第5話 その声援、敵より厄介、大迷惑!



 目の前で、とんでもない規模の模擬戦が開始されようとしていた。


 人、人、人。


 見たこともないほどの人数が東西に別れ、整然と移動を開始する光景に圧倒される。


「はぁっはっはっはっはっは! どうですかな、この壮観な景色は!」


 背後から聞こえた豪快な笑い声に振り返ると、周囲の兵達とは明らかに一線を画する武具に身を包んだ大男が足取りで近づいて来るところだった。


 遥人に武具の善し悪しはわからないが、彼の鎧には全身に精緻な細工が施してある。


 これを作らせるにはかなりの費用がかかるだろうから、一介の兵卒がまとう装備でないことは確かだ。


 兜は脱いで脇に抱えているため顔立ちも見える。年齢は四十代半ばだろうか。


 遥人と同じ四角いゴツゴツした輪郭を持った大男で、顎もアメコミのヒーローのようにガッツリ割れていた。


 何より、剃っているのかどうかはわからないが禿頭で、眉毛もない徹底ぶりである。その代わりなのか、鼻の下には立派なカイゼル髭を蓄えていた。


 かなりの迫力で、特に眉毛がないと表情も読みにくいので普通に考えれば遥人と同様に他人から恐がられまくりそうなものなのだが、そうはなっていない。


 不思議に思ったのだが、よくよく見ると、パーツパーツは整っていて、顔の中心だけに絞ってみると意外と美丈夫と言えなくもないのだ。


 遥人にとっては、カールから説明してもらうまでもなく、よく知っている人物だった。


 彼の名前はテオバルト・アンガーマン。


 ゲームでプレイしていた際、何度となくプレイヤーの前に立ち塞がった帝国軍の将軍である。


 将軍という重職にあるため、遥人という影武者の存在を知っている数少ない人物の一人でもあった。


 ところが、


「そうだ、どうせなら陛下のお手並みを拝見したいものですな! ワシとお互いに模擬戦の指揮をとって競ってみるというのはいかがでしょう?」


 などと、いきなりとんでもないことを口走る。


 その声は必要以上に大きく、離れた場所に控えていた従者や武官、文官達の耳にまで届いたようだった。


 再び、周囲の注目が一斉に遥人に集まってしまう。


 全員、いい年をした大人ばかりなのだが、口々に「それはいい!」と賛同して表情を輝かせている。


 おそらく、彼らの中では皇帝は英雄で、素晴らしい手腕を見せてもらえると期待しているのだろう。


 しかし素人の遥人には残念ながら、その期待に応えることなどできない。


 傍に控えているカールに視線をやると、彼も渋い顔で小さく首を横に振っている。


「将軍は、影武者に反対していましたからね。平たく言えば嫌がらせでしょう」


 テオバルトが影武者について反対していたというのは初耳である。


「どこの馬の骨かわからない人間を皇帝と崇めるのは、陛下への侮辱に当たるという――将軍なりの忠誠心なんでしょう」


「まさか、俺が影武者だって周りに暴露したりとか?」


「さすがにそれはないと思います。将軍も皇帝の不在がまずいという点ではオストヴァルト殿と意見は一致していたので」


「だったら……」


 チラリと見ると、テオバルトは遥人に忌々しそうな視線を遠慮なく注いでいた。


「どういうつもりだと思う?」


 声を潜めると、カールもそれに合わせてくれた。


「そうですね。陛下やオストヴァルト殿はハルト殿にこの国を救ってもらいたいという意向でしたが……」


「あ~、それはそれで無茶振りもいいところだけれど」


「いえ、ここまでオーガにそっくりなハルト殿なのですから、やってみれば意外と大丈夫なのでは?」


「んなわけあるか! お前らのオーガ推しはちょっと根拠がないと思うぞ!」


「そうですか?」


 心底不思議そうにされるので、遥人としてはそれ以上、追求のしようがない。


 文化か? 文化が違うのか? と自問自答する。


 ともあれ、今はテオバルトの狙いを見極める方が先である。


「将軍は、おそらくハルト殿に単なる影武者として大人しくさせたいのでは」


「ここで赤っ恥をかかせて、余計なコトはするなよ、って脅すつもりだってこと?」


「そんなところかと……」


