吐露

 山並みが燃え上がるような赤に染まる秋。お店から連絡があった。イノウエさんからの予約だった。あの時のように心拍数が跳ね上がる。しかしあの時のような不快感はなかった。心地よさすら感じる安心感と矛盾する心拍数、頭の中から何もかもが抜け落ちてイノウエの文字だけがこだまする。終わりか始まりかは分からない。だがきっと彼なら変えてくれる何かを持っている。すぐそこに出口が待っている。


 予約当日、事務室の電話が鳴るたびに緊張する。他の誰かが呼び出されるたびにため息が溢れる。そしてついに僕の番がきた。不審に思われないようにいつも通りを意識して事務室をあとにする。相変わらず古びたエレベーターだがいつもより降りるのが早く感じた。一階、ビルの前に彼がいた。

「覚えてくれているかな。」

覚えていないわけがない。ただ少し気恥ずかしかった。

「イノウエさん…ですよね。この前ホテルで…」

いつものようにこなす。イノウエさんは頷くと少しだけ躊躇ったような素振りを見せ僕の目をじっと見つめ行こうか、とだけ言った。そのまま少し歩き、近くの大通りまで来るとタクシーを拾い彼の家へと向かった。


 少しすると先程の喧騒とは打って変わって閑散とした住宅街へと着いた。そこには周りの家より一回りほど大きい井上の表札を掲げた立派な邸宅があった。偽名ではなかった。ただそれだけのことなのに安心した。イノウエさんは門を開けると僕を玄関へと案内してくれた。扉を開けた先に広がる景色は外から見るよりも更に大きかった。はじめて見る豪邸、イノウエさんは僕を気にかけながらも二階の寝室へと通してくれた。僕は自分が呼ばれた理由を思い出しイノウエさんに寄り掛かり甘えた声を出す。イノウエさんは僕の方を見つめると強く抱きしめてくれた。あたたかかった。

「もう、大丈夫だから。」

イノウエさんの言葉を聞き、僕の中でずっと塞ぎ込まれていた十八年分の涙が一気に溢れ出した。言葉にならない声を出し必死に平常心を取り戻そうとするが、それをするにはあまりにもイノウエさんはあたたかかった。はじめて人に優しくされた。どうしようもない人生だった。イノウエさんなら全て受け入れてくれる気がした。


 僕は一通り泣き終えたあと、イノウエさんの方をじっと見つめた。イノウエさんはそんな僕を見つめて微笑んだ。それから僕は自分のことを全て話した。幼少期からの出来事、父親の友人や学校の友人たちからにすら慰みものにされていたこと、父親からの暴力や今抱えている問題まで全て話した。途中で涙が溢れ出すたびにイノウエさんは優しく背中を撫でながら泣き終わるのを待ってくれた。気がついたら僕は泣き疲れ眠ってしまっていた。あたたかいイノウエさんの上ですっかり安心して眠ってしまっていたのだ。


安心して






































安心して

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