第8話 増えるアンジェ
「最初だけだったんだな、あの味のデスカーニバルは。」
アメ玉のようなものをコロコロ舐めながら、さっきまでの脳内パリピ花火を思い出す。
いや、思い出したくはないけど忘れられない。
「現在の体に成長するまでの経験を詰め込みましたからね。少々荒っぽく思えるかもしれませんが、元の世界の記憶がある分過剰に反応してしまっただけで、本当に危険はなかったんですよ?」
「それにしたって説明が足らないとは思いませんかねぇアンジェさん?」
少し責めるようにジロリとアンジェへ視線を向ける。
「あ、あはは、申し訳ありません。」
素直に謝ってくれたのでよしとする。
お詫びにアメ玉(仮)をくれたときはぶっ飛ばそうかと思ったけど、今度はちゃんと説明をしてくれたので安心して頬張る。
どうやらこのアメ玉には知識が詰まっているんだとか。
新しい世界のことを勉強するのに、最初から一々説明してやってたのでは時間がそのぶんかかる。
そこでこのアメ玉の出番だ。
「本来産まれてから現在の体に成長するまでに経験することを、グリンゲルの雫を介して追体験したのです。
擬似的なものですが、実際の経験は聞くだけの知識とは比べものになりませんから。
雫の効果で時間を圧縮、溢れる知識を身に染み込ませ、傷ついた体を癒やす。
それがハジメさんに行った勉強ですね。」
詰め寄った俺にアンジェがそう説明してくれたが、最初から言ってくれれば俺が怒ることも無かったと思うんですけどねぇ。
まぁそのお陰で、俺にはアークリーヴァで十数年生活したのと同じくらいの知識がある。これで生活に困ることは一応ないであろう。それでも一応だ。
あの世界で知ってなきゃおかしいことは知っている。しかしそれだけでは足りない、そう思うのは、人生には色々あるって今の俺が知ってるからだ。
常識だけが世界じゃないってね。
「それじゃあ体の準備が終わればいよいよって感じか。ちょっと不安のとこもあるけど結構わくわくするな。」
「そうですね。もう少し時間がかかりますがそれが終われば、お別れですね。」
そう告げたアンジェの顔は少し寂しそうだった。
そうだよな。
転生するために俺はここにいるんだもんな。
「やっぱり、もう会えなくなっちゃうのかな?」
「えぇ、本来であれば私たちとハジメさんが出会うことはありませんでしたから。無事に送り出した後は、こちらとコンタクトをとるのはほぼ不可能かと。」
「そっか。まぁ仕方ない。」
立ち上がり伸びをする俺を見てアンジェが微笑む。
「それまではまだ話ができるってことだろ?だったらもっと話そうぜ!話せないこともあるんだろうけど、俺はアンジェのこともうちょっと知りたいな。」
にひひ、と笑いながらそういうと驚いた顔をしてこちらを見ている。ちょっと格好付けすぎたか?
「私、口説かれたのは初めてです。」
「口説いてねーよ!?」
「うふふ、冗談ですよ。えぇ、私もハジメさんのことを聞かせてください。まだ時間はありますから。」
二人で顔を見合わせて笑った。
そう、まだ時間はある。別れはちょっと悲しいけど、別れるなら笑顔でだ。
それまでの時間は楽しく過ごすのだ。
「じゃあ一個聞きたいんだけど、アンジェってめっちゃでかすぎない?」
今更それを聞くんですか?って気になって仕方ないでしょうあなた。
今俺はアークリーヴァの呼び声の練習中だ。呼び声、願いというか呪文というか。
簡単に言うと魔法みたいなものがある世界なので、それを今のうちに復習しておく。知識はすでにあるからね。
俺が知っている知識ではまだちょっと不安があるんだけど、そこはおいおい学んでいけばいいかなと思っている。
「ちょっと休憩にしましょう~。」
そう言ってアンジェが俺の隣に降りてきた。テキパキとテーブル他諸々をセットし、紅茶とケーキを配置する。
ここは広場から出たすぐのテラスのような場所だ。
相変わらず天井は光り輝いている。
広場のほうに目を向けるとそこにはでっかいアンジェが見えるが、横を見ると俺と同じくらいの大きさのアンジェがいる。
アンジェが増殖した。比喩ではない。本当に増えている。
「アンジェってめっちゃでかすぎない?」
「い、今更それを聞くんですか?そんなに気になることでしょうか?」
「最初から気になってたんだけど、優先順位が自分の方が上だったから。それも消化したしそろそろ聞いてみたくなって。」
「そうですか。うーん、説明が難しいのですが、私たちに通常の大きさの概念は適用されないかもしれません。」
「む、難しくしないでくれ。俺は頭が良いわけじゃないんだ。ちょっとでかくね?って思っただけなんだよ。」
「簡潔に言うならば、大きくもあり、小さくもある、でしょうか。言うよりもお見せしましょう。」
そういうやアンジェの体が光り輝く。
久し振りですねぇその輝き!目があけられないんですけどぉ!?
光が一際輝き明滅する。光の嵐が収まったそこにはアンジェがいた。
「私たちは大きくもあり、小さくもある。ハジメさんから見て、大きな私も小さな私もいるのです。」
そう言ってのけるアンジェは俺の手を取り微笑む。
ちょっと理解が追いつかない俺はされるがままだ。
「おぉ、ハジメさんの手柔らかいですね!ん~、さすが美少女に生まれ変わっただけはありますね。凄いです、完璧です。」
「え、えへ、えへへ。」
同じところに降りてきたアンジェと俺は目を合わせられなかった。
アンジェは絶世の美女なのだ。
大きいから見上げていたそれが目の前に、同じ目線にいる。
ペタペタと体のあちこちを触られても動けない。愛想笑いを浮かべるのみ。
生まれ変わっても童貞は無力だ。
そして鼻血を吹いて俺は倒れた。
サクサクなクッキーを食べながら紅茶をすする。うまし。
ケーキも美味しかったけどクッキーもうまし。こんなに甘いもの食べて大丈夫かしら?
あとで運動しとこうかな。
「ちょっと体を動かしたいんだけど、そのへん走り回ってていい?まだダメかな?」
「大丈夫ですよ。仮想体とはいっても本物と機能は全く同じですので。そうだ!でしたらついでに訓練もやってしまいましょう。」
「訓練?なんか嫌な予感がする。説明を先にしてよね!!」
「もちろんです。しっかりきっちり説明しますよ~。」
訓練とか、不安だわ。
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