第11話 ダークエルフのドロップキック



 路地裏は、さらに埃っぽく、ゴミゴミした印象だった。


 一歩足を踏み入れると、表通りとは違い瞬く間に人の姿が失せていく。そこで、複数の男女が険悪な空気で睨み合っていた。


 一方は数名の男。粗末な服を着て無精髭も伸び放題になっている、見るからにガラの悪そうな男達。


 もう完全に酒で出来上がっており、目がどんよりと濁っていた。


 もう一方の女性達は人間ではなくエルフ――それも褐色の肌をしたダークエルフだった。


 通常のエルフと同じく美女揃いだが、特に中心にいる長身の女性はひときわ美しい。


 褐色の肌に灰色の髪。


 緩くウエーブがかかった長い髪が片目を覆うように伸びている。


 まとっているドレスも体にフィットしているため彼女のメリハリがある体のラインを強調している。


 デザインも肩が露わになった大胆なもので、巨乳と言っていいだろう二つの膨らみもその谷間が見えそうになっている。


 色気ではクリームヒルトも負けていないが、やはり神秘的な雰囲気が加わることで浮き世離れした魅力を醸し出していた。


「おいこら、何とか言っただろうなんだよ!」


 その柄の悪い声で我に返る。


 最も目立つ長身のダークエルフを中心に、そのお供らしい二人のダークエルフが険しい顔をして男達から庇おうとしていた。


「てめぇら、人間様の街の世話になりながら、恩返しの一つもできねぇたぁ、どういう了見だ!」


 離れた場所にまで酒の匂いが届いてきそうだ。


 立場が弱いことを理解しているのか、一方は図に乗り、一方はどうにか穏便に切り抜けられないか苦慮している様子だった。


「おい、お前ら、いい加減にしておいた方がいいぞ」


 遥人は思いきって声をかける。


 ちなみに、この程度の数のゴロツキであれば乱闘になっても問題なくカールが対処できると事前に確認してあったりする。


 彼も「あ、助けに入ります? お好きに振る舞っていただいて大丈夫ですよ」と保証してくれたので、こうして仲裁に入る気持ちになったのだ(一度やってみたかった!)。


「んだと、このガキ、俺らが、俺らが…………ふぎ!?」


 イケイケの調子だったゴロツキ達の勢いは、遥人の方を振り返った途端にしぼむ。


 フードを被ったまま話しかけては失礼かと思って顔を出していたのだが、そのせいらしい。


 ゴロツキ達は、この手のアニメなどなら絶対と言っていいほどのお約束であるはずの、三下ゴロツキの負け惜しみすら言うことなく無言のまま、その場から逃走した。


「うわぁ……」


 その逃げっぷりは、遥人の方が呆気にとられてしまうほどである。


「はっはっは、俺の出番はなかったですねぇ」


「そんなにか?」


「ザントゼーレで生まれ育った者ならオーガの伝承は何百回と聞かされて育ちますから」


 半分同情といった様子で答えるカールに、遥人はもう一度溜息を漏らす。


(というか、俺からしたらあいつらだって似たり寄ったりだったじゃないかと思うんだけれど!)


 粗野で、一人か二人ぐらいは殺しているんじゃないだろうかという、おっかない顔立ちだったのだ。


 そんな顔をした奴らに悲鳴を上げて逃げられる自分は何なのだと文句を言いたい気分だ。相手はもう、とっくに影も形もないので余計に腹が立つ。


(くそ、フードを被って油断してたらこれか……)


 まったく、と胸の中で愚痴っていると、


「もう、せっかくハルト様のご活躍が見られると思って期待していましたのに」


 と別の意味で文句を口にするのはクリームヒルトであった。


「あんな無頼漢の三人や四人、片手で地面に這いつくばらせたに違いありません!」


 やはり過剰な評価である。


「その上で、きっと血反吐を吐くまで蹴りつけて、あちらこちら骨折するまで許さず、あたり一面を血の海に変えてくれることと信じておりましたのに!」


 過剰な上に、方向性が違いすぎた。


「ま、まぁ、下手に刃物でも持っていたら誰かが大怪我をしたかもしれないし――」


「まぁ! 生きたまま解体してやるおつもりでしたのね! さすがにそれはわたくしも想像できませんでした!」


 その発言に、遥人は頭を抱えたくなった。


 クリームヒルトの発言を本気にしたのか、ダークエルフの何人かは絡まれていたときよりも、さらに怯えた視線を遥人に向けてきたからだ。


 ともあれ、このままでは埒が開かないので、遥人は思い切って取り残されたまま立ち尽くすダークエルフ達に声をかけた。


「えっと、大丈夫でしたか?」


 実のところ、まともな反応はあまり期待していなかった。


 逃げ出さなかったのも、遥人に礼を言うためというよりクリームヒルトのとんでも発言に驚きすぎて硬直しているのだろう。


 ところが、確かに左右のダークエルフは絶句したまま硬直していたのだが、二人に守られる位置に立っていたダークエルフだけがにっこりと微笑み、深々とお辞儀をする。


「ありがとうございました。おかげで助かりました」


「い、いえ、役に立てたなら幸いです」


 その当たり前の応対に、むしろ遥人の方が困惑する。ひょっとしてこの人、目が見えないんじゃないだろうかと思って彼女の顔を凝視する。


 遠くから見た通り、かなりの美人だった。


 年齢は二十代の半ばぐらいだろうか。エルフ達は長命の存在として描かれることが多いので彼女も見た目通りの年齢かどうかはわからない。


 少したれ目気味で、そこが余計に彼女の雰囲気を柔らかなものにしていた。


「そんなに見つめられては、恥ずかしいですわ」


 遥人が見ているのもわかったようなので、ちゃんと見えていてなお遥人を恐がっていないということらしい。


(これは珍しい――って、自分で言っていて悲しいぞ、それは)


