第一章 ヲタク、死して後、伝説の皇帝となる

第2話 プレイヤーネームを登録して下さい



 生き返らせてやる、とディートリッヒは言っていた。


 その言葉から、目を開けたときに最初に見えるのはきっと白くて清潔な部屋――病院の中の一室だろうと思っていた。


 ――だが、


「く、暗い……。あと、おどろおどろしい……」


 真っ暗だった。


 想像とは似ても似つかない場所である。


 密閉空間なのか、声が反響して聞こえた。密閉空間だ、と断言できないのは、薄暗いことに加え驚くほど広いため、この場の端がどこなのか見えないからだ。


 闇から暗闇へと移動してきたわけだが、先程と同じ場所ではないことだけは確かなようである。薄暗い中、離れた場所にいくつかの灯りが点されているのが見えた。


 電灯などではない。


 ゆらゆらと揺らめいているところからすると篝火なのだろう。色は、蒼。火だというのに寒々しい雰囲気を放っていた。


 加えて、目の前に巨大な、おそらくは「鬼」をモチーフにしたのではないかと思われる石像がそびえ立っている。


 凶暴そうな顔が、ちょうど遥人が立つあたりを見下ろしていて、先ほどの篝火と相まって非常に不気味だ。


(……俺に「凶暴そうな顔」とか言われたら、石像も心外かもしれないが)


 やや自虐な感想を抱きつつ、本当に生き返ったのかと遥人は自分の手足に触れてみた。先程とは違って手や足はちゃんと見えるし、感覚も実感を伴っている。


 念のために何度か、確かめるように床を足で踏みしめたがやはりちゃんとした体に戻っていた。


 床は大理石のような滑らかな石材で作られている。鬼の石像や青白い篝火など、総じて何かの祭壇のように見える。しかも明らかに邪悪寄りだ。


 周囲には、鏡のように顔が映るほど磨き込まれた石柱が林立していた。


 試しに前に立つと、


「本当に顔が映るな――って、顔ぉぉぉっ!?」


 柱に映った姿を見て、思わず声を上げてしまった。


 角度や動作が全く同じであることから、映っているのが「自分」だということはわかる。だが、その鏡面に見えている顔はとても自分のモノとは思えなかったのだ。


 繊細な線を描く細い顎。


 通った鼻筋に形のいい鼻梁。


 まつげが長めで、一見すると女性のようにすら見える穏やかな目。


 髪も艶やかでクセ一つなく、どこかのアイドルのような中性的な髪型に整えられている。しかも金髪。思わず前髪をつまみ上げるが、染めているようには見えなかった。「王子様」とでも言えそうな、絶世の美少年の顔が映っていたのだ。


「なんだこれっ!?」


 遥人は石柱に顔をこすりつけるようにして、写り込んだ、おそらく自分のものと思われる顔を凝視した。


 両手であちらこちらを触ってみると石柱に映る姿も同じように顔を触りまくる。間違いなく、石柱に写り込んでいる顔は「自分」である。


『その体は、今日からあなたのものですよ!』


 遥人を誘拐してここに連れてきた変人の声が、今度は頭の中から聞こえてきた。


「俺のモノって――」


『じゃ、そういうことで。全部お任せしますのでよろしく! またお会いしましょう!』


 ディートリッヒは妙に気楽な調子でそれだけを言い残して消えてしまうのである。


「ちょと待て! おい、こら、行くな! ホウレンソウ! 報告、連絡、相談! 社会人の常識でしょ! いや、社会人かどうかは知らないけれど、せめてここに連れてきた理由ぐらい教えてからどっか行けっ!」


