第40話
裏通りから大通りに出ると、大勢の車と人に遭遇する。ビルも高層のものが多くて、二人が通っている学校がある辺りとは、様子がまるで違っていた。でも、空気が汚いとは思わない。空気が汚いというのは、人間にとって必要のない物質が多く含まれている、ということだが、それでは、そもそも、空気には窒素が最も多く含まれているのだから、どこに行っても汚いじゃないか、ともいえる。当然、これは、言葉遊びだ。あまり面白くないかもしれない。
駅前の広場に戻って、近くにあった移動式のクレープ屋で、クレープを買った。しかし、買ったのは真昼一人だけだ。月夜は、やはり、必要以上に食事をしない。飲み物も飲まないから、燃費が非常に良い。それでいて、学校の勉強はよくできるし、瞬時に合理的な判断をすることもできるから、いったい、そんなことを可能にする燃焼機関と演算装置が、本当に存在するのか、と真昼はいつも不思議に思う。彼は、バナナとカスタードクリームが入ったクレープを買った。生地も含めて、すべて炭水化物、つまり糖類だから、これ以上ないくらいエネルギーで溢れている。
花壇の淵に座って、真昼は糖分を補給する。月夜もその隣に座った。
「ときどき、遊びに来てよ。僕も、暇があれば行くから」真昼が話す。
「うん」月夜は頷いた。
「ときどきとは、どれくらいか、と訊かないの?」
「今は、訊かないことにした」
「どうして?」
「君が、クレープを食べているから」
「食べていると、どうして、訊かないの?」
「話すのが大変で、食べる速度が落ちるから、かな」
「なるほど。でもね、僕は、ものを食べながら、話ができるんだ」
「どうやって?」
「それに答えるには、人の会話とは、どこまでを会話と呼ぶのか、を定義する必要があるね」
「必要は、ない、と思う」
「そう? まあ、そうかな……」
「クレープ、美味しい?」
「美味しいよ。一口食べる?」
「いらない」
「そう言うと思ったよ」
「じゃあ、どうして尋ねたの?」
「その方が、いいかな、と思って」真昼は呟く。「キスもできるし」
「キスが、したいの?」
「いや、あまり」
「そう」
「それは、落ち込んでいるのかな?」
「どうして、落ち込む必要があるの?」
「必要は、ないかもしれないね」
「うん。ないと思う」
「空が綺麗だ」
「空は、どんなときも、綺麗だよ」
「曇っていても?」
「太陽光線を、地球に必要な分だけ届けてくれるから、無駄がなくて、綺麗」
「その、綺麗、の定義だけど、いい加減、やめた方がいいんじゃない?」
「どうして?」
「いや、僕は大変気に入っているんだけど、ほかの人に言うと、あまりよく思われないんじゃないかな、と思ってさ」
「ほかの人に、よく思われる必要は、ある?」
「きっと、ある」
「いつ?」
「いつでも」
「どうして?」
「理由はない」
「そっか」
「でも、関係は、悪いよりは、いい方がいいだろう?」
「そんな、気が、するだけ」
「そうかな……」
「関係に、いいも、悪いも、ないよ」
「そう?」
「うん……」
「僕と、君の関係は?」
「良好」
「なんだ。じゃあ、いいんじゃないか」
「そんな気がするだけ」
「悲観的だね、君って」
「君は、楽観的?」
「比較的、そうだと思うよ。ああ、比較的、というのは、君に比べたら、という意味だけど」
「たしかに、そうかも」
「でも、悲観的でも、楽観的でも、事実は変わらないね」
二人がどのように捉えても、暫くの間、互いに会いにくくなることに変わりはない。
月夜は真昼の肩に自分の頭を預けた。
そのまま、魂も預けて良い気がする。
いや、良いだろう。
彼になら、殺されても良い。
まだ昼を迎えたばかりだった。
一日がまだ半分も残っている。
「何をしたい?」真昼が質問する。
「何も、したくないことを、したい」月夜は答えた。「ずっと、このまま」
真昼は答えない。
それは、声に出す必要がないから、綺麗だった。
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