第33話

「もう少し、話したい、と思う」


〈急になんの話?〉真昼は言った。〈僕はいいよ。でも、君は、そんな所にいたら、寒いんじゃない?〉


「寒くても、平気」


〈今は平気かもしれないけど、あとで風邪を引くかもしれない〉


「そっか。じゃあ、部屋に戻る」


〈うん、そうしなよ〉


 通信を繋いだまま、月夜は室内に戻った。シャッターは完全に下ろさないで、外の明かりを部屋に取り入れられるようにする。網戸を閉めて、ガラス戸も閉めると、やはり室内に暖かかった。暖房は点いていないが、四方を壁で囲まれているだけで暖かく感じる。


 ソファに座ってから、月夜は真昼との会話を再開した。


「そういえば、今日は、私の家には来ないの?」


〈君の家? いつも、行っていないけど〉


「来たら?」


〈うーん、なかなか魅力的な誘いだけど、今から外に出るのは、ちょっと面倒だし、君も、色々と準備したりで大変そうだから、遠慮しておくよ〉


「分かった」


〈何か、話すべきトピックスがある?〉


「私はない。だから、君が自由に話していいよ」


〈それは、愚痴を聞いてくれる、ということ?〉


「うん」


〈じゃあ、そうさせてもらうよ〉真昼は話す。〈言葉を発するだけでは、何も解決しないのに、他人に聞いてもらいたい、と思うのは、とても不思議だよね〉


「そうかな?」


〈僕は、そう思うよ〉


「私でよければ、いつでも聞くよ」


〈その台詞は、本当は僕が言いたかったなあ〉


「言っていいよ」


〈いや、そうじゃないんだ。君と、僕の関係が、そういうものだったらよかったな、という意味なんだ〉


「それは、今から変えるのは難しい」


〈いいよ。変える必要はない、と思う。むしろ、この方が、一般的じゃなくて面白いよ〉


「誰が面白いの?」


〈僕が〉


「そっか」


〈君も面白く感じる?〉


「うん、なんとなく」


〈肯定したあとに、擁護するのは、ちょっとずるいと思うよ〉


「ちょっと、というのはどれくらい?」


〈たとえば、大型の冷蔵庫があるとするだろう?〉真昼の声は弾んでいる。〈それを開けて、牛乳を飲もうとするんだけど、予備がなくて、仕方なく、コンビニまで買いに行った。そうしたら、今度は、コンビニにも牛乳がなくて、店員に、どういうことだ、と問い詰める。それでも、結局、牛乳を飲めないことに変わりはない。だから、牛乳を飲むのを諦める、という選択をするしかないんだ。で、僕も、そうすることにしたわけ。その方が賢い選択だから、まあ、仕方がないよね〉


「うん……。……えっと、それで、ちょっと、というのは、どれくらいなの?」


〈あれ? まだ、その質問をしたこと、覚えていたの?〉


「覚えていた」


〈てっきり、もう忘れたかと思ったよ〉


「どれくらいなの?」


〈その質問は、重要?〉


「後々、重要になる、と思う」


〈僕の愚痴を聞いてもらってもいい?〉


「いいよ」


〈なんか、最近、生きるのが辛くてさ〉真昼の説明が始まった。〈これといった理由があるわけではないんだけど、毎日やるべきことが多すぎて、もう、いっそのこと、充分生きたから、死んでしまってもいいかな、と思うんだ。自殺したいとか、そういうことじゃなくて、僕が余命を消費して、自然と死んでいく、というシチュエーションに憧れるというか、そんな感じ。でも、やっぱり、そんな都合のいいことは起こらないから、死ねないで、次の日の朝を迎えることになる。その繰り返しを経て、僕は今日もこうして君と話しているわけだけど、こんなことを考えられるのは、僕が生きているからだから、結局、生きていくしかないのかな、なんて思ってしまったりして……〉


「君は、生きたいの? それとも、死にたいの?」


〈僕には、分からないんだ〉


「少なくとも、私は、君には、生きてほしい、と思うよ」


〈僕は、本当に君の役に立てているかな?〉


「役に立とうとして、役に立つ必要はないよ」


〈うん、そうだけど……〉


「君は、私の傍にいてくれるだけでいい。それ以上は、望まない。私と、ときどき会って、話をしてくれれば、それでいい。だから、死なないでほしい、というのが私の願望」


〈しかし、それを僕が了承する義務はない〉


「そう……。だから、最後には、君が自分で決めるしかない」


〈僕が、君に、僕のことを殺してくれ、とお願いしたら、君は僕を殺してくれる?〉


「君が、心からそれを望んでいるのなら、いいよ」


〈本当に?〉


「うん、本当」


〈そのあとで、君はどうするの?〉


「たぶん、声を上げて泣く」


〈ま、そうだろうね〉


「それくらいしか、できないから」


〈僕が望んだら、君は、その望みを叶えてくれる?〉


「心から望んでいるなら、という条件が必要」


〈分かった。うん、少しは気持ちが軽くなったよ〉


「どうして?」


〈死にたくなったら、自殺以外の方法で、いつでも死ねる、と分かったから〉


「うん……」


〈君の優しさには、いつも感謝しているよ〉


「感謝される必要は、ない」


〈でも、ありがとう〉


「どういたしまして」


 彼女の言葉を聞いて、真昼は暫くの間黙った。

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