第24話 自軍、奮戦中(?)
帝国側の本陣は、ユーダリル平野に入ってすぐの場所に設けられている。
そこに詰めていた遥人は、あまりにこちらの思い通り進む展開に、多少呆気なさを感じていた。
「しかし、この状況にはびっくりだな……」
遥人は、誰にともなく呟く。
皇帝が使うということで、上等な布を使って作られてはいるが、基本的には布製の天幕に折りたたみ式の机や椅子が置かれている。
机の上には周辺地図と、敵味方で色分けされた駒が置かれていた。
これを用い、伝令からもたらされる情報を元に戦況分析を行うのだ。
もっとも、遥人はスキルのおかげでこの場に居ながらにして戦場全体の状況が把握できるので、もっぱら本陣に同道している指揮官達のために置いてあるようなものだが。
遥人が何に驚いているのかと言えば、今回、同盟軍が選んだ戦場についてだった。
特にこちらから誘導したり、何かを仕掛けたわけではない。
同盟軍側が勝手に選んだ場所なのだが、何故か『フェーゲフォイア・クロニーケン』の最終面、二つ手前のマップである「ユーダリルの戦い」とまったく同じなのである。
おまけに、数こそ大きく膨れあがっているものの、侵入してくる方向や布陣する位置も同じであった。
(こんなところまでゲームとそっくりになるなんてなぁ)
今更ではあるが妙な関心をしてしまう。
スキルやバグについては、もちろんかなり強引ではあるが、この世界の法則がそうなっているだけだと理解してしまうことも可能である。
だが戦場がどこになるのか、兵士をどこに配置するのかは純粋にここで生きている人間の判断に寄るところが大きいはずだ。
だというのに、あつらえたかのようにゲーム内のマップが再現されていることに驚きを禁じ得ない。
「どうかされましたか?」
近衛兵長に相応しく護衛任務に戻ったカールが、遥人の様子を不審に思ったのかそう尋ねてきた。
「いや、戦争には直接関係ないんだ。気にしなくていい」
戦争を行うには、言うまでもなくとんでもない数の人間が必要となる。
その大勢の人間が移動できる道、
大軍を賄うための物資を搬入する道、
入り乱れて戦うにもスペースが必要であることを考えれば、帝国領内で大規模戦闘が可能な場所というのがそもそも限られているだけかもしれない。
そうした必然性が一致して、ゲームと現実とのシチュエーションが偶然似通ってくるという可能性はありそうだ。
遥人が思考を切り上げると、カールも気にしなくていいと言った言葉に納得したらしく話題を変える。
「ならばいいのですが……。しかし、凄まじい戦果ですね」
刻々ともたらされる伝令兵の報告を整理しながら、気が抜けたような声を出す。
「まあな……。敵も、数は多いがそれに頼るだけで奇抜な策を巡らすことはしていないようだ。これなら楽勝だよ」
おそらく、複数の国の寄せ集めであるだけに、全体を有機的に動かすような意思疎通が図れないのだろう。
最初に単純な方針だけを伝え、あとは前線で判断させるようにしているだけかもしれない。
前線で判断というと柔軟な対応ができるように思えるかもしれないが、その代わりに前線の指揮官が見えている範囲は狭く、戦場全体を見渡した動きをすることなどできない。
だからなのか、今のところ、敵の動きはゲームのCPUを相手にしているように単調で読みやすかった。
実際、遥人が派遣した帝都防衛のための戦力だけで、一〇万の同盟軍と渡り合っている。
(というより、やっぱりやりすぎたかもしれん……)
若干、悪ノリが過ぎたかと反省をする。
《プレイヤの加護》で俯瞰視点から戦場を見ていたが、前線に送り出した帝国軍の兵士は、強化しすぎてまるでダメージを食らわない状況になっていた。
ゲームの『フェーゲフォイア・クロニーケン』をプレイしていた際、育成や戦略を楽しみたいためにチート技の類は使わなかった。
それでも何度かは気分を変えるために全チートを解禁してプレイしたこともある。
あの、普段は苦しめられる敵を、枯れ葉を散らすように蹴散らしていくのはやはりゾクゾクするような快感があった。
それとまったく同じ光景が、しかも現実の物となって展開されている。何も感じないというと嘘になってしまうだろう。
ただ、さすがに調子に乗りすぎてしまったかと反省するところはあった。
金属製の剣や槍で攻撃されてもノーダメージで切り抜けるというのは、どう考えても人間業ではない。
最初に心配したのは戦闘時の効果ではなく、これで彼らはちゃんと日常生活に戻れるかどうかということだった。
