第19話 希望は美女と共に現れる
絶体絶命の危機に、敵陣に向かって降り注いだ矢の雨。いち早く反応したのはカールだった。
「何者かっ!?」
カールが遥人の前に出、新たに現れた者達に警戒対象を切り替える。しかし遥人はそれが警戒するべき相手ではないと理解していた。
「大丈夫だ。味方……なのかどうかはわからないけれど、帝国側の人間だ」
遥人が断言すると、カールは驚きながら「ハルト殿が用意したのですか?」と尋ねる。
どうやら遥人が救出部隊を用意していたとでも思ったらしい。
「そんな器用なことはできないよ。ただ彼らは……」
遥人が相手の正体を告げる前に、声の主が樹上から目の前に降り立った。
「君は、確か街で……」
帝都ザムニスで、遥人の顔を見ただけで「悪党」と決めつけ蹴りを食らわしてきたダークエルフの少女である。
「そう、ザムニスで縁が結ばれたダークエルフの美少女、ガブリエーレよ!」
ふふん、と薄い胸を張って彼女は自分で自分を美少女と言い切る。
「縁というか、蹴っ飛ばされたんだけどな」
遥人がポツリと言うと、ようやくカールも思い出して「ああ、あの時の」と頷いていた。
「け、蹴ったって言うな!」
「蹴ったじゃないか。しかも完全に一方的な誤解でな」
遥人が指摘すると、ガブリエーレは羞恥心で真っ赤になって頬を膨らませる。
「と、とにかく、ダークエルフ族は受けた恩は忘れない! だから助けに来たのよ!」
びっ、と遥人に人差し指を突きつける。
「こらぁ、人を指さしちゃいけないって、お姉ちゃんいつも言っているでしょ~」
やや間延びした声と共に一歩遅れて現れたのは、同じようにザムニスで出会ったもう一人の美女である。
彼女の名前はゲオルギーネ。
リジットでの失敗を反省して、助けてもらったとはいえ姉妹やお供の弓兵達のパラメータは確認したのだ。
それを見た遥人は、逆に驚かされてしまった。
「――君ら、まさかあの鮮血姉妹か!?」
「なっ!? なんであんたがその異名を知ってんのよ!」
遥人が驚き、ガブリエーレも驚く。
この二人は、最初に出会った際に思い浮かべた「鮮血姉妹」であるらしい。
ゲーム中で散々苦戦させられた二人とはまるで違う雰囲気に、驚きたくなるのも無理はない。
「それって、反乱軍の連中の間で伝わっている悪名じゃないの!」
真っ赤になって抗議するガブリエーレの様子を見て、遥人はゲームをプレイしていた際とは陣営が異なっていることを思い出す。
「反乱軍の情報を集める際に、ついでにな……」
さすがにゲームで知識があるなどと言えるはずもなく、遥人は適当にお茶を濁す。
「しかし、噂ではもっとこう……」
凶暴な、と口走りそうになってさすがに控えた。
だが遥人がどんな噂を聞いているか、おおよそ察することができたらしく、
「そりゃ、戦場と街中とでは雰囲気も変わるわよ! 戦闘狂ってわけじゃないんだから、四六時中殺気立っているわけないじゃないの」
と何も言わないのに言い訳されてしまう。
確かにそれもそうかと納得しつつ、遥人は別のことを尋ねた。
「もう一つ聞きたいんだが、どうして君達が俺を助けてくれるんだ?」
どちらかというと話が通じやすそうなゲオルギーネの側に質問する。
「皇帝陛下、ご無事でしたか?」
ゲオルギーネが一礼する。
「あ、ああ、おかげで怪我もなくすんだ」
その色っぽい声に、思わずドギマギしながらも、助けてもらった感謝を述べる。
「街での恩を返すと言ったが、ここは旧王国領内。君達の行動範囲からはかなり外れているはずだ」
そう言いながら、遥人は姉妹に付き従うダークエルフ達を見た。
いずれもダークエルフらしい美女揃いで、姉妹に対し恭しく頭を垂れている。
それでいて、周辺への警戒も怠っていない緊張感が伝わってくる。
ダークエルフの中でも腕利きの弓兵部隊だ。
ゲーム時代もダークエルフの弓兵部隊や魔道士部隊は、かなり強い敵専用の兵種として存在していた。
ただ、ゲームのシナリオで言えばまだ序盤から中盤に差し掛かるかどうかといったタイミングで、そんな兵種が帝国側に出現するはずがない。
実際に、遥人が聞いている限りではそのような部隊が帝国軍に合流したという情報もなかった。
こちらの問いに、しかしゲオルギーネは答えずしげしげと遥人の兜を見つめていた。
「陛下、よろしければ兜を外していただけませんでしょうか?」
ゲールギーネの意図はわからないが、遥人は素直に兜に手をかけ脱ぎ去った。
「これで、いいだろうか?」
あるいは、鎧の中身が本当に街で出会った男か確かめたかったのだろうか、そんなことを考えた遥人は次の瞬間、ゲオルギーネの豊満な胸部に顔を埋めていた。
