第一章「不思議」

 学校を後にした二人は暖かな日差しを真上に、最寄り駅まで近道の土手を歩いていた。

 昼食の時間帯には帰宅している予定だったが、思いがけない部活の勧誘に予定を横入りされたので丁度空腹で仕方がなかった。

「お腹が空きました・・・」

 桜は思わず考えたくても考えてしまう言葉が口走ってしまう。

「分かりきったこと言わないでくれ・・・」

 アカネもつられて本音と腹の音が漏れてしまう。

「それでは!」

 桜は顔を上げた。

「途中、どこかで食べていきましょう」

 厚い雲から光が差し込んだかのように、その言葉でアカネも顔を上げた。

「名案。あ、でも桜はお金大丈夫?」

 桜の忙しい表情の変化は、今度は「あっ」と拍子の抜けた返答とともに曇りはじめた。

 とりあえずは財布の中を確認しようとバックに手を入れた。

 するとその瞬間、一緒にバックに入っていたスマホからメール着信の振動を手に感じ取った。一旦桜はそのメールを確認する。

 

『丁度今お腹が空いてきてるだろうと思って、お母さんあらかじめ桜の財布に一万円忍ばせておきました。気づいたかな? ニンニン』

 

 桜は恐る恐るがま口を開けると、本来飲み物一本買えるか買えない程しかない少量の小銭より先に、日本円の王様、福沢諭吉が四つ折りになって飛び出た。

「なんだ、あるじゃん」

「あ、はい、なんか・・・ありましたね」

「えらく客観的だな」

「そうですね。多分これは石川五右衛門の仕業なので・・・」

「五右衛門!?」

 

 それからして二人は駅前に着くと、すぐ近くにある喫茶店に入った。

 この店は広々としており誰でも入りやすい落ち着いた雰囲気がある。店内もお客が賑わっている訳ではなくガラリとしている訳でもなく、丁度良い混み具合だ。

 二人は席に着くと、パスタ料理と店の一番人気のたまごサンド、コーヒーを頼んだ。

「ついに始まったな」

「なんだかまだ中学生のままの様です」

「だね。実感湧かないっていうか」

 店員の「ごゆっくりどうぞ」という言葉と共に水が出された。

 青く澄んだ空。窓と隣接するテーブルに日差しが差し込む。

 桜は口を開いた。

「今日、ホームルーム中に松岸桃子さんに会ったんですよ」

「あー、松岸ってあの令嬢風な金髪か。でもそんな人見当たらなかったような?」

「それが、凄くバッサリ切られてたんですよね。私の左に居た方ですよ」

「へぇー、アレが? 気付かなかったわ」

「私もです。皆気合いバッチリなんですね」

 アカネは疑念を抱いた。

「気合い、なのか? 中学の頃は「髪は命の次に大事」だなんていつも言ってたと思うんだけど。切るには惜しい程綺麗にしてたし」

「そんなこと言ってましたっけ?」

「おいおい。まだ中学生の様なんじゃないのかい?」

「そうでした。えへへ」

 

 それからも、二人はたわいもない話をした。

 そして話題は部活へと流れた。

「どうです、文化部? 楽しそうですよ」

 アカネのフォークを扱う手が止まった。

「あぁ・・・確かにそうかもね、うん。のんびりしてて良さそうだったし」

 その言葉に桜は何かを感じとったかのようであった。

「──何か気に止まる点でもありましたか・・・?」

「あ、いやいやいや! そういう訳じゃないよ!」

「そうですか・・・」

 なにか気持ちをあやふやにしている様に見える。桜はなんとなく、アカネに何か抑えているものがあるように思えた。

 桜は更に聞こうとも思ったが引き留まった。 

 アカネはフォークを置き、コップの水を一口飲んだ。

「そうそう!」 

 アカネは今朝の出来事が頭に浮かび話題を変えた。

「今朝見たあの神社だけどさ・・・?」

「あ、そういえば」

 桜もあの光景が喚び起こされた。

 今思い返してみると不思議に思えてくる。あの大きさなら住宅街のどこから見ても不自然に目立つはずだが、そのような気配はあの地域に住んでからずっと無い。それどころか目の前に来るまで全くもって気付きもしなかったのだ。

「やっぱり何かおかしいですよね」

「うーむ」

 二人は恐怖とも興味ともとれるような不思議な感覚になった。そして、次第に同じことを考えた。

「帰りによってみるしかないな」

「ですね!」

 この気持ちを信じて確認してみることにした。

 二人は会計を済ませ喫茶店を後にし、下校の続きを始めた。

 

 

 