 遥人がどれだけ呼びかけても返事はない。フラストレーションは秒速で限界を突破して、怒りに任せて絶叫していた。


 ただ自分でも不思議だったのだが、遥人はこんなおどろおどろしいロケーションに放り出されても、そこまで恐れてはいなかったのである。


 もちろん状況がわからない疑問はあるのだが、恐いとは思わない。それに何故かこの場所に見覚えがあるような気もしていたのだ。


「こんな場所、来たことなんてないのに」


 そもそも「生き返っている」段階で普通の場所であるはずがない。そんなことを考えていると、石像の向かいにあった壁が音を立てて開いていく。


 外から明かりが入って入り口付近が少し明るくなると、開いたのは壁ではなく巨大な木製の扉だったことがわかってきた。


 外の眩しさに目を細めていると、その向こうから四つの人影が現れる。


「おぉ、陛下が! 陛下が再び自分の足で立っておられる!」


 それは、これほど不気味な場所に似つかわしくない、人の良さがにじみ出た声だった。


 まだ目が明るさに慣れず顔をしかめている遥人に向かって四つの足音が近づいてくる。入り口付近から暗がりの中に入ってきたことで四人の姿形がようやく見えてきた。


 一人は遥人に声をかけてきた人物――白いローブを身にまとった小柄な老人だ。七〇歳ぐらいだろうか。理性的な雰囲気を醸し出していて、学者か神官のように見える。


 少なくとも日本人ではなさそうだ。


 その老人の左右に、二〇代前半だと思われる青年と、一一歳か一二歳ぐらいに見える幼い少女が付き従っていた。


 青年は、おそらくは軍服であるらしい制服を隙なく着こなしており、無言のまま遥人に対して最敬礼を取っていた。


 異質なのが青年の反対側にいる少女だ。


 まるで人形のように愛らしい顔立ちをした、将来はさぞ美人になるに違いないと確信できる金髪碧眼の美少女なのだが、何故か眉を吊り上げ口をへの字に曲げてこちらを睨みつけているのだ。


 最後の一人は、他の三人からさらに異彩を放っている。まず目が行くのが服装だ。つややかな、シルクのような素材で作られたローブをまとっているのだが、その色は紫。生地が極薄で、外からの明かりで彼女の体のラインがうっすらと透けてしまっている。


 胸元が大胆にカットされ、豊かな双丘の谷間が露わになっているのだが、その間には何故かドクロをかたどった首飾りが下げられている。そのドクロの装飾品は、胸元だけではなく体の至る所に見受けられた。


 年齢は二〇歳になるかどうかといったところか。目鼻立ちがくっきりとした、ラテン系の美女でスタイルもモデル顔負けなのだが、服装のインパクトが全部を持っていっている感じだ。


 そうこうしていると、老人が感極まった様子で遥人に歩み寄ってくる。


「陛下、再びこうしてお会いできるとは……」


 一方的に感動されてもワケがわからない遥人だったが、老人の方が何かを察したのか「ああ」と小さく頷いた。


「これは、申し訳ございません。……あなた様は我々がお仕えしていた陛下とは別の方でしたな」


 でしたな、と確認されても、遥人にはイエスともノーとも答えようがない。


「その俺、何もわからない状態で、よければ詳しく教えていただけませんか?」


 遥人はとりあえず、まともに会話できそうな老人に提案する。


 何もわからない、と言った途端、女の子の目がさらに険しくなった。何かまずい発言だったのかもしれないが、今は状況を確認する方を優先させてもらう。


「ともあれ、ここでは落ち着いて話しもできますまい。場所を移しましょう」


 遥人にも不服はなかったので、促されるまま不気味な大広間を後にする。その際、もう一度振り返って祭壇を見ると、やはりどこか見覚えがあるような気がするのだった。


               ◆◆◆


 邪教寄りの祭壇らしき場所を出たそこは、驚いたことに西洋風の石造りの城だった。


 かなり広い敷地を持った城であるらしく、それに相応しい広大な中庭を横に見ながら、いかにも高価そうな絵画や彫像、壺などが飾られた長い廊下を延々と歩く。


 道中は無言。


 背中に、すぐ後ろを歩いている女の子から睨まれているような視線を感じるのだが、本当かどうか確認したり理由を問うことはせずにおいた。


 気にはなるが、生存本能が警鐘を鳴らしていたからだ。余計に面倒なことになりそうだ、と。


 そんなわけで、居心地の悪いまましばらく歩いた遥人は、こぢんまりとした応接室へと案内された。


 明るく、清潔で、座り心地のいいソファに促され腰かけようやくホッとする。遥人が席に着くと、青年を残し、老人と少女は遥人の向かいの席に、怪しい美女は部屋の入り口に置かれた予備とおぼしき椅子に腰を下ろした。


