第15話 託されたもの



 先導されたのは遥人が宛がわれたディートリッヒの私室の隣にある、宝物を入れておくための部屋のようだった。


 夜は昼に増して静かで、城内には自分達だけしか動く者がいないのではないかという錯覚を覚えそうになる。


 宝物庫は頑丈な造りであるためか、より静寂の密度が高まり、耳が痛くなるほどの静けさになっていた。


「部屋の真ん中を見なさい」


「真ん中?」


 窓のない小さな部屋には壁際一面に棚が設けられ、細々とした品がしまわれているが、部屋の中央に鎮座しているそれは他から群を抜いて強い存在感を放っていた。


 漆黒の闇の塊。


 台座にしつらえ保管されていたのは、黒一色で造られた一振りの剣と一領の全身鎧だった。


「これは……」


 剣と鎧――言ってみれば、ただの道具でしかない。


 だが、素人の遥人の目から見ても、尋常ではない威圧感を放っているように思えた。夜着の下では鳥肌すら立っている。


「帝室に代々伝わる至宝。〈魔聖剣ダイスレイヴ〉と〈ダンケルハイトの鎧〉です」


 それは、ゲームのラストバトルでラスボスとして登場する「暗黒皇帝ディートリッヒ」が身にまとう、伝説級の武具の名前だった。


 ゲーム画面では遠目にしか見えないが、確かにそれならこの迫力も納得できる。


「これを、あなたに貸与します。これを身につけ、和平会談に臨みなさい」


「これを!?」


 驚いてアリーセを見る遥人だったが、彼女は怒っているような恥ずかしがっているような複雑な表情を浮かべて頷いた。


「そう。貸してあげると言ってるのです」


「いや、貸すってそんな簡単に……」


 確かに、ディートリッヒがいない今、アリーセが許せば実現するだろうが、それにしても至宝である。


 言ってみればザントゼーレ帝国の国宝だ。


 半分冗談で、敵ボスの伝説の武具を貸してもらえないかな、とか考えたが本当になるとなるとあまりのことにとっさに言葉が出てこない。


 遥人があんぐりと口を開けて驚いている様子を見て、多少はしてやったりと気分をよくしたのかアリーセは子どもらしからぬ不敵な笑みを浮かべて頷いた。


「ほら、せっかくなのですから、ダインスレイヴぐらい抜いてみてはどうですか?」


 自慢げな様子で、戸惑う遥人など置き去りにして部屋の中央に進み、台座に立てかけてある漆黒の剣を手に取った。


 さすがに実際に触れるとなると「貸す」などと軽く言っていた言葉とは裏腹に、細心の注意を払いながら慎重に扱っている。


「何か不満があるのですか? というか、いつまでか弱い女の子にこんな重い剣を持たせておくつもりなのです?」


「あ、はい、ごめん!」


 反射的に受け取った〈魔聖剣ダインスレイヴ〉は、思った以上に軽く、剣術の心得がない遥人にも扱えそうだった。


 あるいは、この肉体はディートリッヒのものなのだから、彼が見かけよりもしっかりと鍛錬していたのだろうか。


 いずれにしても、無言で催促してくるアリーセの視線に応えるように、遥人はその剣をおもむろに引き抜いた。


 しゃらん、と鞘の中で剣身がこすれる独特の音を発しながら抜き放たれたそれは、柄や鞘と同じように一点の曇りもない漆黒の刃だった。


 手入れは行き届いているのか、表面は鏡のように滑らかで、この薄暗い中でも遥人の顔が写り込んでいる。


「帝室の至宝があれば、あなたの身の守りは万全になるはず。……その、私達の国のために難しい場に送り出すことになるのだから、あなたに傷一つでもつけばそれは帝国の恥。だだだ、だからです。それだけですから!」


「俺のことを心配してくれたのか……」


 遥人に妹はいなかったが、本当に妹がいて自分を心配してくれたらこんな気持ちになるのかもしれない。


 じんわり胸の中に広がる暖かい気持ちを噛みしめていると、アリーセはさっきとは逆に、急に慌てだし、


「べ、別に心配したわけではないです! 帝室、そう、全部は帝室の矜持を守るためなんですから!」


 と、言い繕う。


 薄暗いのでよく見えないが、あるいはアリーセは怒りではない感情で、頬を真っ赤にしているのかもしれない。


「本当に、心配なんてしないんですから! でも、無関係なはずなのに帝国のために働こうとしてくれているのを見て少しは見直したというか。だから、その、このぐらいします! 悪いですか!? それとも私の施しは受けられないとかって言うつもりなのですか!?」


 恥ずかしさが極まってか、何故か問い詰められるような形になってしまう。


 遥人は思わず小さく笑ってしまっていた。


「悪くないって。それに、感謝するよ。不安はたくさんあるけれど、がんばってみる」


 レアアイテムに触れられるからではなく、単純にアリーセの厚意が嬉しかったのだ。


「不安……。それは、確かに……」


「大丈夫だよ。ま、子どもに心配されることがないように、がんばってくるさ」


 数秒考え、「子ども」というのが自分を指すのだということに気づいたアリーセは「なっ!?」とまた激怒しそうになった。


 遥人は慌てて〈魔聖剣ダインスレイヴ〉を鞘に戻すと、元通りの位置に安置してその場から逃げ出すように飛び出したのだった。


「お待ちなさいっ!」


 声が聞こえたが、ここで立ち止まっては命に関わるとばかり、自室に飛び込んだ。


 さすがに寝所に乗り込んでくるような真似はしなかったので、安堵したまま再びベッドに潜り込む。


 アリーセとのやり取りで緊張がほぐれたのか、今度はあっさりと眠りに就くことができたのだった。


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