第14話 意外な反応、二人分



「俺の言葉を少しでも信じてもらえるなら、ここが節目になる。だから俺は、この和平会談を本物のものにしたいんだ」


 突然、国の方針に口を出した遥人は、反対されるのではないかと、しばらく押し黙った。


「本当に、そんなことができると思っているのですか?」


 唯一口を開いたのは、意外にもアリーセだった。


「……できる、と思う。それ以上に、俺にとってもやるしかないんだ」


「……そう」


 納得してくれたのかどうかはわからないが、アリーセにしては珍しく(と言うとまた怒られるだろうが)批判的なことも言わずに引き下がった。


 残る問題は――、


 と、遥人が見たのは、和平に向かう話を静かに聞いていたクリームヒルトであった。


 和平というのは、明らかにクリームヒルトが望んでいる血と騒乱を好む暗黒皇帝の道に反する内容に、異を唱えないのは不自然に感じる。


 アホの子然とした言動に誤魔化されがちだが、クリームヒルトは暗黒の神を信奉する邪教の巫女なのだ。


 見たら呪い殺される的な恐ろしさがあって、和平について話している間、実のところ意図的に視線を外していたのである。


 正直、どんな顔をして睨んでいるか、確認するのが恐かった。


「ひどい……」


 ところが、恐ろしげな表情を浮かべていると思い込んでいたクリームヒルトは、両目に一杯涙を溜めてこちらを見ていた。


「ひどいです、ひどいです、ひどいです~~! せっかく、大陸全土が血の海になると思って楽しみにしてましたのに~~!」


(いや、それを楽しみにするのはどうかと思う。本気で)


 根が単純なのは街の様子を見てわかってはいたが、これはこれでまた想像の斜め上をいく反応だった。


(これでいいのか、暗黒教団!)


 そうしている間にもクリームヒルトは大袈裟に嘆き悲しんでいた。


「ここまで教団の秘奥を明かしてご協力させていただきましたのにぃ。後宮に美女を紹介する準備も整えておりましたのにぃ」


 ダンダン、と女性らしい小さな手でテーブルを叩く。


「ハルト様は、生きとし生けるものすべてに苦しみをもたらし、その悲哀をすすってニタニタと笑う方でないと困るんですよ~!」


 もはや「そうなる」と思われているだけで風評被害もののとんでもない理想像だった。場の全員の視線が遥人に集まる。


 集まってもらっても困る。けれど、ここは遥人がなんとかしないと収まりがつかない感じなのだろうか。


「いや、ほら、だから、まずは君に苦難を与えた感じじゃないかな?」


 アリーセは心の底から呆れたような冷たい視線でこちらを見る。


 声に出して罵らないのは、この困った空気に巻き込まれたくないからなのだろう。


 抜け目ない奴めと変な感心をしながらクリームヒルトをどうするか思案する。あんな子ども騙しでどうにかなるはずもないしと思ったのだが、


「なるほど! 確かにその通りですわね!」


 なんとかなってしまうようだった。


「な、納得して、もらえたかな?」


「ええ、もちろんですわ! オーガのような顔立ちをされているハルト様ですから、きっとお間違いはありません!」


 どこまで通じるんだ、そのとんでも価値観! と内心突っ込んだのだが、余計なことを言って「じゃあやっぱり信じません」と言われるとまずいので黙っておいた。


「わたくしを実験台として腕を磨き、やがて全世界に暗黒皇帝の恐ろしさを見せつけるおつもりなのですね! わたくしは栄えある犠牲者第一号! こんなに嬉しいことはございません!」


「ひ、犠牲者……」


「あ、ですが、わたくしも含めて教団の誰もがハルト様の深遠なる計画について予想もできないことでしょう。ここは不安に思わせないため、わたくしは一度教団本部に帰還して教主様にお伝えしようと思います」