 来る途中にはもっと広い応接スペースもあったのだが、より落ち着く場所としてこちらを選んでくれたのかもしれない。


 正直なところ、この狭さがものすごく落ち着く。この城、何もかもが豪華で広々として落ち着かないのだ。我ながら小市民である。


 ひと通りソファの座り心地を確かめ終わったあたりで、遥人の聞く体勢が整うのを待ってくれていたのか老人が口を開いた。


「さて、どこからお話しすればいいのか……。少し長い話になってしまいますが、ご容赦下さい。楽になさっていただければ結構です。堅苦しい敬語なども必要ありませんので」


 堅苦しいのは苦手なので不要と言われると大変ありがたい。


 長話も、そもそもこちらも、あの変人にろくな説明もせずに放り出された身。情報は喉から手が出るほど欲しいので都合がよかった。


「まずは陛下――ではなく、あなた様の御名を伺ってもよろしいですかな? わしは宮廷魔道士のオストヴァルトと申します」


「いいですよ。俺の名前は遥人です。……え、と、ハルト・クラッセンです」


 本名は倉瀬遥人だが咄嗟に、ゲームなどで使っている洋風の名前を口に出した。


「ハルト・クラッセン殿、ですな。良き名です」


 オストヴァルトと名乗った老人は、噛みしめるように遥人の名前を繰り返した。


「では他の三方を紹介いたしましょう。こちらに控えている青年、近衛兵長を務めている騎士ですが、名をカールハインツと申します」


 老人改め、宮廷魔道士のオストヴァルトが紹介すると、オストヴァルトの背後に直立不動で控えていたイケメン青年が一歩前に進み出て一礼する。


「カールハインツ・ヒュッテンバッハです。どうか、お見知りおきを」


「あ、ええ、よろしく」


 近衛兵長というからには要人警護が仕事なのだろう。詳しい話はオストヴァルトに一任するつもりなのか、カールハインツは挨拶を終えると一礼し、再び一歩下がった。


「兄の体を使って、家臣にへりくだった態度を取らないでいただけませんか!」


 それまで不機嫌そうな顔で、オストヴァルトの横に座っていた女の子が、我慢の限界を超えたといった様子で口を開いた。


 外見に相応しい、澄んだ声で、上品な言葉遣いだ。惜しむらくは、それが遥人を叱責するために使われていることなのだが……、


(やっぱり苦手かもしんない、この子……)


 と心の中で溜息をつく。


 遥人の心境を察したのか、オストヴァルトもハラハラした様子で「どうかお鎮まりを」と女の子を宥めようとしてくれていた。


 その接し方だが、明らかに身分が上の相手に対する敬意が感じられた。彼女もやはり、この場に同席するべくしてしている重要人物であるようだ。


「ハルト殿、どうかご容赦下さい。このお方は、ハルト殿が宿っておられる肉体の、本来の持ち主の妹御にあたるお方なのです」


「宿る? 本来の、持ち主……?」


「そうです。そのお体は、我がザントゼーレ帝国、第一五代皇帝であらせられる方のものなのです」


「はい………? 皇――いぃっ!?」


 最初、オストヴァルトが何を言っているのかすぐには理解できなかったが、意味が脳みそに届いた途端、遥人は思わず軽く腰を浮かせてしまった。


 皇帝である。


 英語で言えばエンペラー。


 ドイツ語で言えばカイザー。


 つまり、いくつかの国々をまとめ統治する、国家のトップだ。柱に映った容姿を見て王子様のような顔立ちだと思ったのだが、本当にやんごとなき身分の方だったわけである。


「こちらはアリーセ様、アリーセ・フォン・バルシュミューテ様であらせられまする」


 即座に暗記しろと言われたら絶対無理な、長ったらしい名前が出てきた。アリーセ(辛うじて覚えた)は、「ふん」とばかりに薄い胸を反らす。


「つまり、皇女様?」


「左様でございます」


 確かに、年齢にしては言葉遣いは気品あるものだ。端々に、遥人に対するトゲが感じられるのはどうにかして欲しいのだが。


「何か文句でもあるのですか?」


 視線に含みを感じたのか、アリーセは間髪を入れず詰問してくる。


「い、いや、別に文句はナイよ」


 咄嗟のことだったので思わず声がうわずってしまう。説得力は皆無だ。


 アリーセは三割増しで怒った顔になったものの、それでもこのままでは埒が開かないと理解しているのか、むっつりと黙り込む。


「と、とにかく、ハルト殿の体は我が主である皇帝陛下のもの。あなた様はご自身の世界で死したのち、この世界へと召喚されその肉体に憑依したのです」


「憑依? あの、この体に乗り移ったのは俺の希望ってわけじゃなくて……」


 兄の体を乗っ取ったから、アリーセはこんなに遥人を睨んでいるのかと思ってそう言うが、オストヴァルトは首を横に振る。


「ご安心を。元々、ハルト殿がその身体に宿るのは陛下のご希望によるもの。その点はご心配には及びません。アリーセ様は、兄一人妹一人でずっと支え合って生きてこられた故、単に寂しがって――ふぐっ!?」


