第3話 選ばれたのはそんな理由なんですか!?



 目が覚めたらゲームの世界で、何故か悪役のラスボスで、おまけに下手をしたら正義の名の下に退治されてしまうと知らされて混乱している間も、クリームヒルトのアピールは続いていた。


「ハルト様、ぜひ、我が教団の教えに従いお過ごし下さい。愉しいことばかりですわ!」


 と、クリームヒルトが蠱惑的な笑みを浮かべながら、ずい、と自分の席を離れて遥人の元に寄ってくる。


 大胆に胸元が開いた服で、さらに谷間を強調され、遥人は思わずそこを凝視しそうになるのだがアリーセの冷たい視線に気づいて慌てて明後日の方向に目を向けた。


 そもそもゲームでも、暗黒教団の影響で「ディートリッヒ」は悪の皇帝の道を突き進むことになるのだから、彼女の言う通りにしすぎると死亡エンドに近づくことになるということだ。


(やばいぞ、やばいぞ、やばいぞ! ナニコレ。ワケがわからないまま連れてこられたら、いきなりゲームの悪役の皇帝で、もうすぐ主役側に殺される運命とか、詐欺すぎるだろう! 何が『充実の日々をお約束します』なんだよ~~~~っ!)


 改めて自分が置かれた状況のまずさに慌てふためいていると、


「いや、これは焦りすぎましたな! いや、すぐにはご納得いただけなくとも仕方ありますまい。話の続きはまた日を改めるとしましょう」


 空気を読んだのか、それともクリームヒルトからの干渉を邪魔したいと思ったのかオストヴァルトが口を差し挟む。


「ただ、ハルト殿がまだ状況をよく理解されていないのは重々承知しているのですが、本日は午後から視察の公務が入っておりまして。見ているだけで結構ですのでハルト殿おかれましては今後のことを考える前に、一度だけご協力を願えませんでしょうか?」


「見ているだけでいいの? まぁ、それなら……」


 遥人にとっても、考える時間がもらえるのはありがたい。とりあえずこの要請は引き受けることにした。


「そうだ、一つだけ聞きたいんだけれど」


 足下が落ち着かないような気持ちは少しも改善されていないが、いずれにしても一つだけ確認しておかなければならないことがある。


 必ずしも一枚岩というわけではないようだが、皇帝の身代わりを仕立てたいという一点では一致しているだろう。


 影武者は、他人に見破られない必要がある。その点、本物の体に召喚した魂を憑依させて動かせば、少なくとも体だけは本物だ。この世界に縁者がいない遥人ならば、出自から露呈することも避けられるだろう。


 ただ、いくら極秘事項だったとしても、そのためにわざわざ異世界から人間の召喚するなど、労力が釣り合っているとは思えない。遠慮していてもはじまらないので遥人は思いきってそのあたりの疑問をぶつけてみた。


「確かに、疑問はごもっともですな」


 オストヴァルトは早く遥人をこの場から遠ざけたい様子だったが、それでも質問を無視するようなことはしなかった。


「近衛兵長殿、鏡を」


 オストヴァルトが声をかけると、即座にカールハインツが動き出した。部屋の奥にある衝立の奥から、遥人の全身が映る姿見を取り出し持ってきた。


「ハルト殿、まずは鏡の前にお立ちいただけますか?」


「別に、いいけど……」


 遥人は言われた通り、ソファから立ち上がる。


 鏡には、別段不自然なものは映っていない。もちろん遥人が金髪碧眼の貴公子然とした少年の姿をしていること自体、異常極まりない。しかもさっきの話では一八歳ということなので歳も若返っているわけだが、これは召喚のせいであるのでノーカンだ。


