第10話 勝利の余韻
視察を終えた遥人達は、模擬戦に臨んでいたときとは打って変わって、気楽な気分で夕焼けに染まる帝都を歩いていた。
カールからの賄賂(肉串)を味わう。
自然と口数が減る中で、遥人は街の様子を眺めながら考えを整理していた。
(とりあえず、ディートリッヒはどうにかして捕まえる! これは絶対!)
カールやオストヴァルト、アリーセなどは何故かディートリッヒが死んだと考えているが、彼自身は「また会う」と言っていた。
どういう理屈なのか、遥人にはわからないが、少なくとも何らかの形で戻ってくるつもりなのだろう。
だったらその瞬間になんとしてでも絶対にとっ捕まえる。そして一連の暴挙について説教してやると決心した。
そのためにはまず、この世界で生き残らなければならない。
具体的には、この国がゲームと同じように滅びの道を辿るのだとするなら、滅びを避けるか、最悪でもタイミングを少しでもあとにずらさなければならない。
クリームヒルトが言っていた反乱軍を一掃する件については、実は本気で検討をする価値があると考えていた。
何故なら、ゲームにおける帝国の戦力を考え、そこに昼間見つけた《プレイヤの加護》の力を加えると、意外にできてしまうのではないかと思ったからだ。
解放軍と帝国軍の戦力を比べると帝国側の方が圧倒的に有利だった。
それがどうして解放軍が勝利する結末になるかと言えば、リグラルト王国を併呑したことで統治する土地が倍増したため、帝国側の有能な人材が帝国・王国の両方にまたがって分散されてしまったからだ。
逆に解放軍は、戦力を一点に集中して各地で帝国の部隊を各個撃破していったわけである。
あとは、おそらくだが所詮残党の寄せ集め、という侮りも影響しているだろう。
いずれにしても、そういう形で覆されるとわかっている遥人が帝国側にいる以上、そして《プレイヤの加護》が圧倒的に強力なスキルだとわかった以上、勝てるかと問われれば、勝てる、と答えられる気がする。
ただ、一つだけ気がかりもある。
ゲームのストーリーおいて、賢帝と言われていたディートリッヒは暗黒教団に感化されて徐々に暗黒皇帝へと転がり落ちていくことになっている。
クリームヒルトが無邪気に語っていた、欲望に忠実な姿というのがまさにゲームにおける悪に染まっていった皇帝そのものに感じる。
(調子に乗って行動した結果、それこそがデットエンドのルートでした、というのは最悪だしな)
この件は冷静に判断しなければならないと、一時保留にすることにした。
その一方で、やっている最中はただ夢中で感じているような余裕はなかったが、こうして緊張から解き放たれると昼間の模擬戦を思い出す。
(やっぱ、すごかったな……)
両軍併せて三〇〇〇人という人間が競う模擬戦。
大人数が駆け回る地響きや、兵士達が上げる雄叫び。
武器と武器がぶつかり合う金属音。
興奮した騎馬のいななき。
どれもがゲームをプレイしているだけでは感じなかった臨場感だった。ゲームをプレイしながら巡らせた想像を凌駕する迫力に、遥人は今頃になって興奮を覚える。
今、自分はまさしく、愛して止まなかった『フェーゲフォイア・クロニーケン』の世界に来ているのだという実感が湧いてきたのだ。
そんな感動にこっそり身震いしている遥人の目の前を、数人の女性が通り過ぎていく。
色白の、モデルのようにスレンダーな美女の集団だった。ただ、遥人が見とれたのは彼女達の美しさではなく、その耳である。
つん、と普通の人ではあり得ない尖った長い形の耳を持ち、切れ長の目や緑を基調とした民族衣装など、どう見ても有名なあの種族としか思えなかった。
「エルフ、だよな……?」
思わず、そんな声が出た。
目の前を通り過ぎていったのはまさしくエルフである。
ファンタジー系の作品に親しんでいる人間にとっては本物のエルフを見るなどという経験は、ちょっとした事件である。
しかしエルフの存在に感動しているのは遥人ぐらいで、他の人間は彼女らの存在に注目すらしていない。この街ではあくまで当たり前の存在なのだろう。
他にも、遥人よりも年上の壮年にしか見えないが、身長が一三〇センチぐらいしかないずんぐりとした体躯をしているのはドワーフだろう。
もちろん普通の人間の姿の方が多いのだが、それに混じって他の種族も確かにこの街で生活しているようだった。
ゲームでも亜人種のユニットは存在していたし、設定資料集やムック本などに書かれていた設定では、帝国は多くの種族を併合することで発展してきた国となっていた。
多くは元々住んでた森や洞窟で暮らしているが、必要があれば移り住んでいる者もいるらしい。
ただ、街を行く亜人達の様子を見ると、人間に対して道を譲って端の方を歩くなど遠慮がちな様子だ。
「人間の方が地位が高いんだったっけ?」
「そういう法があるわけじゃないですが、どちらかというと、ですかね」
カールは言葉を濁す。
「でも、帝国領以外では、もっと亜人に対する扱いは悪いはずですわよ?」
遥人の問いかけを抗議だと勘違いしたのか、クリームヒルトはこの街がまだましであると告げる。
設定資料によれば、単純に数が多く、インフラのほとんどを用意した人間に対して、亜人種達はそこを使わせてもらっているだけであるため立場が弱いということだった。
「そう言えば、兵士は人間が多いみたいだけれど……」
ゲームではプレイヤーは解放軍を操作し、現在遥人が身を置く帝国と戦うことになるわけだが、序盤は基本的に人間だけで構成された帝国軍と戦う。
ゲーム的には序盤から特殊技能を持ったユニットと戦うのは難易度が上がりすぎるからだと思うのだが、模擬戦でも人間の兵士しか見かけなかったので、この世界に生きる人間目線ではどういう理由なのか気になった。
「それは、戦が己の武を証明する場だからですよ。帝国は力を持っていることが何よりも尊ばれる国ですからね」
「むしろ晴れの舞台を亜人なんかに譲れるか、って心境?」
「そうそう、そんな感じです」
カールはうんうんと頷く。
戦争なのだから死ぬこともあるだろう。常識的に考えれば、進んで戦場に出ようとする気持ちが理解できなかった。
しかし前世でも、中世などでは勇敢に戦うことこそ価値があり、天寿を全うできるかどうかは二の次だった時代もあったらしい。それと同じ考え方なのだろうか。
「なるほど……」
帝都の様子を通じてこの世界の常識に触れる。
街並みを眺めるの半分、思考に耽るの半分で歩いていると、裏路地の方から通常の喧噪とは違う声が聞こえてきた。
殺気立った、争いの声だ。
「誰かケンカでもしているのか?」
普通なら素通りするところだが、片方が女性のものだったせいで、遥人は思わずそちらに足を向けてしまっていた。
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