 厄介この上ないのだが、考えてみればテオバルトの反応の方が自然なのかもしれない。


 守るべき皇帝が、いつの間にか中身が別人に変わったとなれば不快になるのも無理はない。


「将軍、陛下の力はわざわざ見せていただくまでもないでしょう? そんなものをいまさら確かめようとするのは不敬ですよ?」


 困り果てていると、カールが助け船を出してくれた。しかしテオバルトは不敵に笑っただけである。


「むろん、ワシなど鎧袖一触で破ってしまわれるでしょう。しかし要は兵達の士気を高めるのが第一。つまり、陛下の指揮下に入れば言うまでもなく、逆に陛下と戦っていただいた側の兵達も感激に打ち震えるに違いありません!」


 見事にハッタリが潰されてしまった。遥人が指揮を執ることで兵達の士気が上がるとなれば、逃げ道がなくなってしまう。


(やるしかないか……。カールが補佐についてくれればなんとか……)


 ゲームで見せていた指揮力を発揮してもらえれば模擬戦ぐらいどうとでもなるだろう。


「そうそう。近衛兵長殿も、こちらで陛下の手並みを見守っていて下され」


(なっ!? 豪快な外見をしているくせに、チマチマとやることが細かいんじゃないか!)


 つくづくこちらの逃げ道を潰すのがうまい男である。


 その上、最後の最後に、予想外の人物がダメ押しで遥人を窮地に突き落としてくれやがるのだった。


「先程から聞いていれば何と無礼な物言いでしょう! 当然、皇帝陛下の力にかかればあなたごとき、一瞬で灰にしていただけるに違いありません! さぁ、陛下、この物わかりの悪い家臣に目にものを見せて下さいませ!」


 などと、高らかに、本当に余計な宣言をしてくれたのは、傍に控えていたクリームヒルトであった。


 耳に痛い沈黙が、あたりに満ちる。


 遥人とカール以外はクリームヒルトが何者なのかを知らない。


 その上でこの発言なので、誰もが悠然と将軍の目の前に立ち塞がった美女をどう解釈すればいいか困惑していた。


 勝手な想像を巡らせた挙げ句、「愛人?」「愛人か?」「さすがは陛下」という、不穏当な囁きが飛び交っていた。


 この空気を読まない性格は、ある意味でテオバルトなどよりもよっぽど厄介だ。


「そ、それでは話は決まりましたな! お手並み拝見と参りましょう! わはははは!」


「そちらこそ、身の程知らずを思い知るがいいですわ! お~っほっほっほっほっほ!」


 何故お前が自慢げに胸を反らすのだと、喉元まで飛び出しかけた突っ込みを必死で我慢して、遥人は無言のまま立ち上がった。


 死刑台に送られる囚人もかくやというぐらい気が進まない。


 背後ではクリームヒルトが、「陛下! 頑張ってくださいね~!」などと周囲の誤解を助長するようなシナを作って送り出すのが、また頭が痛かった。


「ふん、どこの馬の骨ともわからんが、まともにものが考えられるなら陛下の名を騙るなど不届きな真似ができるはずがない。ワシがその思い上がりをへし折ってやる!」


 戦場へ案内するかのような様子で近づいてきたテオバルトが、遥人にだけ聞こえる小声でそう脅してくる。


 騙ると言われても勝手に押しつけられただけだし、おまけにその「陛下」自身に任されたのになと思っても、自分に待ち構えている苦行を思うと言い返す気力も残っていなかった。


 そんなわけで、元気がない(しかし全身鎧と兜で見えない)遥人だったが、周囲の兵達は逆に、さらに沸き立っていた。


「では私が早馬を飛ばし、両軍の兵達に陛下と将軍がそれぞれ指揮を執られる旨、伝えて参ります! これはすごいことになりますぞ!」


「慌て者! 東西を一気に回るわけには行くまい! 私が西軍に赴こう!」


「おぉ、確かに! では西軍は卿にお願いする」


「慌てもするだろう。まさか、陛下が指揮される姿を見ることになろうとは! これは末代までの語りぐさになるぞ!」


 遥人はといえば、兜の中で滝のような汗をかいていた。


(くっそぉ、世の中ってどうして俺に優しくしてくれないんだよぉ!)


 涙すらにじませると、完全に自棄になって歩き出すのである。


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