契機
それからも変わらず単調な日々であった。お金を貰い、欲を受け止める。僕はそのための道具になり切った。力強く肉欲が打ち込まれるたびに苦しくなる。その苦しさが現実から僕を切り離してくれた。逃れたかったはずの日常。その行為そのものが安心感を覚えるものになってしまっていた。
高校を卒業した春。日常から逃れるために僕は就職した。一人で暮らそうとした。全てを断ち切って新たな人生を歩むはずだった。十八歳、十八年間の不幸を忘れ、新たな人間として、普通の人生を歩めるはずだった。
「借金で首が回らんのや。助けてくれ。」
大嫌いな父親の言葉、醜い、憎い、忌々しい。不快感が全身を駆け抜ける。あらゆる感情が頭の中で乱反射して崩れ落ちた。心拍数が一気に上がる。全く理解できなかった。何もかも考えられなかった。目眩、動悸、吐気。あらゆる方法で全身が警笛を鳴らす。冷や汗を流しながら父親の方を向く。
「どうすればいいの。」
逃げ出したかった。逃げ出せなかった。あの時と同じように父親に怯えていたのか、それとも唯一の肉親故の本能なのか。僕は受け入れた。決まっていた就職先を辞退して稼げる仕事を探した。そして行き着いたのが今の仕事、風俗だ。受け入れ難かった。しかし、都合がよかった。慣れているからだ。この行為自体は幼い頃からしていたので自分の気持ちさえ殺してしまえば上手くやれる自信があった。
しかし、人生はそう上手くはいかなかった。慣れているとはいえ得意ではない、ましてや好きな行為でもなく大嫌いな行為ですらあった。苦しい。止まることを知らない破壊衝動が常に自身の体を切り刻むことになった。日々増える傷は日常が流動的であることを知らしめている。時間は流れゆくが僕は日常の中に取り残されていた。唯一それを切り離すことができる、正確には理解しなくて済む、そんな時間が行為なのであった。あまりの苦しさに頭の中が真っ白になる、だから何も考えなくて済む。小さな問題から大きな問題まで、過去のトラウマ、現在の問題、未来への不安。全て頭から抜け落ちる。莫大な借金を背負わされた。親元から離れた。だが色欲は常に付き纏った。繰り返される日常はまた別のものへと切り替わったが、自信を蝕む色欲は常にそこに在り続けた。どれだけ歳を取ろうと変わらない、僕の日常こそが色欲でできていたのだ。自身の欲ではなく、周囲から向けられる欲だけで、できていたのだ。唯一切り離すことのできない問題。それは切り離す手段であるが故に、それは僕自身を構成している日常であるが故に。
何回繰り返されても、終わりの見えない鬱は、僕の日常そのものであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます