未言源宗 『魅せ珠』

たま……」

 またぽつりと、美沙みさは単語だけを零しました。

 そしてそれは、紫月ゆづきの良く知る言葉です。何を隠そう、『魅せ珠』それも未言、つまりはこの未言屋ゆかりに並ぶ商品を繋げる唯一のもの、とある人物が生み出して三千を数える造語群の一つなのですから。

 紫月はうっかり美沙に視線を向けないように注意しつつ、その言葉がさらに続くのか様子を伺います。

 けれども、肌に伝わる気配から、美沙がどうもその一言を伝えるのが精一杯らしいと悟り、紫月から言葉を紡いでいきます。

「魅せ珠。未言の一つ。ドールアイ、特にグラスアイや宝石で造られたドールアイを指す。それは目でありながら、見るためではなく魅せるためにある」

 未言屋宗主として未言屋店主が生み出したままの未言の在り方を継承した紫月にとって、未言の意味を諳んじることは、未言屋店主よりもさらに得意なことです。

 人形の目、ドールアイ。アリーシャにも、ベリル系の緑の石が嵌められています。

 人間が自らの外を見るための器官を真似た、けれども映したものを自分に受け入れることのない器具。

「見るのではなく、魅せるための……」

 美沙が溜め息のような声を零しました。

「そう。魅せ珠は、瞳の模倣ながらも、その機能は真逆にしたの。人が相手を見るための瞳。それに対して、相手に魅させて自分の存在に惹き付ける。それが、人形の魅せ珠」

「ああ、それは納得ね。いい人形はもちろんどの部分も美しくて素晴らしいけれど、一番目を離せなくなるのは、その瞳だもの」

 紫月の語りに、今度はお姉さんがアリーシャの魅せ珠を覗きながら、感想を添えました。

 それから、美沙への気持ちも、ついでに。

「それなら、私は美沙の創るドールアイが一番魅せられるわ。アリーシャの瞳も、もちろん最高の出来よ」

 お姉さんに不意に褒められて、美沙はまた顔を真っ赤にして俯いてしまいました。

 その可愛らしさに、紫月がくすりと笑みを溢します。

「あなた、ドールアイを作るの?」

 紫月の問いかけに、美沙は俯いた顔をさらに沈めて首肯したのです。

 それから、お店の床に向かって、ぽそぽそと、語りだします。

「魅せ珠、って、ネットで見つけた。……ました。意味は、わからなくて、でも、素敵、だって……」

 そこまでで限界だったようで、美沙は荒い息ばかりを吐き出しています。

「素敵だった?」

 だから、紫月は意地悪くも、その言葉をきちんと締めるためになぞって、美沙に伺うのです。

 美沙は、小さく小さく、カナリアのようにちょぴっとだけ、首で縦を刻みました。

 その仕草に、紫月は満足そうに頷き、お姉さんは満足そうにアリーシャに手を叩かせるのです。

「それで、意味を知って、もっと素敵だと思った?」

 紫月は追撃の手を緩めません。気持ちは表現してこそだと、今まで言葉になっていなかった物事を未言として生み出した未言屋店主と同じでとんでもな思考回路をしているのが、この未言屋宗主なのです。丸っきり全て分かっていながら、それでも本人に意思表示させるのです。

 美沙は細かく、それでいて何度も何度も、髪を揺らしながら頷きを繰り返しました。

 紫月はほんのお詫びに、美沙の前に置いたカップに、冷たい紅茶を注いだのでした。

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