第12話 ピーピング遥人



 夜――城に帰還した遥人は豪華な夕食が並ぶ食卓に就いていた。


 ザントゼーレ帝国は、様々な人種が集まる豪快なお国柄だが、それは食べ物にまで及んでいる。


 目の前の大きなテーブルには、骨付きの肉をソースで煮込んだ料理であったり、テールをとろとろになるまで煮込んだシチューであったり、濃厚な味の皿が所狭しと並んでいる。


 念のために聞くと特にうるさい作法もなく、気楽に味わえばいいと言われてしまった。


 リグラルト王国側は逆にテーブルマナーがうるさいらしく、この点だけで言うとこっちに転生してきてよかったと思いながら遥人は自分に用意された席に着く。


 食事の場には、遥人の正体を知っている人間だけが同席していた。


 遥人にアリーセ、オストヴァルト、カール、クリームヒルト、そしてテオバルトを加えた顔ぶれで、たった六人が使うには広すぎる食卓を囲む。


「ハルト殿、昼間は大活躍だったそうですな」


 給仕が一度引き下がったところでオストヴァルトが声をかけてくる。


 宮廷魔道士として政治面の仕事も抱えているため帯同していなかった彼は、誰かから聞かされたのか模擬戦の様子に興味津々だった。


「わぁっはっはっは、その通り。このテオバルト、ハルト殿に惨敗してしまいました!」


 最初、遥人を目の敵にしていたテオバルトが、掌を返したように絶賛している。


 遥人の向かいに座ったアリーセは、そんなテオバルトに冷たい視線を注いでいた。


「情けない。ハルトは戦に関して素人とのこと。そんな素人に負けてヘラヘラと笑って、将軍は恥ずかしくないのですか?」


「はぁっはっはっは、姫様は相変わらず辛辣でいらっしゃる! しかし慣れてくると姫様の厳しい言葉が癖になってきますな!」


 思いもしなかったテオバルトの切り返しである。アリーセも目を丸くしていた。


「なっ、将軍は、変な趣味でも持っているの? 私のような子どもに詰られて喜ぶなんて! 気持ち悪いですね!」


「ははは!」


 本気なのか冗談なのか、テオバルトはアリーセの厳しい言葉を受け流している(というか、端から見ていると普通に喜んでいるように見える)。


「喜ぶだなんて……。こ、これからは、あなたに係わらないようにするとします」


「おぉ、それは放置プレイというヤツですか! それも大好物ですぞ!」


 どんな言葉も平然と返され、とうとう叱責の言葉が尽きたのか、アリーセは白い肌を怒りで紅潮させて黙り込んでしまった。


 彼女がやり込められる場面を初めて見た遥人は、すごいものを見てしまったような気持ちになる。


 まぁ、変な趣味を持ったオッサンを掌の上で転がすようになられても、それはそれで大変困ってしまうのだが。


「まずは料理が冷める前に味を堪能してはいかがでしょうか? このままではせっかく腕を振るってくれた料理長が悲しみますぞ?」


 オストヴァルトが好々爺の笑みでそう言う。


「ですね。まずは空腹を満たすことにしましょう。正直、小官のような立場では、こういう機会でもなければこれほどの豪華な食事にありつけませんから」


 オストヴァルトの言葉を後押しするように賛成すると、カールはさっさと食前酒に手を伸ばし喉を潤した。


「では、わたくしも遠慮なくご相伴に与りますわね」


 クリームヒルトも関係者ということで食卓に就いている。


 召喚の儀式に協力していた関係で教団から派遣されているらしいことは想像がつく。


 このまま遥人の周辺に留まるのかはわからないが、案の定アリーセは面白くないらしくさっきから厳しい視線を注いでいる――何故か遥人に対して。


「食事の場がこんなに騒がしくなってしまったのは、あなたのせいです!」


「いぃ、俺のせい!?」


 確かにテオバルトがやってきたのは遥人の活躍があってのことだが、テオバルトが気に入らないなら彼を睨んでくれよというのが本音である。


 そもそも、どうしてアリーセはこんなに自分のことを目の敵にするのか、他の者が食事に没頭する中、わりと本気で悩んでいた。


 テオバルトのように、遥人が何か国の害になるとでも思い込んでいるのだろうか。


 だとすると早めに誤解は解いておきたい。


 そんなことを考えていると、視界の右端に常に表示されている《プレイヤの加護》を起動するためのスイッチがチカチカと明滅しはじめた。


(ん? なんだこれ?)


