第39話

「どうして、私を、ここに連れてきたの?」


 抱きしめられたまま、月夜はニュアンスを変えて質問した。


 真昼は月夜を離し、ベンチから立ち上がる。


「ここが、僕が次に住む街だからだよ」真昼は辺りを見渡した。「けっこう都会だけど、まあ、悪くはないね。田舎も、都会も、それぞれいいところがあるから、どっちがいいか、なんて決められないよ」


「じゃあ、本当に、そんなに離れるわけではないから、よかった」


「うん、まあね」


「それで、どうして、私をここに連れてきたの?」


「どう、というのは、どういう意味?」


「口頭で伝えるだけじゃ駄目だったの?」


「うーん、そうだけど、なんていうのか、ほら、やっぱり、現物を見てもらった方がいいかな、と思って……」


「いい、というのは?」


「その方が、臨場感があるだろう?」


「ごめん、よく分からない」


「分かる必要はないよ。とにかく、それで僕は満足したから、よかったね、と思ってくれればいいよ」


「分かった。よかったね」


「うん、よかった」


 暫くその公園に滞在した。


 真昼の話によると、彼は、もう、引っ越し先で、どの学校に通うか決まっているみたいだった。高等学校だから、どのような手続きを踏めば入学できるのか、月夜は知らなかったが、その点については真昼も説明しなかった。とりあえず、入学できるのだから、それで良い、と月夜は思う。高校は義務教育ではないが、はっきりいって中学校とあまり変わらない。やっていることもほとんど同じだし、むしろ、違うところを述べよ、と言われた方が困る。そうすると、やはり、義務教育か否か、あるいは、高等か中等か、というのが答えになるが、それでは名称が違うだけで、答えになっていないに等しい。やっていることが変わらないのだから、やはり何も変わらない。


「さて……。じゃあ、僕の要件は終えたから、少し、辺りを散策しよう」


 月夜は真昼を見る。


「散策、というのは、具体的に、どういう行為なの?」


「え? うーん、なんだろう……。特に目的を持っているわけではないけど、何かしら面白いものを見つけたい、という意思を念頭に、気の赴くまま歩くこと、じゃないかな」


「散歩、との違いは?」


「散歩は、歩くことがメインだけど、散策は、歩くことではなく、新しい発見をすることがメインじゃないかな、と僕は思うよ」


「君以外には、思えないよ」


「それ、どういう意味?」


「意味は、ない」


「歩ける?」


「うん」月夜は立ち上がる。「でも、疲れる」


「それはそうだよ。生きているんだから」


「君は、疲れても、平気?」


「平気じゃないけど、ある程度なら耐えられるよ。君は、疲れるのは、嫌いなの?」


「嫌いだよ」


「随分とストレートな答えだね」


「ストレートではない答え、とは?」


「婉曲表現を使う、とかじゃないかな」


「具体的には?」


「歩きながら話すよ」


 真昼が歩き始めたから、月夜も彼に続いた。もう一度、手を繋ぐ。熱の変換が行われた。

「たとえば、考えておこう、というのが、代表的な婉曲表現だね」真昼は言った。「考えておこう、というのは、言葉としては、まだ結論が出ていないから、後々答える、という意味だけど、個人的には、そんなことって、ほとんどないと思うんだ。何かを尋ねられたら、もう、その瞬間に、だいたいの答えは決まっている。だから、考えておこう、と答えるのは、答えが出ているけど、それを今は口にしたくない、という意思の表れなんだ。問題を今解決しないで、先延ばしにしている。それが、いいことなのか、よくないことなのかは、僕には分からない。ときどき、先延ばしにしたくなることもあるから、それなら、それでも、いいと思う。でも、中には、そういうことを認めてくれない人もいるから、困ったものだよね」


「困るの?」


「困る」


「どう困るの?」


「うーん、あまり困らないけど」


「困るんじゃないの?」


「うん、困る」


「困るの?」


「困らない」


 これ以上は無駄なやり取りになると判断して、月夜は口を閉じた。

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