第17話

 真昼が言った通り、月夜は、基本的に食事をしない。しかし、まったくしないというわけではない。どういう体質なのか分からないが、ある程度の期間、食事を抜いても彼女は普通に活動できるのだ。ある程度の期間、というのは、一日の内での時間を示しているのではなく、何日にも渡って食事を抜いても、それなりに活動できる、ということを意味している。といっても、さすがに一週間は持たない。長くて三日くらいで、それくらいの期間なら、月夜は何も食べなくても生活することができた。


 こんなふうに、人間には様々なタイプが存在する。その事実を知っている者は、自分と異なる性質を帯びた人間に遭遇しても、あまり驚かない。真昼は、月夜が傍にいるから、変わった人間の対処には慣れていた。もっとも、月夜はかなり変わっている。体質だけでなく、彼女のような性格の持ち主も、なかなかお目にかかれるものではない。


「でも、今日は、お腹が空いたな、と思ったから、作ってきた」月夜は、真昼の目を見て答える。「私は、さっき、学校で食べた」


「美味しいのを知っているのは、それが理由?」


「そうだよ」


「なるほど。ま、君の言うことだから、何かしら根拠があるんだろうな、とは思ったけど」


「どういう意味?」


「そのままの意味だよ」真昼は言った。「君は、簡単に言えば、計算高い。色々なことを、色々な角度から観察して、的確な判断をする能力に長けている、と僕は思う」


「自分では、そうは思わない」


「まあ、そうだろうね」


「そう感じるのは、君が、そういう能力に欠けているから、じゃない?」


「面と向かって、そんなこと、言わないでほしいな」真昼は笑う。


「うん……。……ごめんね」


「ジョークだよ」


 プラスチックのケースの蓋を開けて、真昼はサンドウィッチを食べる。調理した本人が言っていた通り、美味しくて、美味しかった。というよりも、真昼は、今まで、不味いご飯を食べたことがない。それは彼が恵まれている証拠かもしれないが、美味しいものを食べるより、不味いものを食べる方が、作業としては難しい、と彼は感じる。たとえば、料理をするときに、美味しいものを作ろうと思って、美味しいものを作るのは簡単だが、不味いものを作ろうと思って、不味いものを作るのは難しい。こういう傾向を、マイナス不利の法則、と彼は勝手に名づけていた(本当にたった今考えたことで、だから、名づけていた、という言い方はおかしい)。マイナスの感情や、マイナスの行動は、プラスのそれらに対して、意図的に起こすのが難しい。積極的に時間を無駄にしたり、意識的に忘れ物をすることができない、というのが、その例になる。人間はプラスの方向に考える生き物だ、と考えれば、それなりに人生は豊かになるかもしれない。


「うん、美味しいね、君が言った通りに」真昼は言った。「でも、三角に切る必要は、なかったかもしれないな」


「どうして?」


「どうして、わざわざ三角に切ろうと思ったの?」


「君なら、どうやって切るの?」


「四角」


「それは、正方形? それとも、長方形? あるいは、菱形?」


「長方形に決まってるじゃないか。食パンは、正方形なんだから、どうやったら、正方形や、菱形になるの?」


「では、どうして、長方形になるの?」


「君にとっては普通じゃない、という意味だね」


「そう」


「なるほど。君は、将来、理系の方に進むといいよ」


「君が、決めることではないと思うよ」


 月夜の台詞を聞いて、たしかに、と真昼は思った。だから、そのまま、思ったことを素直に口にした。


「たしかに」


 月夜のそういった指摘には、感情的な判断が一切含まれていない。したがって、真昼に文句を言われたから、それに苛立って、君にそんなことを言われたくない、と言っているのではない。彼女は、感情的には人と接しない。まったくというわけではないが、できる限り、論理的かつ合理的な態度で、人間と対話をしようと努める傾向がある。それは、その方が遥かに楽だからであり、楽をすることは、論理的かつ合理的だからだ。


 真昼は、そんな月夜の態度が、好きだった。


 彼は、どちらかというと、感情で行動する方だから、自分にもそんな態度で人と接することができたら良いな、と常々思っている。


 けれど、それは実現しそうにない。 


 どうしてそんなことを思うのか、彼には自分の思考が分からなかった。

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