 反射的に意識を向ける。


 模擬戦で使ったときと同じように、上から見下ろすのかと思っていた遥人だったが、スキルを起動しても遥人の視線は肉眼と同じ位置にあった。


 視線の位置は同じだが、システム関係のウインドウだけが表示される。


(ああ、戦場じゃないからか……)


 SRPGは戦場と、次の戦場に移動する前にキャラを鍛えたり買い物をしたりする拠点画面で構成されることが多い。


 拠点にいる場合は城の広間であったり、商店の店先だったりが表示される。そうした背景を見ながら、基本的には自分の部隊を管理するのが主目的となっていた。


 現に、ウインドウに表示されている項目も模擬戦の際とは違い「キャラ情報」「ユニット強化」「アイテム購入」といったものが並んでいる。


 おそらくこの場では不可能であるためなのか、キャラ情報以外の二つの項目は文字が灰色になって反応しなかったのだが。


(場面によってスキルでできることが変化するわけか。……キャラ情報ならやっぱり、パラメータとか、持ち物とかを確認できるのかな?)


 そこにどういう意味があるかはわからないが、会話が途切れていることもあって、遥人は項目を選択してみる。


 人物名は、オストヴァルト、カール、テオバルト、アリーセ、クリームヒルトの五人が表示された。



《パラメータ》

 名前:オストヴァルト

 クラス:魔道士

 レベル:二一

 力:七

 魔力:二一

 技:一六

 速さ:一六

 運:一一

 守備:七

 魔法防御:一七



 ゲームでおなじみのパラメータが表示される。


 魔道士らしく紙装甲になっているのは説得力があった。


 持ち物は空欄になっているが、これはゲームでもプレイに関係するアイテム(武器とか回復薬とか)しか表示されないので、服や装飾品は反応していないのだろう。


 戦場とは違い、拠点扱いのここではステータス画面が二ページに渡っており、増えたページでフレーバーテキストが読めるようだった。


 落ち着いて情報を読み込める街などでは世界観に浸るために情報が追加されるのだが、それも再現されるらしい。


 オストヴァルトのフレーバーテキストは、



 帝国に仕える宮廷魔術師。皇帝ディートリッヒが幼い頃から世話を焼く教育係で、頼りになる相談役でもある。



 となっていた。


 次に、アリーセの項目を開いてみる。



《パラメータ》

 名前:アリーセ

 クラス:プリンセス

 レベル:二

 力:一

 魔力:四

 技:三

 速さ:四

 運:八

 守備:一

 魔法防御:五



《フレーバーテキスト》

 皇帝の妹姫。気が強く、不器用な性格をしているため人当たりはキツい。唯一の肉親であるディートリッヒのことは誰よりも敬愛しており、それ故に、影武者になったハルト・クラッセンにはついキツく当たってしまう。



 などと書かれている。


 これを見て、遥人の疑問は期せずして氷解した。


「あ、そっか! お兄ちゃん大好きだったから、こんなに俺を目の敵にするわけか!」


 システムの新しい側面を確認するとつい「何ができるんだろう」と夢中になってしまうのはゲーマーの悪い癖である。


 部屋の中で一人でゲームをしているような感覚で、ぽろっと感想を口にしてしまったのだが、


 ――ガチャン。


 という音で我に返る。


 視線はウインドウにフォーカスされていた。我に返ってウインドウの向こう側に焦点が合うと、偶然なのか何なのかアリーセの席があったりした。


 つまり、遥人以外の全員の目からは、遥人がアリーセをじ~っと見ながらいきなり呟いたようにしか見えなかっただろう。


 少女の白い肌が、首から赤く染まっていき、耳と頬にまでそれが及んだあたりで遥人は「ヤベッ」と口を押さえるが、遅すぎた。


 赫怒したアリーセが席から飛び降りようとする。


 だが、いつのまにか自分の席から離れていたオストヴァルトがアリーセの座っている椅子の背もたれを押さえ込んで阻止した。


(素速い!)


 大人用の椅子ではまだ床に足が届かないアリーセは簡単に動きを封じられてしまう。


 諦めずにもがいていたが、オストヴァルトは何事も起こっていないかのような平然とした顔でうんうん、と頷いている。


「おぉ、すばらしい洞察力でございます! 実はディートリッヒ様がお隠れになったため、姫様はそれはもう、寂しくて寂しくて――ぐぅ!?」


 オストヴァルトの声が突然濁ったのは、アリーセが椅子を抑えるオストヴァルトの手の甲を、思い切り爪を立ててツネったからである。


 子どもの攻撃は手加減というものをしてくれないので、見た目以上に痛いものだ。


 しかしオストヴァルトは少なくとも表面上は表情を変えずに「さぁ、姫様、たくさん召し上がらないと立派な淑女になれませんぞ」などととぼけている。


 ツワモノだ。


 いつものことなのか、それとも遥人に害が及ばないようにしようという心遣いなのかはわからないが、微動だにしないオストヴァルトに、アリーセの方が折れて仕方なさそうに食事に戻った。


 遥人は大変申し訳ない思いをしながら、これが終わったらオストヴァルトに詫びておこうと心の予定表に書き入れる。


 もう一つ、今後、フレーバーテキストはできるだけ見ないようにしようと決めた。考えてみれば心の中を盗み見るようなものだ。


 なにより、次にアリーセの、強烈なツネり攻撃の餌食になるのは自分の手かもしれないからである。

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