「実はハルト殿は、我が帝国を興した伝説の皇帝と瓜二つなのですよ!」


「伝説の皇帝!?」


 ゲーマーにとっては厳つい単語が出てきて、そんな場合ではないとは思うのだが、にわかに興味がかき立てられた。


「いや、そっくりって言ってもこの顔はディートリッヒのなんだろ?」


 遥人の顔とはまるで違う。似ているのは背の高さぐらいだろうか。それとて、遥人の本来の体格はもっと筋肉質なので大分印象が異なる。


(それとも魂がその伝説の人物と同じです、みたいな感じなのか? 俺って実は凄い才能を秘めていたりして……)


 素っ気ない態度を取りつつも、内心は興味津々である。


 遥人が読んだ作品でも、元の世界では活かせない才能であったり資質が異世界だからこそ有利に働くというのはもはや定番だ。


 これがディートリッヒが言っていた、前世では経験したことがない充実の日々、というヤツなのだろうか。


 そんなうまい話はないだろうと疑いながらも、遥人はちょっぴりだけ期待してオストヴァルトの説明を待つ。


「では失礼をして……」


 遥人があれこれを思い浮かべディートリッヒの姿を確認していると、オストヴァルトが何やら口の中でマジックワードを唱え、遥人に魔法をかける。


 すると――、


 金髪碧眼の貴公子然としたディートリッヒの顔がブレ、違う顔へと置き換わっていく。それは、ゴツゴツした輪郭に牙の様な犬歯。


 自分で見ても目つきが悪い目にツンツンの髪。


 ひと言で表現すると「鬼瓦」という、倉瀬遥人本人の顔だった。


 体の方も、痩せ形のディートリッヒのものから、元のゴツい体格に変化している。それでいて、服はどういう理屈なのかはわからないがサイズ的な不足を感じなかった。


「な、な、な~~~~~っ!」


 遥人は思わず絶叫した。


 厚かましくもディートリッヒの顔を何度か自分のものとして認識したためか、改めてみると自分でも恐い顔してるなぁなどと感じてしまう。


「うひぃ、なんておっかない!」


 魔法をかけた本人であるはずのオストヴァルトまで悲鳴をあげて腰を抜かした。


「あんたがやったんだろっ!」


 初対面の他人だということも忘れて思わず突っ込む。


「いや、もちろんその通りでございます!」


 自信たっぷりにオストヴァルトが断言した。


 色々と突っ込みどころが山積みである。


「もうちょっとわかりやすく説明してくれよ! 俺は幽霊なんだか魂なんだか、そういった形でこの人の体に憑依したんでしょ? なんで元の顔になってるのさ?」


「兄の体を使っているのに、グチグチと文句ばかり言わないでいただけますか?」


 遥人が疑問を並べ立てると、相変わらず遥人に対して当たりが強いアリーセの叱責が飛んでくる。


 遥人の変化を見ても涼しい顔で紅茶をすすっているあたり、オストヴァルトよりずっと肝が据わっているらしい。


「ハルト殿の困惑ももっともでございます。今、使用した魔法は魂の形を読み取り、それを表面的に再現する幻術。つまり今のお姿は魔法によって作られた幻でございます」


 そう言われ、もう一度鏡を見るが幻だとは思えないほどよくできていた。笑顔を浮かべようと思えば笑うし、顔をしかめればその通りになる。


 手で触れても、頬や額、髪の感触も実物としか思えなかった。体格がゴツくなっても服が窮屈にならないのは幻術だからなのだろうか。


「わざわざ魔法で再現したことを考えれば、召喚なんて大がかりなことをして俺を呼び寄せた理由がこの顔だっていうのは本当なんだろうけれど……」


「その理由をご理解いただくには、我が国の成り立ちについて説明する必要があります」


 設定ではどうなっていたかと思い起こす。


「確か、初代皇帝が亜人種との混血で、凄まじい力を授かって一代で帝国を築き上げたとかなんとか……」


 遥人が設定資料集で読んだ知識を思い返しながら言うと、オストヴァルトは感心して深々と頷いた。


 アリーセは何故か面白くなさそうな顔をしている。


 カールハインツは先ほどから黙したまま直立不動の姿勢を崩さない。こちらは近衛兵として理想的な立ち振る舞いである。


 ただ、ゲームに敵ユニットとして出てきた時はもっとざっくばらんな性格をしていたはずだったので、少し不思議だった。


 強さと皇帝への忠誠心だけではなく、ある種の人間臭さを備えた人物として描かれ、敵であるにもかかわらずプレイヤーから絶大な人気を博していたのだ。


(まぁ、何もかもがゲームと完全に同じじゃなくても不思議じゃないか……)


