第13話 転機
オストヴァルトの変態性癖(冗談なのだろうが)やアリーセの本音が明るみに出るなど、多少の波乱がありながらも、晩餐会は続いていた。
「しかし先程のお話、模擬戦での勝利は、将軍が不甲斐なかったわけではなくハルト殿の手腕が優れていたためでありました」
カールは空気を変えようと思ったのか、最初の話題に戻す。
「ほほぅ、それは興味深い。ハルト殿は戦に関しては素人だと伺っておりましたが……?」
自分の席に戻ったオストヴァルトがフォークとナイフを再び手に取りながらカールの発言に興味を示す。
遥人自身、あんなことができるとは思っていなかったので、どう説明すればいいか迷うところだ。
スキルとか、前世でのゲームがどうとかそうした話も説明しづらいので、適当に言葉を濁すことしかできないのだが。
「いずれにしてもあれほどの戦術、ワシが負けるのも当然ですな!」
今度はテオバルトが食いついてくる。
最初の敵意が嘘のようで反応しづらいのだが、そんな遥人の代わりに口を開いたのはクリームヒルトであった。
「あなた! 見所があります!」
テオバルトが遥人を褒めたのが気に入ったらしく、目を輝かせて頷いている。
「そう、ハルト様こそは、この戦乱の世の申し子!」
「ぶっ!?」
咳き込みながらどうにか口の中のものを飲み下したが、それでクリームヒルトの発言に異議を唱えるのが遅れてしまう。
その間に、
「まさしく! ハルト殿こそ、我が剣を捧げるに相応しい天性の才能を秘めた、このザントゼーレの歴史に名を残す偉大な皇帝となる器を秘めた方ですぞ!」
「そう! それと共に、大陸全土に恐怖をもたらす暗黒皇帝として、わたくし達トラグフェルの指導者となるお方!」
微妙に方向性はズレているが、気持ちだけはものすごく意気投合している様子だった。
偉大な皇帝か暗黒皇帝かの違いはあれど、どちらも戦争で反乱軍を壊滅させることを期待しているらしい。
加えて、オーガにそっくりの外見だからきっとできる、と確信し切っているのだ。
ちらりとカールを見れば、「俺は関係ないですよ」とばかり食事に集中している。その要領の良さが恨めしい。
色々と突っ込みどころは満載だが、いずれにしても、この世界は驚くほどゲームに忠実に出来ていた。
《プレイヤの加護》も、単にそういうスキルや魔法がある世界と考えるには、あまりにゲームシステムに酷似している。
断言はできないが、ゲームに忠実であるという前提に立つなら、この後にデッドエンドが待っている可能性はかなり高いと言えるだろう。
となると、より一層、慎重に振る舞う必要が出てくる。
(ん……。ちょっと待てよ)
遥人は、肝心な点について確認していないことに思い至った。
「今、帝国はどんな状況か聞かせてもらえないかな?」
「反乱軍との戦争の状況についてですか?」
アリーセが例によってこちらを睨んでくるが、カールがフォローするように遥人の言葉を拾い上げてくれた。
「ハルト殿はどの程度、我が国の状況をご存じでしょう? いえ、最初に伺ったように大まかな帝国と王国の関係についてはご存じのようですが、戦争のきっかけなどについてもご存じでしょうか?」
「何年前か正確なところはわからないけれど、この戦争が起こった原因は、リグラルトの国王が暗殺されたからだ。国王を失った王国軍は総崩れになって敗退。国も崩壊してしまうけれど、生き延びた王太子が解――反乱軍を組織して反撃を開始したというところぐらい、かな」
本当はもっと詳しく話せる。
暗殺事件が起こったのはゲーム開始の一〇年前。当然、まだディートリッヒは皇帝の座にはなく、暗殺事件を起こしたのはディートリッヒやアリーセの父である先代皇帝だ。
つまり皇帝も王太子も、それぞれ先代の因縁を背負って戦い続けているということになる。
「なるほど、原因についてもご存じでしたか。ただ、どこで誰に聞いたのかは知りませんが、真実ではない部分も含まれていますね」
カールは膝にかけていたナプキンで口元を拭うと、会話の方に気持ちを集中しはじめた。
