誠言 四言目掲載

未言源宗 『暮れ炉』

 紫月が屋根に登って、たゆとう雲を炙りながら山の端へ沈んでいこうとする夕日を見ているのは、それこそ完全に趣味なのです。

 秋風に長い髪をそよがれながら、落ちないように一歩一歩確かめて足を運んで。ダンスをスローモーションにした動きを真似て体をくるくる回して景色を眺めて。

 紫月は、緋色に黄金に焼かれる空にうっとりとしては、藍に浅葱に冷えて夜に染みる空に嘆息します。

 なんて素敵な時間、なんて素敵な空間、なんて素敵な日常でしょう。

 蜻蛉達が無数に宙を舞い、紫月の頬を掠める程に近くを横切っては、目で捉えられないくらいに小さくなる程に遠くへと飛び去っていきます。

 白い雲は西の手を覆い、夕日そのものは隠してしまっています。けれど、その緋は雲をくべて、発光にホワイトアウトしていたり、紫雲へ変じていたり、囲炉裏を思わせる光の強い朱もありながら、紅に染まる雲は鳳凰の翼みたいに広がっているものもあり。

 その空の色合いは、やがて赤味を増していき、暗く紅が山の端から滲むように彩めかしていきます。

 ほんの三十秒も同じ色で留まる事はなく、終の赤はまた黄味に覆されて茜に浸されて、沈んでいってもなお存在強い太陽の威光を夜を迎える人々に知らしめてます。

 やがて気を張って足を運ぶのも疲れた紫月は、屋根の合わさる頂に、袴が汚れるのも構わず腰掛けます。

「せんせー! いませんかー?」

 まだ垢抜けない声が紫月を呼んだのは、そんな時でした。

 紫月が店の入り口を見下ろすと、市内にある県立高校の制服を着た女子が、中へ向けて声を張り上げていました。その後ろには、不機嫌そうな男子が立っています。

知弦ちづるちゃん、こっちだよー」

 紫月が立ち上がって姿を晒し、女子高生の方を呼びました。

 彼女はそれに気づいて嬉しそうに手を振って応え、男子高生の方はあからさまに顔を顰めます。

「先生! 屋根に登ってなにしているんですか~?」

 羨ましそうという態度を隠しもしないで、知弦と呼ばれた彼女は紫月に問いかけます。

を見ていたのよ」

「屋根から見る暮れ炉! いいなっ! わたしもそっちにいったぁあ!?」

 紫月と同じ事をしたがる知弦でしたが、後ろに控えていた男子に後頭部をノックされて発言を取り消しさせられたのです。

「未言屋。常識ないバカが考えなしで真似しようとするから、降りてから声をかけろ」

 高校生でもう熟成しきった低い声が、紫月を非難しますが、肝心の紫月本人は仕方ないよねと言ったふうに肩を竦めるだけです。

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