第10章 陽
第46話
テストは三日間続いたが、結局、月夜は一日目の一時限目を受けただけで、そのほかはすべて欠席してしまった。してしまった、とそれが悪いように語るのは、事実として、彼女が意図的に欠席したからだ。けれど、それは、自分にとっての利益を最優先に考えた結果だから、彼女には特に悪びれるような気持ちはなかったし、どちらかというと、清々している、といった方が近かった。価値は自分で作るものだから、その考えは間違っていない。そもそも、テストなんて、する必要はまったくない、と月夜は思う。教科が違っても、やっていることは変わらない。それは、テストだけでなく、あらゆることに共通していえる。小説も、映画も、演劇も、話の内容が違っても、抽象化してしまえば、言っていることに違いはない。どれも、人間の愛について、長々と語っているだけだ。そう考えると、あまり面白いものではない。それでも、どうしてか、創作物には、また違うものを観たい、と思わせる力がある。きっと、人間の動物的な本能に理由があるのだろう。快楽からは逃れられない、ということだ。
真昼も、テストの三日間をすべて欠席して、次の週から学校に来たから、月夜とやっていることは変わらなかった。理由があろうと、なかろうと、二人の行動に違いはない。人間は、出力された形を見て判断をするから、結局のところ、心や気持ちがどのようなものであっても、それは他者にとっては関係がない。いずれにせよ、二人が学校を休んだ事実は変わらないから、もう、これ以上考えても仕方がないだろう、というのが、真昼と月夜の共通認識だった。
そして、そんなことは、月夜にとってどうでも良かった。
もっと考えなくてはならないことがある。
時間は有限だから、少しでも、それを有効に使いたい。
だから、月夜は、その日、朝六時に起きて、真昼の家を訪れた。
土曜日だった。
彼がこの街から去る日だ。
玄関から彼の家の中を覗くと、あちこちに段ボール箱が積まれているのが分かった。家具の類は、もう引っ越し先に移動させてあるようで、あとは、これらの箱をトラックに乗せて、運ぶだけで良い。準備はほとんど終わっていて、真昼は、暇だ、と話していた。けれど、家の中にいても、何もできないから、二人で少し出かけることにした。別に、引っ越すといっても、業者にすべて頼むのだから、彼がすることは何もない。両親も今日は家にいて、業者の作業を多少手伝うようだった。
月夜と真昼は、歩いて、いつか来たことがある広場にやって来た。学校とは反対側にあるから、一時間以上歩くことになったが、冬の早朝は空気が澄んでいて、歩くのはそれほど苦痛ではなかった。
二人は噴水の淵に腰をかけた。
「いやあ、なかなか、散歩も素晴らしいね」真昼が話す。「息が凍りそうだけど、雪女になったみたいで、愉快だなあ」
「君は、女ではない」
「じゃあ、雪男かな。でも、そうすると、意味が変わってしまうね」
「うん」
「雪女、というニュアンスを含みながら、男にするには、どうしたらいいかな?」
「どう、というのは、どういう意味?」
「言葉を変えて、僕にぴったりな表現にしてほしい、ということ」
「雪真昼」
「それ、冗談のつもり?」真昼は笑った。「そんなの、幼稚園児でも思いつくよ」
「幼稚園児を、馬鹿にしてはいけない」
「別に、馬鹿にしているわけではないけどさ、なんていうのか、ちょっと、単純すぎるよ。雪真昼って……。ただ単に、雪が降っている日中、みたいじゃないか。雪月夜、なら、まだ少し風情があると思うけど、雪真昼はね、ちょっと……」
「もう、新しい家には、慣れた?」月夜は別の話をする。
「うん、まあね、慣れてはいないけど」
「慣れていないのに、まあね、と言うのは、どうして?」
「言葉の綾」
「綾、とは?」
「さあ、なんだろう……。僕は、ほとんど、辞書で言葉を調べないから、知らないね。自分勝手なイメージに従って、言葉を使っているんだ。凄いだろう? こんなこと、できる人なんて、なかなかいないものだよ」
「そんな、人材を失ってしまうのは、痛い」
「そう?」
「うん、そう」
沈黙。
なんだか、急にシリアスな感じになったから、真昼は慌てた。
たぶん、月夜は、シリアスな雰囲気にしてやろう、と思って、そんなことを言ったのではない。というよりも、彼女が何を言っても、そのほとんどが、どうしてもシリアスに聞こえてしまう。それは、月夜がそういった容姿をしているからだ。視線は冷徹で、口数も少ないから、彼女の一つ一つの言動が重みを増す。
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