時に思う。

 確かに自分はサプライズを求めていた。

 だが、限度というものが、あるのではないのだろうか。

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