未言源宗 『未水』
最後の一滴が、徳利の口にしがみついて、中々落ちませんが、
「そーいえばさー、こういう、徳利に残ったのとか、ペットボトルの最後の一滴とかって未言ないわよね。奈月遥はそういうの好きそうなのに」
「え?」
爽佳の的外れな言葉に、紫月は眼差しで本気で言ってるの、と問い返します。
「え、ないわよね? あるの?」
「とても有名なのがあるじゃないの」
紫月は、新しく持って来た方の徳利にくっ付いて、今は炬燵の天板を濡らす僅かな水滴に人差し指を当てて、その未言を書きます。
滴だった水の塊が綴った文字は、『未水』と読めます。
「
「そう。未だ見ずやその滴の消ゆる様」
紫月は、未水の語彙に添えられた詩詞を詠い、それだけが答えだとばかりに膝を伸ばして立ち上がりました。
「ちょ、ちょっと待って!」
もう居間から出て行く素振りを見せた紫月を、爽佳が慌てて呼び止めます。
「未水って、水を払った後に残る滴でしょう? それに知らない間に消えてることもなくない?」
爽佳は自分が告げた現象と未水との相違点として思い浮かんだことを紫月に伝えますが、それを聞いて尚、紫月は胡乱な眼差しを返します。
それが、紫月が立ち上がってしまったせいで、見下しているようにも見えて、少し爽佳はむっとしました。
「知らない間に消えることがないのは、その前に洗ってしまうからでしょう」
飲み残しのペットボトルはリサイクルのために、飲んだ後の徳利やコップは衛生を保つために、どちらも速やかに洗浄されるのが常です。
しかし、本当に飲み切って飲み切れない最後の一滴を放置すれば、それは所詮は某かが溶けた水に過ぎません、水の方は溶質を残して揮発して消えるでしょう。
「水を払うのと、飲料を飲み干すのと、意図は違くても動作は同じよ。中の液体をなくそうとしているのだもの」
紫月の指摘に、爽佳はうぐ、と押し黙りました。
言葉は、主観や主体者の意図に従って使われることも、確かに多いです。
しかし、未言屋店主の未言達は、未発見もしくは無意識に選り分けられて見つけられなかった物事の発見と言語化により成り立ち、それは主観よりも客観、主体的認識よりも環境的事実がまま優先されるものです。
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