誠言 八言目掲載
未言源宗 『冬咲く』
四月の半ばを前にしてやっと、会津の桜は
そんな待ち遠しかった桜の花の目覚めに、そして垣間見えたからこそ尚更楽しみになった満開を想い、
会津の桜が誇る色の濃い鴇色の花弁を人差し指に透かして、ほぅ、と息を溢しました。
この会津若松城の中庭は、桜が満開になると桜吹雪と花筵で、空も地面もこの鴇色が普いて、その瞬間を思い描くだけで紫月は胸が満たされ、幸福が泡ぐむのです。
「今年の桜も、綺麗に
紫月は今は去った冬の冷たさと静けさを想い、それを耐え抜いて花を紡いだ桜へ、心からの称賛を捧げたいと想ったのです。
「え?」
それで自然と口を付いて出た未言を、聞いてしまった少女がいました。
まだ幼く、くりくりとした目が印象的な少女は、恐らくはまだ小学校低学年なのでしょう。
それでその栗皮色の瞳をまるまるとさせて、得体の知れない言葉を放った紫月に不審の視線を寄越すのです。
紫月は、声に釣られて視線を降ろし、見つけてしまった少女の眼差しを受けて、親を呼ばれたらどうしようかと内心で冷や汗を掻いていました。
・・・・・・
雪国、北国の桜は紅が強くなり曙のように淡い優しさに、恋を自覚しない乙女のように仄かに色づきます。
それに対して冬が寒くならない地域では、桜は真白に近く、日の光を浴びると雪のように映えるのです。
「桜のピンクはね、寒い時に作られるのよ。そして春先の夜の寒さと昼の暖かさの差が大きいほど、たっくさん作られて、北国の桜はより一層色濃くなるわ。わたしは会津の鴇色の桜が大好きなの」
科学的事実を説明しながらも、紫月は最後に自分の好みを付け加えるのです。だって紫月にとっては、人の想いこそが大切で、事実なんていうものは、想いを描くための素材に過ぎないのですから。
そして少女は、紫月の話す難しい話に全く付いていけずに、ただただ首を傾げていました。
「桜が色づくには、冬の寒さと厳しさと凄まじさこそ必要ということよ。だから今咲いているのは、ただ春になったというのではなくて、懸命に咲こうとして努力した冬こそが咲いているのよ」
熱っぽく、わくわくという擬音語をまき散らして語る紫月に、少女は意味不明もここに極まれりと言ったぽかんとした表情で、呆気に取られていました。
・・・・・・
「つまり、花が咲いて美しい春よりも、その花を咲かせるために必死になった冬のほうがすごいって話?」
少女が何とか辿り着いた結論を聴いて、紫月は目を輝かせ、満面の笑みを咲かせました。
「そう! その通りだよ!」
「う、うん……」
紫月に勢いよく手を奪われ、ぎゅっと握りしめられた少女は、今度こそ本当に親を呼ぼうかと思案するほどに引いてしまいました。
けれど、まぁ、そこまで邪険にすることもないかと、ぎりぎりで思いとどまってくれたのです。
「未言? っていうのは、素敵な言葉たちなのかも、しれないね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます