第28話
月夜は、調理を開始する。
彼女は、料理に関しては、素人以上、プロ未満、といったところだった。つまり、一般的だ。オムライスは、三回くらいしか作ったことがなかったが、とびきり美味しいものを作る必要はないし、それなりのものができれば良いだろう、と彼女は考えていたから、特に苦戦しそうではなかった。
そして、その通りに、なんの変哲もないオムライスが出来上がった。
ケチャップがなかったから、普通の白米に玉子をかけた、少々味気のないオムライスになった。しかしながら、真昼は、普段から味の濃いものを食べているわけではなさそうだし、これくらいでちょうど良いか、と彼女は思う。ケチャップがないので、玉子の上にハートマークを描くこともできない。まあ、そんなこと、しなくても良いでしょう、と月夜は思った。
彼女がリビングに料理を運ぶと、真昼はテーブルの上の教材をどかした。先ほど言っていたように、彼は数学の勉強をしている。月夜は、数学はあまり好きではなかった。普通にできるが、得意ではない。というよりも、彼女には得意なことがなかった。むしろ苦手なことの方が多くて、だから、自分にも、本当はあまり自信がない。しかし、真昼には、その振る舞い方から、自分に自信を持っているように見えるらしい。目つきが鋭いわけではないが、瞳が冷徹で、裏表なく言葉を放つから、そういうふうに見えるのかもしれない。
「ケチャップが、なかった」料理をテーブルに置いて、月夜は言った。「だから、白米のままになってしまった。ごめんなさい」
「いいよ、そんなの」真昼は了承する。
月夜は、真昼の対面に腰かける。彼女はすでに食事を済ませているから、彼と一緒にものを食べたりしない。こういうシチュエーションが、あまり好きではない、という人は多い。一緒にいるのなら、同じ行動をしていないと、居心地が悪い、ということだろう。けれど、それは、そういうシチュエーションが嫌なのではなく、本当は、その人といるのが嫌なのではないか、と月夜は考える。月夜は、真昼といるのであれば、彼が何をしていても、どうでも良かった。一緒にいる、というだけで、もう満足してしまう。それ以上は望まない。
そもそも、月夜は食事をしない人間だ。まったくしないわけではないが、極端にその頻度が少ない。真昼も、そんな月夜に合わせることが多いが、彼女ほど少ないわけではないから、彼が一人で食事をする、というシチュエーションは特に珍しくはなかった。
「君は、今日は、何を食べてきたの?」オムライスを食べながら、真昼が訊いた。
「ご飯と、味噌汁」
「それだけ?」
「うん」
「簡単だね」
「何が?」
「食べるのが」
「よく、分からなかった」
「このオムライス、普通に美味しいよ」
「うん、よかった」
「ああ、でも、ごめんね、僕は、その、なんていうのか、あまり、味覚に優れていなくてさ」真昼は説明する。「だから、何を食べても、ただ、美味しい、と感じるだけなんだ。こんなこと言って申し訳ないんだけど、君が作る料理と、コンビニ弁当も、どちらも、一律で、『美味しい』と感じるだけで、違いが、あまり、よく分からない」
「うん」
「ショックだった?」
「えっと、何が?」
「あ、大丈夫みたいだね。よかったよ」
「それも、よく、分からないけど……」
「君は、美味しい料理を作ろうと思って、料理をしているわけではなさそうだね」
「普通に作れば、普通に食べられる味になるよ」
「それ以上、美味しくする必要はない、ということ?」
「自分で食べる分には、そうだよ」
「僕が食べる場合は?」
「それも、あまり、気にしなかった」
「それを聞いて、安心したよ」
「そう?」
「うん。君らしい、というか」
「そっか」
「うん、そうだよ」
真昼はオムライスを食べ続ける。
月夜は、感謝に関して、されてもされなくても、どちらでも良い、と考えていた。なんというのか、感謝をしてもらうために貢献するのではないし、そんなことは、してもらっても、してもらわなくても、本当にどちらでも同じだ、と感じてしまう。たしかに、感謝をされたら、それなりに嬉しいが、でも、感謝をされなくても、それで落ち込んだりはしない。どちらでも同じ、というのは、そういう意味を指す。自分が作った料理を真昼が食べることで、彼のお腹が満たされて、満足した、という事実が成立しているのなら、それで良い、というのが、月夜の基本的なスタンスだった。見返りなんていらないし、自分に料理が作る技能があるから、料理を作って、提供した、というだけにすぎない。
こういうことを言うと、ほとんどの人に、薄情だ、と言われる。けれど、真昼は、そんな月夜を受け入れてくれるから、彼女は、彼が、好きだった。だからといって、ほかの人間が嫌いだ、という話にはならない。ときどき、そこを間違える人がいる。それは、論理的におかしいので、勘違いされては困る。
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