「ふひゃっ!?」
いきなりすぎて、変な声をあげてしまった。
何故なら、遥人の顔を柔らかく暖かな胸の谷間に押し付けたのは他ならぬゲオルギーネ本人だったからだ。
「「な、な、な、何をしているのよっ!」」
期せずして、馬車から顔を出したアリーセとガブリエーレの絶叫が重なった。
「そこのダークエルフ! ハ――ではなくて、皇帝陛下に触れるなんて、不敬にもほどがあるというか、そんな真似、不潔です! いいから兄さんも離れなさい、鼻の下を伸ばすなっ!」
体当たりするような勢いで、アリーセは遥人をゲオルギーネから引き剥がす。
「ちょっとぐらい、いいではありませんか。私、陛下に一目惚れいたしましたのです」
「な、なンだってぇっ!?」
一目惚れ? その単語は知っている。
意味するところも知っている。
しかし素顔を見て一目惚れされるなど、驚天動地で天変地異の異常事態である。
冗談ではないらしく、ガブリエーレは頭を抱えているし、周囲のダークエルフ達は微動だにしていないがその表情はわずかに強張っているように思えた。
「街で悪漢から助けるため颯爽と現れてくださった姿。思い出しても胸が熱くなります」
「いや、でも君なら、あの程度の荒くれ者をあしらうのなんて簡単だっただろう?」
先ほど確認したパラメータでは、ゲームで見た「鮮血姉妹」とその直属部隊に相応しい力量を誇っていた。
「力の多寡ではなく、帝国で、ダークエルフを人間と対等に扱おうとしてくださったその心意気にグッときました。ですから、ダークエルフ族の精鋭一部隊を嫁入り道具に押しかけてまいりましたの」
「押しかけてまいりましたって」
遥人だけではなく、カールや、さすがのアリーセも状況が飲み込めなさすぎて唖然としていた。
「姉さん、それでは説明不足すぎ! あと、事実も捏造しすぎ!」
ガブリエーレの言葉で思わず「だよね!」と相槌を打って顔の向きを変える。ガブリエーレより話が通じるかと期待していたのに、期待外れもいいところだ。
「さっきも言った通り、助けてもらったし、なのに些細な誤解というか行き違いがあったというか……」
微妙に言葉を濁す。些細な行き違いとは飛び蹴りのことだろう。
あくまで自分の過失を認めないところを見ると、ガブリエーレはかなり頑固な性格であるらしい。
「そういうわけで、あなたに恩を返す機会を狙っていたの。あなたが皇帝だというのはあの場で聞いていたし、だからこういう機会があると思って物見を貼りつけておいたのよ」
「物見? そんなものが……?」
まったく気づかなかったし、カールもそれらしい気配を感じている様子はなかった。
おそらくよほど遠い場所から見張っていたのだろう。
「いずれにしても、本当に助かったよ」
「べ、別に、借りを返しただけだし」
皇帝が素直に感謝すると思っていなかったのか、ガブリエーレは驚いた様子でモゴモゴと言い訳がましい言葉を並べていた。
「でもでもぉ、一目惚れしたのは本当ですのよ?」
ガブリエーレに訂正されても、ゲオルギーネはさらに妹を押しのけて訂正し直す。そうしながら、ゲオルギーネは何かの魔法を自分に使用する。
するとその姿が瞬く間に変化し、見覚えがある女性の姿に変身してしまった。
「あっ!? 君は、リジットの宿屋の女主人!?」
雰囲気に覚えがあったのは、やはり既視感ではなかったのだ。
「陛下に少しでも早くお会いしたかったので、幻術を使って人間に変装していたんです」
だから妙に積極的だったわけである。
もちろん、街で見かけただけで熱烈に一目惚れだというゲオルギーネの感情もちょっと加熱しすぎなきもするのだが。
ちなみに、本物の宿の主人はもっと歳を取った中年の夫婦だったそうなのだが、遥人達が到着する前に魔法で眠らせておいたそうだ。
つまり、宿の使用人達も、ダークエルフ達が変装していたということだろうか。
パッと見ただけだが、それぞれ相当な腕前の持ち主ばかりである。
なのにゲオルギーネの悪ふざけにつき合わされていたとすると、哀れみしか感じない。
「ということは、あの妹は君か……?」
ガブリエーレを見ると、不承不承という様子ながら大人しく認める。
「姉さん一人でやらせると、絶対暴走すると思ったから仕方なく協力したのよ」
充分暴走していたのでは、と指摘したいところだが、状況が状況であるためその言葉を飲み込む。
「とにかく、今はそんな話をしている場合ではないでしょ。あと、姉さんはややこしくなるから黙っていて!」
「エーレのけちんぼ!」
