誠言 九言目掲載
未言源宗 『冬尽くす』
そして資料を裏返した白紙の上に、サインのグラフを真似た周期波形を描きます。
「季節って、日本には四季がありますけど、単純に言うと、夏の頂点と冬の底辺を往復しているんですよね」
紫月はそう説明しながら、周期波形の一番高い位置にある点の一つを丸で囲んで『夏』と記し、同じように一番低い位置にある点の一つに『冬』と記しました。
そしてその前後、『夏』から『冬』へ行く中点に『秋』、逆に『冬』から次の『夏』に行く中点に『春』と記します。
「これはわかりやすいですね」
岡本も、図形にされたことで直観的に季節の移り変わりを理解できているようです。
「で、実はですね、日本の季節はどこで節分してるかというと、変曲点の少し先になるんです」
紫月は、冬の底辺から少しだけ先、上り坂の始まりに当たるそこに『春』を区切る矢印を付け加えました。そして、『春』の区切りは中点の少し先で終わり、『夏』の区切りになります。
「日本人は、春の盛りを中心とした線対称時間を『春』としたのではなくて、春らしさが少し感じられるその時点を起点にして、春の盛りを過ぎてすぐ後に来る夏の兆しが感じられる時点を終点にして、春を定義しているのです。これは他の季節も同じです」
「は、はぁ?」
だんだん、紫月の難解な説明に岡本が着いて来れなくなりつつあったのですが、紫月はここを理解できなくても結論への理解には大して問題ないと判断して、構わずに言葉を繋ぎます。
「つまり、冬の盛りは、冬の終わりの直前になるんですね。だから、冬は、冬の終わりから春の始めに、
「冬尽くすは、冬一番の冷え込み、この底辺になるんですね」
「そうです、そうです」
紫月は岡本の理解を正しいと採点しつつ、冬の底辺から線を引っ張って『冬尽くす』と書き込みました。
「で、夏三つですけど」
続けて、夏の始まりかけに『
「おお。同じ夏の暑さを表す未言でも、その時期が全く違うんですね」
こうして図にすると、気温で言えば同じになる三つの未言が、どうして別の未言として表現されたのか、その答えが時間軸にこそあるのがはっきりと分かります。
「ですです。で、なんでこうなるかというと……」
紫月はそれまで使っていた万年筆とは別の万年筆を取り出して、夏の範囲に細かく周期波形を描きました。茜のインクは、今までの天色のインクに潰れずに細かな波形がきちんと見える。その波の高さは一波ごとに変わり、幾つかは夏の頂点の高さまで上がってます。
「一日の昼夜、また数日の気温の変化によって、これくらい幅があります」
「初夏の高いこれは、五月とかに猛暑日を記録した、みたいなことなんですかね」
「そうです、そうです。夏は冬と違って、ピークに達するのが何回もあるんですよ」
紫月が今度は、茜の太陽と天色の地球を描きました。
「なんでこうなるかというと、気温はエネルギーが加えられれば簡単に上がるからなんですね」
太陽から矢印が引かれ、地球にエネルギーが加えられる図となります。
「これは地球規模でなくても、日本規模でもそうです。大陸や海洋から熱気が入り込めば、簡単に気温が上がって、夏日、真夏日、猛暑日になります」
紫月は続けて、地球から外へと出て行く矢印を描きます。
「対して、地球が冷える、つまり冬になるのは、エネルギーの入ってくる量が減り、輻射熱でエネルギーが逃げていくからです。これって、実はすごい遅いんですよね」
紫月は万年筆のキャップを閉めて、二本共また布袋に入れて帯に挿しました。
「熱が逃げるってようは伝導なんですけど、地球は宇宙の真空の中にあるので、伝導する物質はなくて、赤外線で放射するしかないんですね。で、伝導より放射はとっても遅いんです」
紫月は立て続けに話していたせいで、んんっ、と咳払いをしました。それで、自分で買っていた硝子水を喉に流します。
「でも気温を上がるのは早いです。太陽のエネルギー、すごいですから。だから地球はざっくりいうと、温まりやすくて冷めにくいんですね、特に間氷期には。だから夏の盛り以外でも、それに匹敵する最高気温はちょくちょく観測されますし、冬は決まって一月終わりから二月に酷い寒気が来るのが多いですよね、ま、前後はしますけど」
それから紫月は『冬尽くす』に冬の始めから終わりまでと同じ範囲で矢印の区切りを付け足し、『夏触る』『夏布く』『夏重む』の三つにも同じように、でも『冬尽くす』と比べたら全然短い区切りを付け足しました。
「冬尽くすは、それまでの冬を出し尽くすものですから、その意義は冬の全部を飲み込みます。でも、夏の三つはそれぞれで夏を区切った範囲しか意義に入ってません。しかも夏重むは夏じゃなくて秋です。その意義として捉えている時間範囲の差は、そのまま未言が発現した時に放出される性能の差になるんですよ。燃料にしてる時間の量が違うんです」
紫月の説明を余すことなく理解して、岡本は頭を抱えました。
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