柴崎、異世界転生したってよ

著者。

柴崎、異世界転生したってよ。



「柴崎、異世界転生したってよ」


その日の放課後、柴崎を除いた俺たち二人は校舎三階の非常階段の出入り口にいた。


ここからは校庭全体を見渡せて、そこで戯れる生徒たちの小さな影を見ていると何だか小気味が良い。だからか、俺たちは自然とこの場に集まりよく無駄話をする。


「え? 嘘だろ? いつのまに!」


「この前の三連休の時らしい」


「たった、三日で?」


「こっちの世界で三日だけど、向こうの世界では数百年らしい」


「でも身体つきは変わってないように見えるが……」


「魂だけ飛ばされたとか言ってたな。肉体は関係ないんだろう?」


「なんだか都合がいいな、それ」


「分かんないけど、そんなもんだろ、異世界転生って?」


「おいおい、そんなこと言ってると、アンチが湧くぞ」


「なんだよ、アンチって?」


「知らねえーよ、──っクジュン!」


まだこの時期のこの場所はいくらか肌寒い。

吹き抜ける冷たい風が身体に堪える。


「風邪か?」

「いや、大丈夫」


そう言って友人は鼻を啜る。


風邪を移されても困るので、俺は一歩距離を置いた。


そっけない素振りで校庭を眺めていると、

先ほど吹き抜けた風に舞ってビニール袋が宙を漂っていた。


不規則に動くビニール袋を見ていると何だか面白かった。


「おっ、何だアレ? 幽霊か?」

「そんな訳あるか、ビニール袋だろう?」


その袋に「セブンイレブン」のロゴが見えた。

やはりビニール袋に間違いない。幽霊がこの世にいてなるものか。


幽霊の話をされても困るので、俺から友人に話を続けた。


「ところで、柴崎の異世界って、ハーレム物だったらしい。沢山嫁がいたって言ってるぞ」


「おい! じゃあ、柴崎って……」


「ああ、非童貞」


「ふざけんなよ! 俺ら、高校卒業するまで童貞でいようなって約束しただろう!」


「俺に言うなよ、あいつも色々あったんだ。戦争もいくつか乗り越えたって言うし」


「まあ、仕方ねえか。それに肉体は転生してないなら、身体はチェリーのままだ」


「なるほど、そう言えば、そうなるな」


「でも、なんで柴崎はこっちの世界に戻って来たんだ? 向こうに嫁が沢山いるんだろう?」


「よくわかんないけど、魔王を倒したら勝手に戻って来るタイプの転生だったらしい」


「ふーん。珍しいな。大体そこで一生を過ごすのがセオリーだけどな」


「ああ、だからだろうか、どうにかして向こうの異世界に戻ろうとしているみたいだ」


「……何だか、哀れだな」


「……ああ」


俺たちはしばらくの間二人して黙っていた。


呆然と校庭を眺めていると、そこには柴崎らしき人物の後ろ姿が見えた。


「お、あれ、柴崎じゃねーか?」


「本当だ」


「……だな」


「ああ……」


声を掛けようかと思ったが、止めておいた。

柴崎らしき人物はずんずん進んで、すぐに見えなくなった。


日が傾いて空が紅く染まっていた。

部活をしている連中もそろそろ練習を終えて後片付けをしようとするころだ。


「来週はテストだな。勉強したか?」


「うん。毎日してる。俺、塾に通ってんだ」


「え? どこの」


「駅前の」


「いいな、俺もその熟通おうかな」


「俺んところは、中学時代の友達が多いから、お前には居心地悪いと思う」


「あー、ならいいや」


友人の言葉の最中にまたも冷たい風が吹き抜けた。


「ハクシュン!」


俺まで風邪をひきそうだった。


「お前のくしゃみって漫画みたいなくしゃみだよな」


「なんだよそれ?」


「文字に起こしたみたいなくしゃみ」


くしゃみは「ハクション」と言ってこそ、くしゃみであるのだ。

こいつとは付き合いは長いがそれを馬鹿にされて少し腹が立った。


「おい! いいか、くしゃみっていうのは────」


だけどすぐにそれはどうでもいいことだと思った。


「……いや、そろそろ帰ろうか、本当に風邪をひきそうだ」

「そうだな」



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柴崎、異世界転生したってよ 著者。 @chosha

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