姉妹であるためか、ゲオルギーネの言葉が若干子どもっぽくなる。
これはこれで可愛くていい。
「エルバ族を率いる族長は私です」
「まだ継いだばかりじゃない」
ゲオルギーネが反論すると、ガブリエーレは不服そうに頬を膨らませるが抗弁はしない。まだ慣れていないという自覚はあるらしい。
それでも、あれだけ見事に指揮を取れるのだから大したものである。
「君達と取引がしたい」
「何? 帝都までの護衛として雇いたいって感じかしら? 私達は高いわよ」
「あらぁ、そんなの無料でいいじゃない。だって私の大切な方なんですもの」
女性から想いを寄せられるなんて経験は一度もしたことがないので対応に困る、というのが掛け値なしの本音だった。
「と、とにかく、君達の力が借りたいのは本当だ。ただし、帝都までの護衛ではない。俺は、同盟軍を倒す。その手助けをしてもらいたい」
遥人の宣言に、カールやアリーセだけではなく、周囲に控えているダークエルフの弓兵達までギョッとなっていた。
「それは本気、でございますか?」
ただ一人、ゲオルギーネだけがまるで動じず、遥人の真意を問い直した。
「ああ、本気だ。あいつらは、俺を怒らせた。だからあいつらを叩き潰す。完膚なきまでに、徹底的に」
それはもう、決定事項だ。
「そ、その手伝いをしろって? とんでもなく高くつくわよ?」
「だから、皇帝陛下にだったら無条件で協力したっていいじゃない?」
「うるさい、姉さんは黙っていて。これは族長として判断しないといけない事柄よ」
話が進まないので遥人は姉妹に割って入る。
「ゲオルギーネさん、妹さんの意見は正しい。当然の権利だ」
「まぁ、なんてお優しい陛下。どうか私のことはギーネ、とお呼びください。もちろん妹のことも、将来的には義妹になるのですから遠慮なくエーレとお呼びくださいね」
頬を染め、目を若干潤ませて遥人に熱い視線を注ぐ。
(うっわ、女の人って、こんなに色っぽい表情すんのか?)
口から心臓が飛び出すかと思うほど緊張させられてしまったが、それとは別に、遥人は真摯にガブリエーレを説得する。
「君達に支払う代価は、君達種族全体の地位向上だ。俺は、帝国領内において、全ての人間と全ての亜人種の立場を対等にしていくつもりをしている」
「ほ、本気なの!?」
遥人を推し量ろうとしていたはずのガブリエーレがぽかんと口を開けてそう言った。
現在、帝国では多くの種族が共存しているが、その扱いは必ずしも対等とは言えない。先代皇帝は人権には興味がなかったらしく、帝国内のそうした制度は色々と穴が多かった。
亜人達は、それでも生きていくのに便利であるため帝国の傘下に入っているようだが、改善する余地はいくらでも存在するのだ。
遥人が考えているのは、同盟軍に勝つこと。
このタイミングでダークエルフ族が帝国軍として参戦することはなかったはずなのにガブリエーレやゲオルギーネは現れた。
それは、プレイヤーが介在しないためにオーレリア王女の選択が変わったように、こちらでも遥人が介在したことでゲームだった頃から少しずつ状況がズレはじめているということなのだろう。
ゲームのバランス的な意味合いなのだろうが、手強い亜人達の兵種は物語の後半に出現しはじめる。
それが前倒しになったということは、つまりは他の亜人種達もやり方によっては参戦してくれる可能性があるということだ。
たとえこの世界の本来の形が変わることになっても、引き下がらない。傲慢な判断なのだとしても、遥人はそれをやろうと決心したのだ。
「面白い。本当にそんなことができるのか、このダークエルフ、エルバ族の族長ガブリエーレが見届けてあげるわ!」
やっぱり薄い胸を張って、ガブリエーレはそう宣言するのだった。
◆◆◆
犠牲になった二人の兵士を丁重に埋葬した後、遥人達は出発する。
その二日後、ダークエルフ・エルバ族が護衛についてくれたおかげで、遥人達は無事にザムニスに帰還した。
戦いをすべて避けるのではなく、相手が少なければダークエルフ達に背後から襲いかかり最低限度の戦闘で相手を無力化して先に進む。
周辺の状況を見抜ける遥人にとっては、ダークエルフ達に指示を出すことぐらい簡単だった。
何故敵の配置が、その数や兵種の構成、警戒方向まですべて見抜けるのか、とダークエルフ達は瞠目し、命令だからと従っていた態度が変化していくのを感じた。
それが、この大失敗に終わった和平会談の、唯一の収穫だったと言えるだろう。
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