 そこはかとなく不安である。


 クリームヒルトに任せておくと、どれだけねじ曲がって教主とやらに伝わるか、限りなく不安なのだが今は先送りできるだけでもありがたいと思った方がいいだろう。


 暗黒教団とは、いずれは互いにどうするかをはっきりさせる必要がある。


 だが今は、とにかくゲームのように悪のラスボス一直線の展開だけはどうにか避けなければならないのだ。


「わかった。よろしく伝えてもらいたい」


「はいっ! もちろんですわ!」


 どうにかこうにか遥人が悪の皇帝としての道が遠ざかったところ満足し、あとはゆっくりと晩餐の料理を味わうのことができた。


               ◆◆◆


 異世界への召喚。


 顔立ちがオーガに似ているからと皇帝の身代わりを押しつけられ、


 ゲームにそっくりだったおかげで模擬戦に圧勝し、


 しかし何故か「さすがはオーガそっくりの外見をした皇帝だけはある!」という変な感心をされ、


 ほとんど思いつきで戦争を終わらせる決断を下し、


 オーガにそっくりの遥人ならできるはずだと信用されるという激動の一日が終わった。


 オーガにそっくりという部分が多すぎる気はしないでもないが、ともあれ長い一日が終わった遥人は、ディートリッヒが使っていた部屋を宛がわれた。


 皇帝の身代わりをする以上は当然の扱いなのだが、豪勢な私室に馴染めず寝付けなかったため、廊下に面したテラスに出て夜風に当たっていた。


「やれやれだなぁ……」


 ゲームが忠実に再現されているのは感動的だったのだが、途方に暮れているというのが正直なところだった。


 昨日までは、ささやかな一人暮らしの部屋で寝起きしていたのだ。そこからたった一日で起こった、自分の身の回りの激変ぶりが整理しきれない。


 ちなみに、今はもうオストヴァルトの幻術は解かれ、ディートリッヒの素顔――つまりイケメンの姿に戻っている。


 生前、夢に見るほど自分の顔立ちを変えたかった。


 それが適ったというのに、なんとも落ち着かない気分である。


 と、不意に人の気配がして顔を上げた。


 ここは城の上層階で、この時間帯は王族しか立ち入らない区域である。そこに現れるとするなら、たった一人しかいない。


「アリーセ……? ど、どうしたんだ、こんな遅い時間に」


 どうして、と思うのと同じぐらい、アリーセに苦手意識を持ちつつある遥人は居心地の悪さを感じる。


 そういう態度を感じ取ったのか、アリーセの顔がムッとした表情に変わった。


「それはこっちの言葉です! こんな夜に何をしているのですか!?」


「いや、俺は、ちょっと考えごとを……」


 しかしアリーセは引き下がらない。


 ずい、と一歩前に出ると、何がそんなに腹立たしいのか遥人に詰め寄ってくる。


「こんなところで夜風に吹かれて、体を冷やしたらどうするつもりです!」


「え……?」


 心配してくれるの? と以外に思った遥人の顔面に、アリーセは手にしていた毛布を投げつけた。


「その体は、兄のものなのですよ! それを勝手なことをして! 転生の儀式も終わったばかりだというのに! 風邪でも引いたらどうするつもりなのです!? 兄が自分を犠牲にして呼び寄せたというのに……。なのに……」


 そこまで言ったところでアリーセの語気が急に弱くなる。


「と、とにかく、早く寝室に戻りなさい! そうでないなら、せめてその毛布で体を冷やさないようにしなさいっ!」


 弱気になった自分を奮い立たせるように、強い言葉を突きつけると踵を返す。


 フレーバーテキストによれば、アリーセの近親者はディートリッヒだけで、他に家族がいないらしい。


 だからこそ、アリーセは兄の残したこの体と、形の上では兄を奪ったことになる遥人へのやるせない気持ちとの間で板挟みになっているのかもしれないと思った。


 それでもこの毛布は、遥人がうろついていると察して、遥人のために持ってきてくれたのだ。


 一方的に苦手意識を持っていたが、根っこの部分では優しいところもあるのかもしれない。


「……寝られない、のですか?」


 立ち去りかけたアリーセだったが、不意に立ち止まり振り返る。


 その視線からは先程までの剣呑さが急に消えてしまっていた。遥人は逆に戸惑い「え、あ、うん」とぎこちなく頷く。


「だったら、ちょっと一緒に来てして下さい。あ、ちゃんと毛布は被って、暖かくしなさい!」


 大人になって毛布を被って夜の城を歩くのもみっともないのだが、今は外見がディートリッヒなのでまだ許されるかと遥人は大人しくアリーセの言葉に従い彼女の後に続いた。


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