 そんな微妙な違いが気になるのだが、まずはオストヴァルトの話に意識を戻す。


「我が国の歴史について、もう少し詳しくご説明すると始祖様は人間と人食い鬼――つまりオーガの混血児としてお生まれになりました。人の知性とオーガの力をもって戦国時代に林立していたいくつもの小国家をまとめ上げ、偉大なザントゼーレ帝国を建国されました。その始祖様とハルト殿の顔が、瓜二つなのですっ!」


 どや、という感じで言われたが、


「恐い顔、恐い顔、と散々言われてきたが、とうとう人食い鬼扱いかよっ!」


 遥人は思わず叫んでいた。


(ひょっとしてあれか!? 俺の顔がもっと普通だったら、転生するにしても主人公側にしてもらえたのか!? 顔か!? 世の中結局顔なのかよ~~~~っ!)


 魂の絶叫である。


 ディートリッヒが上品な顔立ちをしているのに対し、初代皇帝と同じ「オーガ」じみた顔をしている遥人だからこそ影武者に相応しいということらしい。


 普通、影武者は瓜二つの顔立ちの人間が務めるものと思いがちだが、『フェーゲフォイア・クロニーケン』の場合、ラスボスであるディートリッヒは最後まで漆黒の全身鎧に身をまとい、顔まで仮面で隠している。


 そのおかげで素顔を知っている人間はほとんどいないという設定であるため大丈夫なのだろう。


 だが、となると、


「あんた達の目的はつまり、俺の元の顔がディートリッヒの素顔だとして国民に見せるつもりなのか?」


 わざわざ顔で召喚する相手を選んだのだとしたら、そういう使い方しかないだろう。


「その通りでございます!」


 対してオストヴァルトはしれっと遥人の指摘を認める。


「さらし者かよ……」


「ご不快はごもっとも。しかしながら、そのどこからどう見てもオーガその物としか思えない顔! それを見れば初代皇帝の偉業を国民の誰もが思い起こし、兵達の士気が高まるに違いありません!」


 さらし者よりオーガその物としか思えない、という評価の方がよっぽど酷いと思うのだが、文句を言っても取り合ってもらえなさそうだったので黙っておいた。


「顔だけで皇帝の代わりなんて務まるわけないじゃないか」


 あるいは、完全に操り人形で、ただのお飾り程度の期待しかされていないのかもしれないのだが。


「いえ、実際にご尊顔を拝して確信いたしました。あなたこそ、オーガの血を引いておられるに違いありません! であれば必ずや偉大な皇帝になれること請け合いですっ!」


「そんな血、引いてないわっ!」


 オストヴァルトの力説を即座に否定するが、


「いやいや、そんな、ご謙遜なさらなくても」


 食い下がられてしまう。


「あんたらとは絶対価値観が一致しない自信があるぞ!」


 宮廷魔道士となれば知的なポジションにいると思うのだが、今の発言は理屈を度外視しすぎてはいないだろうか。


「ご存じないだけでこっそりと引いているとか?」


 さっきまで牽制し合っていたクリームヒルトがあっさりとオストヴァルトに同調する。


「オーガなんて俺の世界には存在しないの!」


「たとえ引いておられなくても、そこまで似たお姿ですから、小官も不安は感じません」


 カールハインツも同意。


「当然でしょう」


 遥人を睨みつけていたはずのアリーセまで同調する。


 何これ、俺の方が間違ってるの? と自分の価値観が根底から揺らぎそうになりながらも、とりあえず「視察」とやらに向かうことにするのだった。


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