「と、いうと?」
今度は遥人が促した。
カールは確認するようにアリーセを見る。彼女が小さく頷くと、彼は続きを口にした。
「リグラルト国王暗殺は、一般的に知られた事実ですが真実ではありません」
「両国の関係が悪化の一途を辿ったため、両国の首脳同士の話し合いとなったのですが、その場で斬りかかってきたのはリグラルト国王の方だったのです」
一人だけの見解ではないということを示すためかオストヴァルトがカールの言葉を引き継いだ。
「それじゃあ、単に自分の身を守るために返り討ちにしただけだということ?」
「その通りです」
アリーセが面白くなさそうに吐き捨てた。
「確か、暗さ――じゃない、その事件を起こしたのは先代の皇帝だったんだね?」
「そう。周囲は好き勝手に暗殺だったと決めつけて、お父様は豪快な方だったから、弁解するのも面倒くさがって平然としていた。それで戦争になって、お父様が自分で収拾がつけられたらよかったのですけれど……」
先代皇帝はディートリッヒに背負わせるつもりなどなく、自分の力でどうにかできると信じていたのだろう。
それが自分まで夭逝することになったのは予定外だったに違いない。
「急に跡を継ぐことになったディートリッヒが全部を背負うことになった……」
「その通りでございます」
暗殺事件から五年。
先代皇帝が病でこの世を去り、今のアリーセとほとんど変わらない年齢のディートリッヒが皇位を継ぐことになってしまった。
そこからさらに五年、元々魂が弱かったディートリッヒに限界が訪れる。
それを見越していた彼は、邪教といわれるトラグフェルから全面的な協力を得て召喚術を準備したということであるらしい。
「その後、一度は総崩れになったリグラルト王国でしたが、わずかに生き残った宮廷騎士を中心に設立された反乱軍は奇跡的な快進撃を開始しました。無念を背負った王国兵の士気は高く、加えて盟主を務める王太子――オーレリア=クラリッサ・フラムスティード王女も女性ながら優れた手腕を発揮している、と聞いております」
「オーレリア王女?」
ゲーム『フェーゲフォイア・クロニーケン』では、プレイヤーは男と女、どちらかの主人公ユニットを選んでゲームに参加する。つまり自分の分身だ。
オーレリア王女は女性の主人公ユニットの名前で、湖水のように清らかな青い髪と瞳を持つ、魅力的な美少女として描かれていた。
楚々としながら長く厳しい戦争を戦い抜く芯の強さを持った少女。戦場を駆ける聖女としてプレイヤーから絶大な人気を博していたのだ。
「その名前は、聞いたことがあるよ」
「まだ若いのに、ハルト殿に負けぬ天性の戦上手で、可憐な容姿と悲運の王女という身の上が相まって相当なカリスマ性を備えた相手になっているようです。それで、状況ですが、近々帝国と反乱軍との間で会談を行う予定になっております」
そのタイミングか、と口走りそうになって、遥人はどうにか思いとどまった。
カールが説明した「会談」はゲーム内でも実施されているイベントだ。
といっても発生するのは終盤ではなく序盤から中盤に差しかかる頃――当然、これで戦争が終結するといったことはない。
会談の立て付けはこうだ。
解放軍側がほぼ元の国境線を取り戻したことをきっかけに、一定の賠償を引き替えとして戦争を終結させることができないか話し合いの場を持つことになった。
それだけを聞くと本当に戦争が終わりそうだが――実際、プレイヤーだった遥人も戦争が終わるのかと思ったぐらいだ。
――だが、終わらなかった。
理由は簡単で、帝国軍が会談に赴いた主人公の暗殺を企てるのだ。
暗殺自体は未然に防がれたが、これがきっかけで両者の関係は悪化し戦争は激化の一途を辿るのである。
ゲームでいうと、プレイヤーの「帝国軍を絶対に倒してやる」という気分が一気に盛り上がる序盤の山場となるイベントだった。
(確か、あの暗殺指令は皇帝を乗っ取った悪の魂が発したもので………ってことは、俺が暗殺指令を出すわけ? じゃあ、俺さえ暗殺指令を出さなければ、あの暗殺劇は起こらないとか?)
