第19話

 真昼は立ち上がり、月夜に手を差し出す。


「少し、散歩しようよ。ここは、あまり来たことがないから、きっと、面白い発見が沢山あるよ」


「君は、散歩をしたいの?」


「したいから、誘っているんじゃないか」


「私に気を遣っているのかと思った」月夜は立ち上がる。「君は、面倒見がいいから」


「そんなこと言われたの、初めてだよ」


「もう一度言おうか?」


「じゃあ、お願いしようかな」


「君は、面倒見がいいから」


 二度目は、あまり嬉しくなかった。


 この公園は、二人がいつも下校するのと、反対側の道を進んだ先にある。だから、二人ともこちらには来たことがなかった。もしかすると、覚えていないだけで、来たことがあるかもしれないが、それでも、記憶にないのであれば、それなりに面白い発見をすることができるだろう、と真昼は考える。映画だって、過去に見たことがあるものを、時間を空けてもう一度見ると、それなりに面白い。面白いものは、潜在的に面白い、ということかもしれない。


 公園を出て、左右に別れる道を右に進む。左に行くと学校だから、あえて反対方向を選んだ。


 真昼と、月夜は、手を繋いでいる。


 月夜の体温は比較的低い。それは、その瞳が宿す冷徹に相応しく、彼女の存在感を引き立たせる要素の一つだった。


 真昼は、どちらかというと、体温は高い。だから、二人が手を繋ぐと、それぞれの温度が中和されて、ほど良い着地点に到達する。掌は、人間の部位の中でも比較的敏感だから、その温度の変化を、二人とも明確に察知することができた。


 街灯がぽつりぽつりと立っている。二人が住む地域には街灯がほとんどないから、もしかすると、ここは、治安が悪いのかもしれない、変な人間に会わなければ良いが、と真昼は考えたが、それ以前に、自分たちの方が変な人間だから、まあ、大丈夫だろうな、とは思った。


 きっと、月夜も同じことを考えている。


「それにしても、今日は寒いなあ」真昼が言った。「君は、そのコートだけで、大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


「僕は、ちょっと寒い」


「じゃあ、返そうか?」


「うん、じゃあ、返してよ」


「分かった」


 そう言って、月夜は本当にコートを脱ごうとする。


「嘘だよ」真昼は、月夜の行動を見て、笑いながら諭した。「そんなこと、要求するわけないじゃないか」


「うん……。でも、寒いのは、身体によくないよ」


「どうよくないの?」


「風邪を引く可能性が高くなる」


「それは、いいことだよ。風邪を引けば、学校を休めるからね。君も、熱が出たら、さすがに学校を休むだろう?」


「たぶん」


「たぶん、というのはどれくらいなの?」真昼はつい笑ってしまった。


「七割五分」


「今日はパーセントじゃないんだね」


「言っていることは同じだから、同じだよ、と思う、のも同じ」


「ごめん、意味が分からなかった。君さ、もしかして、夜の街を散歩できて、嬉しく感じているの?」


「そうだよ」しかし、月夜は表情を変えない。


「そう。でも、たしかに、夜ってさ、自分が万能になったみたいで、テンションが上がるよね」


「そうなの?」


「君は、そんなふうに感じない?」


「あまり、感じない」


「あまり、というのは、どれくらい、と、訊いてもいいかな?」


「いいよ」


「あまり、というのは、どれくらい?」


「六割三分」


「それってさ、計算して答えているの?」


「何を計算するの?」


「その、程度」


「計算はしてないけど、予想はしている」


「予想? どんな?」


「私がそれを言ったら、君がどんな反応をするか、という予想」


「人間の行動って、何もかもすべて予想できると思う?」


「どんなことでも、予想することは、可能」


「まあ、たしかにね。じゃあ、そうじゃなくて、精度の高い予想、という意味では、どう思う?」


「できると思うよ」


「僕の行動パターンで、できる?」


「君は、例外」


「へえ、どうして?」


「まだまだ、知らないことが沢山あるから。つまり、データ不足」


「それは、致命的だなあ」真昼は言った。「致命的なものは、致命的だから、やっぱり、致命的だね」


「それ、何?」


「うん? 致命的?」


「どうして、三度も繰り返すの?」


「繰り返したい気分だったからだよ」


「そっか。分かった」


「何が分かったの?」


「君が、今、三度も繰り返したい気分だった、ということ」


「それは、真実だと思う?」


「思うことは、いつでもできる」


「それが現実?」


「現実は、思うことから始まる」


「サンドウィッチ、美味しかったよ。どうもありがとう。また、作ってね」


「作る」


「今度は、マスタードを入れてよ」


「入れる」


 沈黙。


 住宅街はまだまだ続いている。道の先は真っ暗で、どこまで続いているのか分からなかった。

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