この点では、兵達への影響については既に充分に確認していた。
兵達を戦うことしかできない戦闘マシーンにしてしまうつもりはなかったので、本格的に《ソーマ》を与える前に色々と確認したのだ。
結論から言うと、兵達は模擬戦も含めて何らかの戦闘状態にならなければ《ソーマ》の効果が発揮されないとわかっている。
(確かにゲームでは、いくら強化しても、シナリオ上は支障とか出てなかったしなぁ)
たとえば会話イベントなどで、徹底的に強化したキャラ(バトルではつついただけで相手が即死する)が、育成していないキャラを冗談で叩いたりした場合でも、テキスト上はもちろんスプラッタな事態は発生しない。
どうやら、そういう部分まで帳尻を合わせるように再現されているらしい。
細部へのこだわりを感じる出来である。
(どうやってこんな世界が出来たのか、あるいは作ったのかは知らないがな……)
ちなみに今、遥人は俯瞰視点から戦場を見ているだけで、直接指揮は執っていない。
いわゆる「オートモード」中である。それでも前衛に出した騎兵は次々と襲いかかってくる同盟軍の騎兵を蹴散らし続けていた。
「しかし、テオバルト将軍の用兵はさすがですな。ここにいても兵達の殺気が伝わってくるほどですぞ」
戦闘状況を記録するために帯同している文官が感想を漏らす。
ただ遥人は、俯瞰視点からセリフ表示画面でテオバルトが兵達を鼓舞していた場面もしっかりと見ていた。
「う~ん、俺の顔を引き合いに出すのはやめてくれないかなぁ。いや、マジで」
テオバルトは遥人の予想よりも兵達をうまく操ってくれていた。
帝国側は数の不利を覆せそうだという実感が湧いてきたおかげで軽口も出てくる。
実はこれも「スキル」の力によるものだった。
遥人の《プレイヤの加護》ではない。
この世界の人達が「スキル」という存在について認識しているのかどうかはわからないが、遥人以外の人間もスキル持ちは存在している。
テオバルトが兵達のやる気を引き出すのは、彼はそれに応じたスキルも保有しているからなのだ。
(スキル、《戦場の鼓舞》か……)
ゲーム時代も、周辺に味方ユニットを置いておくとパラメータを強化してくれる有用なスキルだった。
今後、人材登用をしていくにあたり、こうしてどういうスキルを保有しているのかという点にも注意を払うべきだろう。
(なるほどなるほど……)
そうこうしているうちに、新たな情報が遥人の元に届けられる。
「魔道士部隊、敵魔道士部隊に対して展開。五倍近い戦果を挙げつつあります」
つまり、一〇〇人規模の部隊一つで、五部隊――五〇〇人の敵兵を撃破してしまったことになるだろう。
俯瞰視点で確認をする。
近接戦闘は苦手であるため、基本的には遮蔽物が多い場所を選んで移動し、歩兵など遠距離からの攻撃が苦手な兵種を狙って狩っていく。
同じような運用をしている敵の魔道士部隊と遭遇したらしく、適度に木が生えている林道を舞台にして戦闘がはじまっていた。
こちらでも、充分に魔法防御を高めていた帝国軍は相手の魔法攻撃に対してまるでダメージを負うことはなく、敵魔道士達を阿鼻叫喚の地獄に落としていた。
ちなみに、帝国魔道士部隊も、騎兵隊がそうであったように凄まじい形相で敵を攻め、同盟軍の魔道士部隊が陣取っていた側の森が焼失するほどの火力を叩きつけていた。
(地形、変わってるし……)
やり過ぎに呆れるのだが、どうやら《ソーマ》を飲まされた鬱憤を晴らすかのように戦闘に集中しているというのが本音のようだった。
『野郎! てめぇらが攻めてくるから俺達はあんなクソマズいモンを飲まされたんだぞっ!』
『陛下は尊敬している! 国を守れるんだから是非もない!』
『そうだ! さすがにあれだけオーガに似た顔をしていらっしゃるだけはあるっ!』
『だがお前らは許さん!』
『そうだ! お前らは許さん!』
『だったらどうする!?』
自然発生した声をまとめるように誰かが尋ねる。
『『『『『
全員の声がきれいに重なった。
自分でも忘れそうになるので再確認しておくが、彼らは「魔道士」である。
魔道士というのは、理性を重んじる集団のはずだが、俯瞰視点から見ている味方魔道士の殺気がすごいことになっていた。
(バーサク効果なんてなかったよな? ……というか、いかん、あいつら魔力だけじゃなくて筋力まで激増してるじゃないか。もしかして魔道士には必要ない腕力を高める《ソーマ》まで飲まされたのか?)