「いやぁ、オーレリア王女も噂と違い甘い方ですな。部下には、これを機に暗殺してしまえばいいという者までおりますよ?」
テオバルトの言葉は刺激的だが、オストヴァルトもカールも、生真面目なアリーセさえも、暗殺という選択肢を頭から否定はしていないようだった。
「馬鹿なことは止めた方がいいと思う」
遥人は思わず口を開いていた。
「馬鹿な、というと?」
カールが遥人の言葉の意味を問う。
しまったと思うが後の祭りである。
これまで自分の意見を積極的には述べなかったが、この国に大きな変化を与えるとなると相応の責任が伴うように感じたからだ。
それでも、今日たった一日とはいえ、自分の目で見てきた街の人々や兵士達の顔を思い出すと、その選択が失敗に終わることを告げなければならないような気がした。
「個人的には、暗殺とか好きになれないけれど、そういう選択をする人がいるのは理解できる。でも、うまくいったならいいけれど、それに失敗したら? 反乱軍はいよいよ結束を固めて徹底抗戦に出てくるに違いないでしょ?」
「確かに、暗殺に成功しても失敗しても、もう対話という選択肢はなくなりますな」
テオバルトは遥人の言い分を認める。
「……反乱軍だってここから先が厳しくなるのはわかっているはずだ。その上、そろそろ反乱軍の方にも物資の面で問題が起こっているんだよ」
「なっ!? そんなことが!?」
カールが驚愕の表情を浮かべる。オストヴァルトもテオバルトも、アリーセさえも虚を突かれたような顔になっていた。
「将軍、そのような話が?」
オストヴァルトが問うと、テオバルトは慌てて首を横に振る。
「いえ、ワシの情報網にはそのような話しはまったく……。もちろん、成り立ちからして懐事情は厳しいでしょうが……」
しかし、そうなのだ。
この時点で多くの戦果を挙げた解放軍の元には、各地に散り散りになっていたリグラルト王国の敗残兵がオーレリア王女健在を知って集まってきている。
その上、帝国軍からも寝返りが起こっており、解放軍の規模は大きく膨れあがっているのだ。
増強した人員は軍の糧食の消費を早める。
この時期、元々厳しかった解放軍の懐事情は深刻なほど逼迫した状況に陥っていた。
むろん、帝国側が知り得ない情報だが、何十回とゲームをクリアしてきた遥人には解放軍の内情が手に取るようにわかるのだ。
(というか、敵ボスなんてとんでもないって思っていたけれど、俺が悪役らしく振る舞うことを強制されていないなら、ちょっと状況が変わってこないか?)
クリームヒルトがせがんでいるあれこれは、とりあえず目を瞑る。
遥人は解放軍の全てを知り尽くしている。
帝国軍のことも、設定資料に書かれていた範囲のことは熟知している。
ゲームをプレイするだけでは飽き足らず、それ以上にどんな世界になっているのかが知りたいために設定資料や開発者のインタビューなどありとあらゆる情報を貪ってきた。
だから遥人は、この世界のことを、どこの誰よりも詳しく知り尽くしているのだ。
(俺が悪をやらないなら、相手が正義の味方だったのなら、俺が頑張れば案外簡単に平和にできるんじゃないか?)
もちろん細かい誤差は出てくるだろう。
下手をすれば戦闘が起こるかもしれない。
それは《プレイヤの加護》を使えば切り抜けることができる気がする。
(ディートリッヒが本当に戻ってくるか、正直なところ確信はないけれど、このまま何もせずにいたら俺は殺されてしまうわけで、だったらできることはやっといた方がいいか……)
あと、
(オーレリア王女、ちょっと、会ってみたいよな……)
という下心がないわけでもない。
ゲームではプレイヤーの分身として用意されたキャラクターで、自分と同じ性別を選ぶことが多かった遥人も、何十回とプレイする中で何度か選択したことがあった。
心優しく、公明正大で、多くの人々をまとめ上げる統率力を持った美少女――それが自分とは別の人間として、確かにこの世界に存在しているのだ。
彼女であれば、暗殺の真実をきっと受け止めてくれる。そうなれば、手を取り合うことができると思ったのだ。
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