 オストヴァルトの言葉を物理的に遮ったのは、彼の横に座っていたアリーセである。座ったままの体勢だからそこまで力は入っていないだろうが、それでも容赦なくオストヴァルトの向う脛を蹴りつけたのだ。


 遥人は、自分の脚を蹴りつけられたかのように、顔をしかめた。


 外見や言葉遣いはいかにも良家のご令嬢然としているのに、行動がえぐい。


 オストヴァルトは「ふぐぅ」とうめき声をあげながらも、何事もなかったかのように表情を取り繕い顔を上げた。


 目の端にうっすらと涙が浮かんではいたのだが。


「とにかく、陛下はこれから召喚する相手――つまりハルト殿にその体を受け継いでいただきたいとお考えでした」


「受け継ぐって、その、皇帝って人は?」


 遥人が問うと、場は、にわかに静まり返った。


「皇帝陛下は、もうこの世には留まっておられません。命と引き換えに、あなた様をこの世界に召喚したのです」


 なおもオストヴァルトの言葉は続く。


「陛下は御年まだ一八とお若かったのですが、残酷なことに命数が尽きようとしておりました。ところが我がザントゼーレ帝国は、現在過酷な戦争状態にあります。陛下にはまだ妃も世継ぎもいらっしゃらず、そのような状況で皇帝崩御となれば国は乱れ、戦にも敗北すること必定……」


「それで皇帝が不在のままではまずいから誰かがその影武者に、ということ?」


「はい、概ねその通りでございます」


「でも、命数っていうのは寿命ってことでしょ? よくわからないけれど、寿命が尽きた体に乗り移ったところで生きていられるの?」


 早い話、不治の病に罹った体にいくら新しい魂を入れたところで長生きできないだろう。しかしオストヴァルトはその疑問を否定する。


「いえ、陛下は魂の活力が生来弱く、この年までしか生きられぬ運命でしたが、健康な魂が宿ればそのお体は天寿を全うできる、とこういうことなのです」


 とりあえず、オストヴァルトの言いたいことはわかった。


「祖国のためにディートリッヒ様は自らの残り少ない命を削ってハルト殿を召喚なされたのです」


「はい? ……ディートリッヒ?」


「左様です。ディードリッヒ・フォン・バルシュミューテ様でございます」


 それはつまり、さっき遥人を誘拐したあの変人のことではないだろうか。


 てっきりあの変人は、召喚の魔法か何なのかはわからないが、それで作られるコンパニオン的なキャラクターだとばかり思っていたのだが、今の非常にシリアスな話で聞かされた皇帝があの頭のネジが一本抜けているかのようにお軽い変人だったのだろうか。


(色々とイメージが崩れる……)


 国に命を捧げる皇帝、という図で、結構良い話だと思っていた気分がぶち壊しである。


「でもいったいどうやって……」


 そこで、待ちかねたとばかり口を開いたのは、これまで大人しく待っていた露出度高めの美女だった。


「そこですそこ! ハルト様をこの世界にお迎えするために、我々闇の神を信奉する暗黒教団トラグフェルが全面的に協力させていただいたのです!」


 離れて座っていた場所から、ここぞとばかりに身を乗り出してくる。先程から人一倍話したそうにしていたので、オストヴァルトから紹介されるのを待ちきれなかったようだ。


「暗黒教団……?」


 また胡散臭い名前が出てきたものである。遥人は全力で怪しんでいるのだが、目の前の美女は気づかなかったのか満面の笑顔で頷き、大きな目をキラキラと光らせて語り出す。


「は~い、わたくし、トラグフェルの巫女であるクリームヒルトと申します。帝国の危機にお力添えをするためはせ参じた次第なのですわ」


「自分達の存在を認めさせるという取引でね」


 彼女のことも好ましく思っていないのか、アリーセは不機嫌そうに言う。


「認める?」


「ハルト殿を召喚するにあたり、特殊な魔法が必要となったためトラグフェル教団に助力を求めました。帝国領内において彼らの活動は保護される、という条件だったのです」


 つまり、現時点では公に認められていない宗教ということなのだろう。


(まぁ、自分で暗黒教団とか言ってるしな……)


