第2話 雑魚は雑魚でも

 思考する。

 召喚術、魔法陣、生贄、命の代償

 空と大地、一面の紫黒紫黒紫黒………


 キョウは気付かない、黒い影が近づいている事に

 キョウは気付けない、暗い思考が頭から離れないから


 影はゆっくりと近づいてくる。キョウと影の距離はもうそこまで来ている。


 ―ザッザッサッザッサッ


 キョウの耳に音が聞こえた。抜き足なのにわざと音を出しているのかというような足取りでこちらに来ている。呆然と座り込んでいなければ、まだ本人は気づいていないピンチにもっと早く対処出来ただろう。



 ――なんか… 来る…


 ようやく音を感じ取り、同時に顔をその方向に向けた。視界は完全に戻り一面を紫と黒に染めている。そしてその中に大地と空の色とは違うが見えた。


「影…」


 思考がまとまらない中出てきた単純な言葉だ。そしてその影に向かってキョウは叫んだ。


「魔法陣どうなった!? 周りは!? なあ!?」


 ―aaAaeaaaeAae……!!!!


 おぞましい声が目の前で響いた。

 目の前のの影が人ではないなんて。


「…は」


 気の抜けた声が出てきた。完全に思考は止まっていた。意味不明の事態が連続して起きると人間誰しもが混乱しこんな風になってしまうのだろう。


「……あ」


 思考がまとまらない中再び気の抜けた声を出す。


 ―aAaeaaeeAaa……!!


 2度目のおぞましい声。人間界でなら知らないものがいない、ゴブリンの声。そこに何故か立っていた。ゴブリンは皆が〝モブ〟〝雑魚〟と呼ぶ。でもキョウは知っている。その呼び方は能力者達 ―力を持つ者が使う呼び方でありキョウの様な能力無しには普通使えない言葉であった。


 そんなゴブリンがすぐそこに来ている。絶望した。終わった。無理だ。キョウの思考が黒く染まっていく。

 もうちょっとでゴブリンは自分を襲ってくる。ゴブリンは馬鹿で何処か間抜けだがとても獰猛だと習う。


「…なんだよ……」


 キョウは能力持ちの友達を見てきた。しかしその友達も魔界の侵攻を食い止める役目を果たせず消えていった。別に特段親しい仲の友達なんて1人もいなかった。でも友達がいなくなると悲しい気持ちになった。


「…なんなんだよ……お前」


 キョウは思い出した。


 かなり前にゴブリンリーダーに襲われた時だ。ゴブリンリーダーはゴブリンにない知性を持ち力、獰猛さが格段増している魔物だ。キョウはそんな魔物に運悪く襲われてしまい逃げ惑っていた。ゴブリンリーダーは知性を持っているため指揮能力がある。複数のゴブリンを引き連れキョウを襲ったのだ。


 ――見逃してくれ… 助けてくれよ!


 必死に逃げ惑うキョウは遂に体力の限界を迎えた。その時もやはり同じ事を思った。絶望、理不尽を感じた。しかしキョウは能力者の友達が通りかかってくれたのだ。彼は能力でゴブリンリーダー、ゴブリンを蹴散らしキョウを救ってくれた。


 そんな事を走馬灯の様に思い出す。ゴブリンは目と鼻の先だ。


 ―gaAaaeaAa!!!!!!


 ゴブリンが腕を振り上げるところが見えた。キョウへの殺意を持っての行動に間違いない。


 キョウは今見た走馬灯を思い起こした。彼は能力無しのキョウを能力で救ってくれた。でも彼も能力無しだったら自分を救ってくれただろうか?見捨てたのではないだろうか? 否、見捨てたに違いない。何故なら能力者との間には明らかな戦闘能力の差があるからだ。能力を持たない人間は逃げる以外の選択肢を与えられていない様なものなのだから。


 ――能力無しは弱すぎる…


 キョウは弱いながらに、能力無しながらに対抗する手段は無いかと考えを巡らせる。きっと無いはずはないだろう。しかしこの周りに何もない状況ではどうしようもない。


 ――なんだよ… ふざけんなよ…


 何も出来ずにゴブリンに殺される、弱いから殺される、そんなことに対して怒りが湧いてきた。


「うるせぇんだよおおぉおお!!!!!!!!!!」


 怒りは爆発しキョウを行動へと移した。キョウを殺す腕を払い除け自分の足で立ち上がった。


 ―!?


 ゴブリンは明らかに驚いている。しかしそれ以上に驚く自分がいた。ゴブリン相手に腕力で普通の人間が勝るなど有り得ないのだから。しかしキョウにはそんな事を考える時間など無い。ゴブリンはきっと次の行動に出るから。


 その前に。次の行動へと出たのはキョウだ。ゴブリンに向かって体当たりをする。体の大きさは普通の人よりも大きいキョウ。自分の胸くらいの大きさであるゴブリンは


 ――おぉ……すげぇな…


 我ながら驚くこの力が出せる今なら倒せそうだ。転がったゴブリンは起き上がり怒りの表情で睨んでいる。


 ―ooaaAaoaa!!!!!!!!!!!!


 怒りのままに雄叫びを上げながらこちらに突っ込んでくる。


 ――避けるか!? 迎え撃てそうだが…


 反対にだんだんと冷静になり考えるキョウ。


 しかし考える時間が長すぎたか避ける隙をキョウに与えずゴブリンの突進を食らってしまった。


 ――バァンッッ!!!!!!!!


 体と体の音が鳴った。


「…ッ!! 痛え!!」


 ゴブリンの全速力の突進をちゃんと構えず受けたのだから当然とも言える痛みだろう。


 だが、キョウはゴブリンのタックルをただ受けただけではなかった。体が触れ合った一瞬でゴブリンの衣服らしき物を掴んでいた。


 ―掴んだ― そう思う間もなくキョウの体は勝手にゴブリンを地面に叩きつけていた。突進の後、無防備だったゴブリンはキョウによって思い切り全身を地面に打ち付けた。


 ――ドゴオオォ………


 体かぶつかった音と同じくらいの音が今度は響いた。





 ************





 ゴブリンは起き上がらない。


「ハア…ハア…ァ……」


 キョウは確信した。自分は強くなった。能力かは分からない。それでも相手に勝てたのだから強くなったに決まっている。その確信に静かに喜んだ。

 しかし気がかりというより大きな不安も出てきた。

 その強さはこの腕が、皮膚が関係するのだろうか?

 この浮き上がった血管、肌色ではなく黒い斑点混じりの気持ち悪い肌色は何なのだろうか?





 ************





 ―彼はもうすぐ気づく。転生した彼は人間ではなくなってしまっていると。そして彼は自分の発現した能力にもきっと気づく。それが如何にしてこの世界で通用するのかは、これから分かるのだろう。

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