 自分で自分に突っ込みを入れながら、気を取り直して話しかけようとするのだが、


「姉さんから離れろ、この変質者っ!」


 背後から少女の声と共に、強烈な衝撃が襲いかかる。


「どわっ!?」


 背後から飛び蹴りを食らったのだと理解したのは、派手に吹っ飛ばされて近くに積んであった木箱に突っ込んでからだった。


「何するんだっ!」


 木箱がクッションになってくれたおかげで幸い怪我はなかった。


 その残骸を押しのけて立ち上がると、新たに現れたダークエルフの少女が目の前に立っていた。


「姉さん……?」


 遥人が、助けたダークエルフの美女に目を向けると、彼女は申し訳なさそうな表情になって深々と頭を下げる。


「も、申し訳ございません。この子は私の妹なのです……」


 美女は遥人に謝った後、突然現れた少女に向き直り、


「この方は私が無法者に絡まれていたところを助けて下さったのよ」


「いっ!? 嘘っ!?」


 そう説明する。ようやく根本的な勘違いをしていたことに気づいたのか、妹だという少女は思わず遥人を凝視した。


 見た目の年齢は十代の半ばぐらいに見える。助けた美女に比べて活発な印象で、吊り目気味の目が驚きで見開かれていた。


 髪はクセがなく短く揃えられている。


 服も姉が大胆なドレスであるのに対し、彼女はタンクトップにホットパンツ、それだけではさすがに肌寒いのかケープのような外套を羽織っている。


 姉妹揃って軽装だが、それでも妹の方は動きやすいデザインになっているように見えた。


「………そ」


 蹴り飛ばした人間が実は恩人だったと聞かされ思考停止していた少女がたっぷり数秒は思考停止したあと、ようやく口を開く。


 問答無用で蹴られたのは腹が立つのだが、謝罪されたなら不幸な行き違いということで水に流して――と思っていたのだが、


「そんな悪党面しているのが悪いんじゃないっ!」


 堂々と居直られてしまった。


 というか、蹴りつけたのは背後からなんだから、その時点で顔なんか見えなかっただろうと突っ込みたいのだが。


 先に口を開いて割り込んできたのはクリームヒルトだった。


「そこのダークエルフ、狼藉もいい加減になさい! こちらはザントゼーレ帝国の主、皇帝ディートリッヒ様であらせられますよ!」


 さっきまでのアホの子はどこに行ったと思うような凛とした声を張り上げダークエルフ達を威圧する。


 供の二人は顔色を変えてかしこまるが、姉の方は「あらまぁ」と動じた様子はない。妹の方は一瞬言葉に詰まった様子だが、


「あんたがそんな顔をしているのが悪いのよっ!」


 何故か負け惜しみのような捨て台詞を吐くや否や、姉の手を取って脱兎のごとく走り出したのである。


「あ――っ!?」


 完全に置き去りにされる形になった二人のダークエルフは、憐れなほど困り果てて立ち尽くしていた。


「え~と、追わないの? というか、一緒に逃げないの?」


 このまま残っていられると、引っ捕らえて不敬罪で処罰とか、面倒くさいことになりそうだったので水を向ける。


 するとようやく自分達も逃げられるということに気づいたのか、「も、申し訳ありませんでした~~っ!」と声が尾を引くような勢いで二人のダークエルフは逃げ出していった。


「やれやれ……」


「何でしたら罪人として手配することもできますが?」


 深刻な危機を感じなかったからなのか、面白そうに見物していた(護衛としてはどうかと思う)カールが、本気なのか冗談なのかわからない調子で提案してきた。


「面倒くさい。恐い顔だと言われたからって、一々処罰していたらこの国から人が消えてなくなるぞ」


 遥人の答えが気に入ったのか、カールも小さく笑った。


 ゲーム内の描写でも、帝国はこのように様々な人種が混在し、さっきのようなゴロツキや盗賊崩れのような人間が平気で街を歩く、雑多な国として描かれていた。


 一方の、帝国と敵対して滅びたリグラルト王国は由緒正しい規律と秩序を重んじる騎士の国として描かれている。


 両者は風土も文化もまるで異なっていたため、決して相容れない相手として軋轢を積み重ねていた。


 その軋轢が限界を越えたことで戦争となり、国力で劣るリグラルト王国は滅亡の憂き目に遭ったのだ。


(そういえば、『フェーゲフォイア・クロニーケン』でダークエルフの姉妹っていえば有名なネームドの敵がいたっけ……)


 ダークエルフの一族をまとめ上げる族長で、自ら戦場に立って遥人が操作する解放軍に挑みかかってくる姉妹だ。


 彼女らが出陣する戦場では必ず血の雨が降ることから、鮮血姉妹として恐れられていた。


 ビジュアルは美女だったので、こちらもカールと同様に多くのファンを獲得していた名キャラだ。


(同じ姉妹でも、ゴロツキ相手に立ち往生しているんだから大違いだな……)


 後ろから蹴飛ばされたことは腹立たしいが、もしあの鮮血姉妹だったら街中で大騒ぎになっていたところである。


(……あの二人とかも、探せば実在するのか?)


 探せばまだまだゲームの中で描かれていたあれやこれが実在しているのだろう。


 遥人はカール達に案内されながら、完全に日が暮れるまでもうしばらくの間、自分が愛してやまなかったゲームが現実のものとなった街を歩き続けるのだった。



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