第28話 勝利の手順
想定外の敵、ヒドラを目の前にしても、遥人は慌てていなかった。
(まずは配置の整理を、と)
回復魔法が使える神官系部隊で重装歩兵の部隊を支えながら時間を稼ぎ、その間に他の部隊の配置を変更していく。
戦闘開始時の配置は遥人も口を出したが、そこからは《ソーマ》の効果を見たい気持ちもあって各部隊の隊長に動きを任せていた。
そのおかげで各兵種の配置は状況に応じてばらけている。
これを、手順を行いやすい位置に修正していく。
といっても、そこまで神経質なものではなく、せいぜい兵種ごとに距離を近づける程度のことだ。
兵達は、誰もが遥人の思い通りに動いてくれる。
以前、テオバルトとの模擬戦の後で感想を聞いたのだが、皆、特に「操られている」という違和感はないのだそうだ。
自分で判断して動いている感覚なのだが、終わってから思い返してみると絶対に自分では行わない行動を取っていた、ということらしい。
今も、遥人が俯瞰視点から見て判断した状況に合わせて、兵達は自分から率先して動いていく。
最初に動いたのはガブリエーレ率いる弓兵の部隊だ。
率いる、とは言ったが、実際に援護を行う弓兵は戦場の全体に広がっている。その無数の弓兵部隊の全てが、遥人が望む通りに一斉に動き出した。
無数の弓から、同時に一つの首を狙って矢が放たれる。
「おぉ、一糸乱れずとはまさにこのことですな!」
傍にいた文官は戦の専門家ではないが、それでも感じ入ったような声を漏らす。
確かに、放たれた矢が戦場にアーチを描くようにしてたった一ヵ所に降り注ぐ光景は、ある種の機能美を感じさせる光景だった。
「ガアアアァァァァァァァァァァッ!」
これまで《ソーマ》で限界まで強化された兵士達がどれだけ斬りつけてもビクともしなかったヒドラが、はじめてその巨体を大きくよろめかせる。
「おおぉっ!」
それだけのことで兵隊にどよめきが走る。
味方の帝国兵だけではなく、遠くまで退いた同盟軍の兵達までもが喝采をあげていた。
確かに同盟軍が用いた策なのかもしれないが、ほとんどの同盟軍兵にとっては事前に知らされていなかったことなのだろう。
だから味方の攻撃というよりも単なる人外への脅威として、敵味方という立場を超えた見方をしているのかもしれない。
「次は剣士部隊!」
歩兵、騎兵を問わず、「剣」を装備した兵士達を動かし出す。
兵種の中には剣、槍、斧、あるいは弓の複数の武器を使いこなす者もいるが、そうした者であってもわざざわ剣に持ち替えさせて突進させた。
狙いは、さっきの弓兵が攻撃を加えたのとはまた別の首――九本もあると互いの動きが邪魔になって下の方に降りてくるものもある。
そうした首の一つに狙いを集めていた。
矢と違い、剣は直接距離を詰めて攻撃しなければならない。
だから斬りつけられるだけ斬りつけると、即座に場所を移動して後ろからやってくる後詰めに場を譲る。
そうすることでヒドラの狙いを分散させ、斬り込み役が攻めに集中できるように計らう。
ゲーム的な視点から、先に仕掛けるグループほどパラメータが低い者を集めてある。
MMORPGのヘイトのような数値は設けられておらず、純粋に攻撃の効果が高い相手を狙って優先度を定める仕組みになっている。
そのため、目の前にいても守りが堅く、ダメージが大きくない敵よりは、遠くてもダメージが大きく入る敵や戦略上の優先順位が高い敵――たとえば主役ユニットや回復魔法が使える神官ユニットを優先する。
思った通り、ヒドラは自分の脚下で首の一本を斬りまくっている一団は完全に無視し、首の攻撃範囲ギリギリにいる一団に向かって攻撃を繰り出していた。
そこには既にゲオルギーネが率いる神官部隊を配置しているので、ダメージを負っても即座に回復するという段取りだ。
先程は流れ弾を恐れて弓兵単独で動かしたが、今度は同時に魔道士系の部隊にも指示を出す。
炎の魔法を操る部隊すべてに動員をかけ、もっとも高い位置に留まっている首に無数の炎の魔法が浴びせかけられる。
第三作で設定されていた手順とは、つまり武器種によって攻める場所が決まっているということだった。
攻撃手段として存在するのは近接が剣、槍、斧による三種。遠距離が弓、魔法の炎、氷、雷の四種となっている。
これは第三作まで変わらない。
その一つ一つの攻撃種がヒドラの特定の首にのみ効果を発揮するようになっていたのだ。
正直に言うと、これはゲーム的過ぎるので本当にその通りになっているかどうか若干の不安だったのだが、ここまでは問題ないようだった。
ゲームの設定上も、神話の中でつけられた傷が基になっており、因縁がある攻撃のみ効果が現れるという根拠が設けられていた。
こちらもしっかりと再現されていたということだろうか。
ちなみに、ヒドラの首は九本。だが、攻撃手段は七種しかない。
