第7話 刷り込み学習
幸せってなんだ?
なんていきなり言われても困るよな。
俺もいきなり言われて答えるのは難しい。
以前だったら美味いものを食べたとき、ゲームの新作を買ったとき、新しい服を買ったとき、あれとかこれとか……うむ、幸せだったと思う。
小さな事、普通のことを幸せに感じるって本当に幸せだったんだな、と今ならわかる。
みんな幸せになって欲しい、心からそう思うんだ。
「……ふぅ。」
「……ハジメさん?」
アンジェがこちらに怪しげな視線を向けるが、あえて無視を決め込む。
が、こちらの都合も特にお構いなし。
早々に現実の世界に引き戻されるのだった。
「はい、問題ないですね。なにやら様子がおかしかった気もしましたが、転生の際に生じる認識のズレが原因かもしれません。」
いえ違います。ただのスケベ心が暴走しただけです。
ちなみに今の服装は白いTシャツにジーンズ、スニーカーである。髪は後ろで結んでいるがやり方はあっているかわからない。
興奮しないようにするための自衛である。
「現状30パーセントほど作業は終了しています。予想よりはるかに早いといいますか、ハジメさんの適応力の高さには少し驚きました。」
「まぁ、早々に現実を受け入れたからかもね。そこはアンジェのお陰でもあると思う。」
「ふふ、ありがとうございます。」
「こちらこそありがとう。ただ、神様みたいな人が転生させるのにこれだけ時間かけるとは正直思わなかったかな。
もっとぱぱーっとやっちゃうもんかと思ってたよ。俺にはありがたいんだけど。」
「そうですねぇ。やろうと思えばぱっとやれちゃいはしますよ?しかしその場合は相手の方の意見も関係なく、痛みなども無視してやることになるので気乗りしませんね。
私たちは機械ではありませんし、できるだけ望みはかなえて差し上げたいのです。そうそうあることではないですけどね。」
確かアンジェは初めてやるといってたっけ。
輪廻の輪から外れるってのは想像より難しいことなのかもしれない。
そして外れてしまうということはどれほどヤバいことなのか、と考えると背筋がちょっと寒くなる。
「そういえば転生するための準備って並行してやるんだよね?俺はなにをすればいいの?」
気持ちを切り替えるために話題を変える。
実際なにをやるのかは気になっていた。
「はい、それはこれから転生する世界についてのお勉強をしていただきます!」
「えぇ……。」
「うふふ、嫌そうな顔をしないでください。想像している勉強とは違いますよ?」
俺は勉強は好きではないためこういう反応のなってしまうのは仕方ないことなのだ。
「世界の勉強は大切なんですよ?なにせすぐに向こうへ送ってしまうと、まず呼吸ができません!」
「……え?は?」
「例えですけどね?ちゃんと体は適応していますのでいきなり窒息ということはありません。ただ、世界が違えば常識も変わる。体は同じように見えて全く同じというわけではありません。
人種も世界にあわせてチューニングされているんですねぇ、素晴らしい進化の様です。」
「そんなに違うんだ、だからそのまま移すんじゃなく転生。」
「そういうことです。その世界の命として生まれ変わる、それが転生です。」
ほぇ~、ところ変わればどころじゃないんだなぁ。
これは嫌でも勉強はちゃんとやらないと悲惨な目に遭うとみた。
ここは気を引き締めて取り組もう。
「ふふ、では簡単なところからお勉強を開始するといたしましょう。」
こうして俺の勉強生活がスタート、するのかと思いきや
「ハジメさん、これを飲んでください。」
「なにこれ?アメ玉?」
渡されたアメ玉みたいなものを光にかざす。わぁきらきら光ってて綺麗。
「お菓子ではないので味わう必要はないですよ。味もありませんし。それを口に含んでいただければそれだけでバッチグーです。」
ふっる。
「うーんなんだかよくわからんけど、口の中に入れればいいのね。あむ。」
今更アンジェが嘘ついたりしないだろうし、言われるがままアメ玉(仮)を口に含む。
む?味が……イチゴ味?いや、ブドウか、違うレモンだ!
後から後からいろいろな味がとめどなくどんどんどんどん溢れてきて止まらない。
味の奔流が体の中に流れ込んできてことごとく炸裂していく様は、まるで体の中でドンパチ戦争でもしているかのよう。
次から次へと味が爆裂変化し、その度に俺の意識まで刈り取っていく。
「あぇ?あぇぇ?」
「ふむふむ、初めて使いましたがこんな感じなんですねぇ。私も一つ、む、美味しい。味がないと聞いてましたけど……あの子の言うことでしたねそういえば。」
「うりり?おりょりょりょりょ?」
「経過は順調みたいですね。今のうちに休憩に入っちゃいましょうか。ん~今日もよく働きました!」
「騙したなアンジェーーーーッッ!!」
「キャアッ!ど、どうしたんですかハジメさん!?」
「どうしたもこうしたもあるか!とんでもないもん飲ませやがってこのやろぅ!」
味の濁流から解放された俺はようやっと意識を取り戻しアンジェに突撃する。
本当に星が頭の中を瞬いてたんだぞ!?流星群が飛びすぎてナイアガラみたいになってたんだぞ!?
「危険なものではないので大丈夫だったんですよ?」
「体に危険な成分が入ってなくても効果が危険なら同じなんだよぅ!!」
「そうでしたか。ところでアークリーヴァの呼び声はわかりますか?」
「そんなのこうだろ?クルーノノート・クローノノート 蒼きリヴラの導きよ、この声が聞こえるならば応えたまへ。」
瞬間、胸の前で祈るように組んだ俺の両掌が青白く輝く。
アークリーヴァの神衛機を介し、呼び声が届き力を貸し与えられた結果だ。
「はい、完璧ですねハジメさん!」
「完璧ってなに、が……あれ?」
「そうです。ハジメさんはしっかりとお勉強できたみたいですね!」
「それなら先に言ってくれ……。」
無駄に疲れたわコンチクショー。
こうして無理矢理刷り込まれた学習は終了した。もう無いよね?
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