転生先はSRPGの悪役皇帝!? ~帝国は滅びるからと和平を目指したら、英雄側に裏切られて大ピンチ!~

氷上慧一

第1話 プロローグ


 気づいたとき、倉瀬遥人(くらせ はると)は暗闇の中にいた。


 目の前には完全な闇しかない。反射的に自分の手を見ようとするが、顔に触れる寸前という距離まで近づけてもやはり見えなかった。


 と、そこで、


『あ~、そうか、俺、死んだんじゃないか』


 どうしてこんな状況に置かれているのか、遥人は唐突に思い出した。


 自覚すると色々と思い出せるようになってくる。死因は出会い頭の交通事故で、遥人が道を歩いていると無茶な運転をしていた自動車が歩道に飛び込んできたのだ。


 それで終わりである。


 不幸中の幸いと言うべきなのか、覚えているのは「あっ!」と思ったところまでで、恐怖も、痛みも、記憶にはなかった。


 自分が死んだという事実に対して、遥人は「こんなもんか」と思っただけだった。


 死である。


 それはもう、この先の人生が続かないということである。


 すべてが失われるということである。


 それでも遥人は、惜しいと感じなかった。


 何故なら、我ながらと呆れることになるのだが、遥人は生まれながらにして自分でもびっくりするほど人相が悪いのだ。


 顎やエラは岩から削り出したのかと思えるほどゴツゴツしており、目立つ犬歯は見ようによっては牙のように感じさせる。


 三白眼はともすれば目つきが悪く取られがちで、髪質も硬くどんな髪型にしても尖った印象が拭えない。


 体の方も恵まれているのだが、全体的に骨太でがっしりした頑丈そうな体格はどう頑張っても華奢な印象にはならない。


 個々のパーツだけならそこまで悪くなくても、全体として見るとそれぞれが迷惑極まりないシナジーを発揮して悪い方へ悪い方へと見せた結果、「鬼」としか表現できない容貌を作り出してしまっていたのだ。


 その手の最初の記憶は幼稚園の入園式である。


 遥人の顔を見た子供達全員(年上の在園生含む)が即座に泣き出してしまい、式がパニックに陥り進行不能になるという事態を巻き起こした。


 本当に余計なお世話だが、今となっては伝説と化しているそうである。


 幼稚園から高校を卒業するまで似たようなエピソードが山盛りだったのだが、正直なところ、卒業さえすれば状況も変わるのではないかと期待していた。


 ところが、そんなことは全くなかったのである。


 学生時代には、同じ顔ぶれがずっと続く窮屈さはあったが、それは言葉を返せば身元が保証されているということでもあった。


 社会に出ると、恐い顔をした知り合いではなく、恐い顔をした正体不明の怪しい人というカテゴリに押し込められてしまうわけである。


 迷子の女の子に声をかけたら秒で通報され、満員電車でもモーセの十戒のように人波が左右に割れてしまう。


 就職も大変だった。


 まず書類審査で落ちる。問題は履歴書に添付する証明写真で、理由はわからないが真面目な顔をすると実物の三割増しで凶悪な顔になる。


 企業の採用者も「こんなのが我が社に出入りしていたらイメージが悪くなる!」とでも思ったのか、軒並み落とされまくった。


 いい加減、絶望しかけたところをどうにかとある企業に滑り込むことができたのだが、そこはそこで大変問題のある会社だった。


 会社の方針が犯罪スレスレで、誇大広告だろうと詐欺まがいの商品だろうと手段は選ばず商品を売り込む。


 クレームはのらりくらりと無視し続け、消費者センターに苦情が集まりはじめると、社名を変更し看板の掛け替えで逃げ延びるというとんでもない会社だった。


 上司からは「お前はそのツラで客を脅して黙らせるんだよ」と命じられた。どういうことかというと、まずは普通の社員が応対し、それで納得しなければ遥人が加わり黙って座っている。


 それだけで大半の客が何も言えなくなるか、少なくとも最初の勢いの何割かは削れてくれる。入社してすぐに顔の怖さを見込まれての採用だったことに気づいた。つまりは、厄除けの鬼瓦扱いである。


 そこで開き直れたらある意味で楽だったが、遥人は比較的温和で善良な青年として育っていた。他人に迷惑をかけたり、他人を騙したりするのは苦手なのである。ちなみに、自分がどんな性格かを他人に言ってもまず信じてもらえない。


 辞表を叩きつけたいところだったが、辞めたところで次の就職先などなく、いい加減この先入観だらけの現実世界には辟易としていたのだ。


『悪意はない、害意はないって、それっぽっちのことが、なんでなかなかわかってもらえないんだろうなぁ……』


 言葉にしてみると、その次元の低さに自分でも呆れそうになる。だが、そんな初歩的なことすら通じないからこそ大変なのだと遥人は思い知っていた。


 最善の方法は、常に一人でいること。仲間を作らないというよりも、適度に不干渉の距離感を保ち続けるということが必要だった。


 もちろん、生まれて二十数年で世界のすべてを悟ったわけではないし、自分から進んで死のうと思ったわけでもない。


 しかし、


『このままダラダラ生きてても、いいことないだろうしなぁ。彼女も出来ないだろうし。心残りって言えばゲームやったり、マンガ読んだりできなくなるってことぐらいか……』


 趣味と言えばマンガやアニメやゲームといった一人で遊んでいられることばかり。


 ゲームも、そもそも人間関係が苦手なのでネトゲより普通のオフラインゲーム、特にSRPGを偏愛していた。一番好きなタイトルなど、シリーズ全作を何十回と周回するほどである。


 もはや目を閉じただけでどのステージにどの敵がおり、どのぐらいのパラメータで、こちらの動きに対してどうリアクションするか完全に把握できていた。


 つまり、ゲーム機本体やソフトすら不要!