 オストヴァルト達三人とクリームヒルトと名乗った女との間に距離感のようなものを感じていたのだが、そもそも立場的な違いが横たわっているということらしい。


「約束は約束ですわ。ハルト様には闇の神を信奉する立派な暗黒神の化身として、欲望のままに行動していただく所存です」


「ま、待ちなさい! そんな話は――」


「そうです。トラグフェルを保護していくことはお約束しましたが、陛下が信仰されるかどうかはまた別問題」


 遥人自身も混乱しているが、オストヴァルト達も意見統一できていないようだ。それぞれ意見を主張しはじめる。


 肝心の遥人はというと、実は喧々囂々の言い合いを目の前にしながらも、全然別のことを考えていた。


(ディートリッヒ? ザントゼーレ? トラグフェル……)


「あの、この国と戦争になっているのって、リグラルト王国って名前だったりする?」


 遥人の質問に、四人はピタリと黙る。


「は、はぁ、その通りです」


 代表して、オストヴァルトがやや不思議そうにしながらも首肯した。


「正確には、リグラルト王国はザントゼーレ帝国に敗れ崩壊。王族の中で唯一生き残った王太子が辺境に落ち延び、そこから国を取り戻すために解放軍を立ち上げ帝国の支配地域を開放して回っている、みたいな感じだったり……」


「ハルト殿は、陛下から事前に我が国の状況を聞き及んでおられたのですか?」


 確かに、闇の中での接点はほんの一瞬だけで、あの場でレクチャーを受ける余裕などなかった。ただ遥人には、ザントゼーレ帝国の状況について説明を受ける必要はまるでなかったのだ。


 何故ならば、この世界は、生前に遥人が何よりも愛し、何十回と周回してプレイしたSRPGそのままだからである。


 そのタイトル名を『フェーゲフォイア・クロニーケン』という。


(これ、もしかして、ゲームの世界に転生したパターンだったりするのか……?)


 さっきの祭壇も、見覚えがあるはずである。


 あれは、ゲームにおける最終決戦の場。


 ゲーム画面では数え切れないほど見ていたはずだが、さすがにゲームの中に入り込んで実物大の景色を眺めるとかなり印象が違って見えたのだ。


 問題なのは「ディートリッヒ」がプレイヤーが操作する主人公ではないということだ。


 それどころか、ザントゼーレ帝国は主人公が倒そうとする敵国であり、皇帝ディートリッヒは最終マップで主人公が伝説の剣を持って打ち倒す、ラスボスなのである。


(ちょっと待てよ……)


 この体が本当に『フェーゲフォイア・クロニーケン』の「ディートリッヒ」なのだとすると、主人公は勇猛果敢な解放軍の勇士達を率い、今この瞬間も遥人の首を狙って着実に迫って来ているということになる。


 しかもこの世界が本当にゲームに忠実なら、遠からず解放軍が勝利し、皇帝が命を失う結果となって大団円を迎えることになるのだ。


(死ぬじゃん!)


 生き返らなくていいと思っていた人間の文句ではないと思ったが、「生き返らない」のと「積極的に死ぬ」のは別だ。


(痛いのとか苦しいのとか絶対勘弁して欲しいし!)


 嘘偽りない本音である。ただここで、ようやく色々つながった気がする。


(あいつ、ラスボスのあれやこれやが面倒になって、全部俺に押しつけて逃げるつもりなんじゃないのか!?)


 本物のディートリッヒに「ゲーム」の自覚があるかどうかはわからない。しかし、いずれにしてもこの国が困難な状況に置かれているのはわかっていたはずだ。


(きっとそうに違いないっ!)


 あの軽薄そうな声の印象が余計にその推論に説得力が増す気がする。


(やっぱり騙しじゃね~か~~~っ!)


 遥人は心の中で絶叫するのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る