パラメータは、全種類が均等に上昇していた。
当然、物理的な守備のパラメータも上げられるだけ上がっていた。
あれなら元々の兵種で大きく違いはあるものの、近接戦闘が専門の歩兵や騎兵の前に出してもほとんどダメージを負わないかもしれない。
(種類考えずに手当たり次第飲ませたの? ちゃんと指示しといたはずなのにな……)
おそらく途中でワケがわからなくなり、適当に全種類を全員に飲ませたのだろう。
「と、とりあえず、状況を確認しておくぞ」
魔道士達の殺気立った様子とその理由には努力して目を背けておいて、遥人はカールハインツや他の文官達のために戦況を整理していく。
「ユーダリル平野中央で展開している騎兵隊は三〇〇騎がほぼ数を減らさず奮戦中。敵の数がおもしろいように削れていきます!」
地図には味方の騎兵駒が三つ置かれ、それを文官の一人が動かしていく。
三つの駒が散開し、一塊になった同盟軍の騎兵を周囲から削り取っていく。
「西の旧道付近で展開していた魔道士部隊、ほぼ敵を制圧し終えた模様!」
同盟軍は魔道士部隊の比率がそれほど大きくないのと、火力が強いので騎兵より流れが速いことが相まって魔道士部隊の決着は早々につきそうになっていた。
もう一度俯瞰視点から現場を見てみると、
『てめぇらこんなもんで終わりかよ!』
『もっと来んかい!』
『俺らはまだやれるぞ!』
『というか、こんなもんじゃ消化不良だ!』
『死んでも起き上がって来やがれ根性なしが!』
やたらと体育会系的なセリフを連呼されていらっしゃった。
(……う、うん。元気があって大変よろしい)
とりあえず、反逆されない限り目を瞑ろうと流し、別の戦場に視点を移動させる。
「東部、山岳地帯は、ダークエルフ殿の部隊が展開しております」
言われ、遥人も注視する。
ここはガブリエーレが率いる弓兵の部隊で、帝国弓兵との混成部隊となっていた。今後の、人間と亜人との共存を見据えて実験的に配置していたのだ。
ここでも、例によって例のごとく《ソーマ》の不味さに殺気立った兵達が、全力で同盟軍を相手に鬱憤をぶつけていた。
『このっ、このっ、このっ、このっ! 威力も精度も連射性も、何もかもが桁違いに上がっちゃったじゃないのよ!』
金切り声を上げているのはガブリエーレである。
『これじゃあ、あいつにクソマズい薬を飲ませた文句が言えないじゃないの! アンタ達、責任取りなさいよねっ!』
そう言いながら、矢筒にあるだけの矢をこれでもかと同盟軍に射かけていく。
他のダークエルフ達も、人間の弓兵も、まったく同じで一糸乱れずガブリエーレの行動に続いていた。
「よし、異種交流も順調にいっているぞ! いやぁ、実に頼もしいな、我が軍は、はは、はははははは!」
若干声がうわずったような気がしないでもないが、それはきっと気のせいであると全力で自分を誤魔化して、自分のスキルで見た情報を文官達に告げていく。
「なんと、そんなことまでお見通しになれるのですか!? 承知しました、すぐに手配して後詰めの配置を調整するといたしましょう!」
(実際、ここまでとんでもない結果になるとは思ってなかったけどな……)
同盟軍の兵士達が次々と倒れていく。
しかし、リジットから逃げ帰る中で見た蛮行や、亜人を含め、帝国民を蛮族だと決めつけて踏みにじろうとした同盟軍に対しては同情を感じなかった。
(悪いけれど、全部を力で解決しようとして、暴力を振るっていい気になっていたのはそっちなんだから、徹底的にやらせてもらうぞ!)
そうして遥人は、次々と文官達に指示を飛ばしていく。
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