第27話 越境者
突如、戦場に現れた九つ首の化物。
遥人が控えていた本陣は前線から距離があったが、あれだけ巨大な物であればここからでも充分見える。
その異様な姿が現れると同時に、本陣の中も激しく動揺しはじめた。
「な、何だあれは!?」
武官、文官の隔たりなく、我を忘れてうろたえている。
「い、生き物、なのか!?」
カールも同じように慌てふためいている。
そんな中にあって遥人も、ポカンと口を開けたまま状況を見ていた。
「あれは……」
体長は一〇メートルにもなるだろうか。
何十回と『フェーゲフォイア・クロニーケン』を周回してきた遥人の経験の中に、目の前のような巨大なユニットが登場することはなかった。
つまり、戦場という特殊な環境に対してまるで耐性など持っていないはずの倉瀬遥人が、未知の場面に遭遇したわけである。
それでいて、周囲にいる者達のように取り乱しもしていなかった。
具体的な行動を起こす前に、まずは冷静に《プレイヤの加護》を使い、俯瞰視点から敵陣の様子を観察した。
敵陣では同盟軍総司令の座に座ったトバイアスが狂ったように笑っている。
『はははは! あはははは! 薄汚いウジ虫どもなど皆殺しになればいいんだ! 多少こちらの兵士が巻き込まれてもそれは名誉の戦死というものではないか!』
自分だけが生き残ればいい。
そう考えているのだろう。
安全な場所から、反撃される心配をせずに他者をいたぶる。
積み重ねたプライドの結果、そんな卑怯な戦いしかできなくなってしまったのか。
絶対に負けない。
絶対に死なない。
そんな歪な現実しか認められない男になったのだろう。
「ハル――いや、陛下! 急ぎ退去してください!」
俯瞰視点に集中していると、カールが横から語りかけ遥人の注意を引き戻す。
「退去? しかし、ここで私が退いてしまっては兵達の士気がガタ落ちになる」
一時は無敵になったかのように思えた帝国軍だったが、いわゆるデバックモードのように敵からのダメージを完全に遮断するような状態ではない。
常識的にはありえないほど守りを固め、常識ではありえないほど攻撃力を上昇させただけ、なのである。
常識外れの度合いは凄まじいが、早い話、その常識外れをさらに上回る横紙破りを行なったら今の帝国軍でも敗北するということなのだ。
あの巨大ユニットはまさにそれに当たる。
このままでは帝国は敗北するだろう。
そうなれば遥人が扮した帝国皇帝も捕縛され、ある意味でゲームと同じ正しい着地点に落ち着くことになってしまうということだ。
だが、常識外れを上回るさらなる常識外れを、さらに上回ってしまう存在があったならば、話は変わってくるのである。
「まぁ、大丈夫。俺、あいつ見たことあるから」
遥人があっさりと言い放つと、カールは目をまん丸くして言葉を失ってしまった。
「あ、見たことがあると言っても、こういう状況じゃなかったけどな」
「いや、でも、なんというか……」
周囲の武官や文官は完全に取り乱し、こちらの会話など耳に入っていない様子だ。
遥人もカールもそれを見て取り、普通のトーンで話を続ける。
お互い、その方が話しやすいからだ。
とはいえ、これ以上はどう説明していいかわからなくなるので、遥人はもう結果で見てもらおうと立ち上がった。
「よし、オートバトルはここまでかな」
ゲームのCPUは頭が悪いので、パラメータが圧倒的に優位である場合でなければ、オートバトルは使い物にならない。
どう考えても簡単に勝てるようなマップで味方の強いキャラが突っ込み過ぎて死んだりするのだ。
この世界に来て、俯瞰視点から物事を見られるということが圧倒的な優位をもたらしてくれることを理解した。
それからは、実際に戦場に立って限られた情報しか得られない人間ならあんなものなのかもしれないと、逆にCPUの頭の悪さに変なリアリティを感じてしまう始末だった。
兵士達は充分に強くなっている。
その上で、遥人が直接ユニットを動かす通常のバトルに切り替えることで、戦況を大きく変えることができるのだ。
俯瞰視点で視界を移動して、敵の化物周辺に焦点を合わせる。
化物は、最初に攻撃をしかけてきた帝国軍に対して積極的に攻撃を加えていたが、足元で逃げ惑っている同盟軍にも区別することをせず襲いかかっている。
積極的な敵対者としての帝国軍。
あっさりと食い殺せる手頃な餌としての同盟軍という色分けになっているような気さえする。
鎧をまとっていようとなんだろうと、怪物は兵士を頭から丸呑みにして捕食していた。
一応、帝国兵は力がある分だけまだ食われている被害者は出ていない様子だが、それでも時間の問題だろう。
パラメータを見れば同盟軍の攻撃ではかすり傷ほどのダメージしか負わなかった兵達がガリガリと体力を削られていっている。
対する化物は、完全な無傷だった。
「あんなとんでもない化物に相対する方法なんてあるんですか!?」
たまらずカールが問いただしてくる。
「まぁ、任せろ。あ、それからあの化物な、ヒドラって言うんだ」
「ヒドラ? いや、名前がわかったって……て、なんでそんなことを知ってるんです?」
「ん~」
そこが説明しづらい。
「簡単に言うと、別のナンバリングタイトルに出てきた、裏ボスなんだ」
端的に説明すると、案の定カールは目を白黒させていた。まるで理解できないのだろう。当然である。
ヒドラは『フェーゲフォイア・クロニーケン』の第三作目に出てくる裏ボスだ。
このシリーズを全て嗜んでいる遥人ならば知っていて当然という敵であった。
驚いていたのは、地名や国名、人物名に時系列などから、遥人が召喚されたのは『フェーゲフォイア・クロニーケン』シリーズの第一作だと思い込んでいたからである。
いや、実際にその判断自体は間違いではない。
そこに三作目の要素が混じり込んだという方が的確だと感じていた。
いずれにしても、『フェーゲフォイア・クロニーケン』のすべてを網羅している廃プレイヤーにとっては些細な誤差でしかない。
「いずれにしても、どうやって……」
パラメータを見なくても、相手に傷一つつけられていない状況を肌で感じ取っているのか、カールが首を捻る。
「ここから見ているだけだと、力が足りないように思えるが、実はそうじゃない。このヒドラは特定の手順を踏む必要があるバトルを採用していて、イベントバトルとしての側面も持っているんだ。キャラ同士の会話でヒントを掴んで、それに従って手順通り行動しなければならない。その手順を外しているからダメージがゼロになる」
「は、はぁ? あの、俺にはハルト殿が何を仰っているのかまるでわからないです!」
正気を疑ったのか、カールが動揺のにじむ声で問いかけてくる。
「悪い。ちょっと話ながら手順を整理していただけだ」
気楽に呟き、遥人は意識を自軍の兵達に向けた。
すると、かつてテオバルトとの模擬戦でそうだったように、遥人の意思のままに兵士達が動いていく。
標的は、九本の首を持つ大型の魔物――ヒドラ。
初代の『フェーゲフォイア・クロニーケン』には人間(亜人種を含む)以外の敵ユニットは存在しない。
だが、二作目、三作目と世界観を広げたり迫力を出すためなのか徐々に人外のユニットを登場させるようになった。
このヒドラもそうした流れで登場した敵の一つである。
ゲームのストーリー上、第一作と第三作の間につながりがあるように描かれてはいなかったが、トバイアスが台頭してきたことと連鎖して、本来のゲームとは違う流れに接合したということなのだろうか。
どちらにしても、遥人にできるのは第三作で設定されていた手順を試すことだけなのだ。
そして、遥人がいよいよ動き出す。
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