これは完全な引っかけで、九本の首の内、二本は脳を持たないダミーになっている。
筋肉で他の首と同じように動くのだが、攻撃には参加しない。
他の首がチロチロと舌を動かすのに対しそれをしない――というより、おそらく食道もつながっていないのかそもそも口を開けるということをしない。
そうした部分で見分けるのだ。
最初、遥人は「偽物を交ぜておくなんて、酷い設定だ!」と思っていたのだが、実はこれも重大なヒントとなっている。
この二本のダミー首を基準として、どの属性の首がどこに配置されているかを把握することができる仕様になっているのだ。
「す、すごい。陛下! 攻撃が利いておりますよ!」
六〇歳にはなるだろうか、老齢の文官が、子どものようにはしゃいでいる。
「敵、ヒドラが後ずさっている!」
カールも興奮してそう叫んだ。
残りの槍、斧、氷、雷の各部隊も順次投入し、ヒドラからの攻撃は防御の魔法や回復の魔法で吸収する。
そうした一連の動きが、遥人の意思の元で完全に統一され、遂行される。
誰もが言葉を発しなくなっていった。
たとえヒドラの弱点や倒すための手順がわかっていたとしても、普通ならばここまで部隊が統一的に動くことなど難しいに違いない。
「へ、陛下。お恐れながら、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
恐る恐るという印象で、武官の一人が遥人に声をかけてくる。
「構わないぞ。何が聞きたい?」
「はっ。その、陛下はあのような化物――ヒドラ、でしたか? あれが今回の戦場に出てくるとご存じだったのでしょうか?」
そんなものを知っているはずがない。
そもそも同盟軍の結成すら把握していなかったのだ。
今となっては情報収集や警戒心が足りなかったと反省するだけだが、少なくとも当初は反乱軍(あるいは解放軍)単独で動いており、帝国と本気で和睦するつもりがあると思い込んでいた。
まさか、プレイヤーの意思が反映されていないおかげでゲーム時代とストーリーの流れが変わるなどとは思ってもみなかったのだ。
それが想像もしない暗殺騒ぎがあり、怒濤の勢いで帝国領内に侵略され、これらに対して《ソーマ》を無限増殖させて兵を強化することで一杯だったのである。
「残念ながら、私はそこまで全知全能ではない。あのような化物が現れるなど、私にとっても想定外の出来事だった」
予想できていたなら、もっと兵の被害を減らすことができただろう。
そう考えると、積極的に敵が攻めてくる前に潰すという姿勢をもっと徹底した方がよさそうだ。
遥人としては反省したのだが、質問をした武官はむしろ感じ入ったようにひれ伏した。
「まさか、あれほどの化物を、その場で見ただけで対処法を見つけてしまわれるとは! 陛下がおられなければ我が軍の被害は計り知れないものとなっていたでしょう! 陛下はすべてを見通す神の目をお持ちでいらっしゃるのですか!?」
感極まったように、声を詰まらせながら問うてくる武官に、さすがに答えに窮する。
自分よりあきらかに年上の、おそらくかなりの武功を上げてその場に登り詰めた重鎮のはずだ。
そんな人にひれ伏されると、少々キマリが悪い。
特にヒドラの攻略情報など、もちろんこの場で見抜いたわけではなく、ある意味でカンニングしたようなものなので「神の目」などと言われると、そのまま認めるのは躊躇われる。
とはいえ、馬鹿正直に「いや、前世でゲームしてたんで!」などと言えるはずもない。
「それは……貴官が思うように判断しておけばいい。大事なのは、我が軍の兵に被害が少なかったということだけのはずだ」
「なんと! オーガに似ていらっしゃるだけあって素晴らしい戦術眼をお持ちなのは理解できますが、その上、心持ちまで優しいとは! 今更ながらではありますが帝国はこれから空前絶後の発展を遂げるに違いありません!」
オーガに似ているだけあって、の部分は正直複雑なのだが、あとの賞賛は素直にありがたく受け取っておくことにしよう。
「確かに、オーガ度がそれほど高い方は他にいらっしゃいませんからな!」
(ちょっと待て、オーガ度って、どんな指数だ!)
「私も、先日初めてご尊顔を拝謁した時には、正直に言って少々粗相をしてしまいましたが!」
「なんと、貴殿もであったか! わはははは!」
そこまで恐がられる俺ってなんなの、と心の中で総突っ込みを入れていたのだが、表面上はどうにか平静を装うことに成功した。
というよりも、むしろ慣れてしまった感があるだろうか。
そうこうしている内に、ヒドラは体力のすべてを奪われ大地に崩れ落ちる。
戦場を満たしたのはあたりを揺るがすほどの勝ち鬨の声だった。
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