 将棋や囲碁の達人は、何も無いところで向き合って、イメージの中でそれぞれの盤面を思い浮かべてゲームを成立させてしまうというが、遥人の場合も目隠しSRPGが可能な熟練度に達していた。


 まったくもって、自慢にならないのだが。


『将棋とかで聞くと「プロ中のプロ」って雰囲気で格好良く見えるのに、目隠しSRPGって、自分で言うのも何だけどマニアックな感じなんだよな……』


 などと、自分の半生を思い出していたはずだが、思わず妙な愚痴がこぼれる。現実逃避である。


 さすがに現状をどう受け止めるべきかすぐには答えが出なかったのだ。


『あ~~~っ! もうっ! 死んじゃったぜ、清々するぜ、この野郎~っ!』


 結局、出てきたのは本気と強がりと負け惜しみが混ぜこぜになった絶叫であった。この後どうなるのかは想像もつかない。


 徐々に薄くなって、眠るように消えていくのか。それとも所謂「あの世」と呼ばれる場所が在ってそこに連れて行かれるのか。


『ようこそようこそ! ようこそ死後の世界へっ!』


『は………?』


 相変わらず何も見えない。ただ、何者かの気配が遥人の目の前に現れ、突然喋りかけてきたのだ。


『……あの、どちら様?』


『もう、ねぇ、僕はあなたが死ぬのを、今か今かとずっと待ち望んでいたんですよ!』


 声は遥人の言葉が聞こえていないのではないかという勢いで、自分の言いたいことだけを言う。


『いやあの、言い方……』


『そんな細かいことなんてどうでもいいじゃないですか』


『細かくないし!』


 どうやら遥人の声は聞こえているようだ。


 確かに遥人は、自分が死んだことを悔やんだり悲しんだりしていなかったのだが、だからといって『待ち望んでいた』という言い方はさすがにないのではないだろうか。


 有り体に言って、この時点で印象は最悪である。


『ぜひ僕と一緒に来てください!』


 脈絡がなさ過ぎて目眩がしそうな気持ちになった。一緒に来て欲しいならあんな話しかけ方はしないだろう。


(なんだ、このとんでもないヤツ……。いや、ひょっとして死後の世界だと、こういうヤツがスタンダードなのか?)


『あっと、まずは自己紹介ですよね。僕の名前はディートリッヒ。よければディートくんと呼んで下さい』


 どこのマスコットキャラの名前だと内心で突っ込んでいたのだが、次のディートリッヒの言葉はさすがに無視できないものだった。


『僕と一緒に来ていただければ、再びあなたは生を謳歌できるんですよ!』


『それって、生き返らせるってこと?』


『ちょっと違いますが、概ねその通りです。プラス、あなたがこれまで経験したことがないような、目くるめく充実の日々をお約束します!』


 怪しいことこの上ない。


『……俺、そういうのはもういいんで』


 とにかく、関わり合いにならない方がいいと判断して即答した。


『はへっ? いい、とは?』


 ディートリッヒと名乗った声は理解できなかったのか、ものすごく間の抜けた声で問い返してくる。何となく絶句したような気配だけは伝わってきた。


『もう、自分が死んじゃったのは理解した上で、いいかなぁと思っているんだよ。細かい話しは省くけれど、わりと生きづらい人生を送ってきたんで』


 相手からこちらの顔が見えているかどうかはわからないが、とりあえずそう言い訳をしておく。


『ちょ、ちょっと待って下さいよ。それは困りますって!』


『困るって言われてもなぁ……』


 たとえ生き返るのだとしても、どうせ生き返ったところでこの顔である限りは同じ状況である。それならこのまま楽になってしまうのが得策というものだ。


 しかしディートリッヒはまるで納得できないようだった。


『とにかく一回、騙されたと思って僕と一緒に行きましょう! ほらほら、どうせ死んだんだから、もう恐いものなんてないでしょ?』


『それ、ウチの会社が客を騙すときの常套句……。てことは、どうせ、一回行ったらもう後戻りできない感じになっちゃうヤツだろ?』


 遥人の指摘で図星を突かれたのか、声の主は唸る。


『困りましたね。ここまでガンコな方だとは……。どうやら諦めるしかなさそうです』


 やっと解放されるかと思ったのも束の間、


『じゃあ、そういうことで、では行きましょう!』


『は? ちょ、ちょっと待てっ!』


 腕が引っ張られるような気がした直後、凄まじい勢いで空間を移動していく感覚に包まれた。


『ど、ど、どわ~~~~~~っ!? 諦めるんじゃなかったのかよ!』


『ええ、同意して、一緒に来ていただくのを諦めた、感じです! いいからいいから、任せて下さいって!』


『それ、絶対信じちゃいけないやつじゃないかっ!』


『ぶっちゃけ、あなたが納得してくれるかどうかなんてどうでもいいっていうか。最終的に、僕の目的さえ叶えばそれでいいっていうか』


『いっそ、清々しいほどのゲスっぷりじゃね~~か~~~~~~~~っ!』


 ドップラー効果――があるのなら、盛大にそれを発生させる勢いで、遥人はいずこかへと連れ去られるのだった。

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