 二人が降りたのは自宅の最寄り駅だが、そこから家まで歩く"下校線マイホーム行き"はまたも途中下車をする。

 なんとも言えない期待を抱きながら歩く二人。だがその先に待ち構える光景には再び驚かされることとなった。

「確かこの道で───あれ?」

 登校中に例の光景を見たはずの道で二人は立ち止まった。

「な、無い!?」

 そこには存在していなかった。

 周りに同じような道は無く、最寄り駅への近道で分かりやすい通りだから間違いない。二人はそう思いながら周囲を確認するが、やはりこの場所に狂いは無かった。

「これは・・・」

 不思議な感覚が的中した。

 不自然に存在していたものがこれまた不自然に姿を消したのだ。二人の目の前あるのは住宅地のブロック塀のみ。

 明らかに現実的では無い現象に二人は驚きを隠せないでいた。

 アカネは思考を巡らせた。あれはもしかすると、現世とかけ離された人が触れてはいけない領域だったのかも知れない。

 なにか禁忌を侵してしまったような気がして、思わず足が逃げの姿勢を構えようとする。

 しかし、一方お隣さんはそうでも無いようで、何か感服して喜んでいる様であった。

「お、おーい桜? まさかとは思うが──」

「調べましょう!」

 桜は目をキラキラと輝かせていた。

「い、いやぁ桜さん。これはマズイ予感がですね」

「きっとこれも運命ですね。何があるんでしょうか〜!」

 桜の眼差しには届かなかったようだ。アカネはもはや桜のそんな姿にも慣れてしまっていた。

「やれやれ・・・第一どうやって調べる?」

「あ、あぁ・・・」

 桜は我に返りしょんぼりとした。

「じゃあせめて明日にしない? 見つけたのは朝だったし」

「確かにそうですね。明日にとっておきましょう」

 出来れば一生保留にしたいところだが。今日のところはとりあえず止めておくことにした。 

 桜はワクワクとした表情で下校を再開した。後をついて行くアカネも、この珍現象には消極的だったが、不覚にも今ではなんだか少し気になってきていた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ただいま帰りました」

 桜は玄関を開け、靴を脱ぎ始める。

「───あ! ビーフシチューですね!」

 玄関まで漂うその香りは、瞬間的に理解できるほど咲花定番の人気メニューであった。

 お母さんのビーフシチューは安心出来る味だ。一日の疲れを癒してくれる最高のひとときだ。

 テーブルに着くと、丁度そのタイミングでお母さんがビーフシチューを装っていくれていた。定番なだけあってか、母の感か、ちょうど良い量だ。

「いただきます」

 顔の前で手を合わせ、スプーンを手に取った。そしてそのまま掬い、口に運んだ。

 うん、いつも通りの味だ。美味しい。桜は食事を進めた。

 

「なんだかよく分からないんですけどね」

 食事も終盤になっていた頃、桜は今日の感想を話していた。

「これからどんどん楽しくなっていきそうなんです」

 お母さんは頬杖をつき話を聞いていた。

「不思議ですね。感というか、なんとなくというか」

 桜はコップのお茶を飲み、満足そうに手を合わせた。「ご馳走様でした」

 向かいに座っているお母さんもまた、満足そうに微笑んだ。

 桜はダイニングになっている台所に自分の皿を置くと、立ち上がってシンクの前に立った。

「今日は私がやりますよ」

 そう言うと、お母さんの使った皿に手を伸ばしシンクへ運んだ。

 お母さんは決めた顔でグッドのハンドサインを示すと、そのまま立ち上がり後ろのリビングのソファーに座った。

 桜は皿洗いはさほど嫌いではない。勿論山積みになった食器たちを目の前にするのは好ましく無いが、一回の料理から出る程度なら自分から進んでやることも多い。

 小さな頃は、単に手伝いたいと自分から進んで行っていたが、今ではそういった訳ではなく、何か考え事がある時に自然と手を動かしたいと思い率先してやっていた。何もしないほどではないが、何かに没頭するほどでもない。その絶妙なバランスが皿洗いにはあるように感じてのことである。

 桜は鍋にスポンジを擦りながら、今日の出来事を考えていた。

 入学式、部活、そして不思議な神社。

 よく考えてみれば中々濃い一日であった。いや、ただ不思議な神社が大きいだけなのかもしれない。

 桜は最後の皿をカゴに乗せ、手を拭いた。

「お先入りますよ」

 テレビを見ているお母さんに一言入れ、風呂場に向かった。

 それにしても不思議である。それも、消えていたことだけではなく、なぜかその神社に惹き付けられるような感覚があるのだ。

 桜は湯船に浸かっている時も思考を巡らせていた。

 天然な桜も、何かに気になりだすと没頭してしまう。

「考えても仕方ないですね」

 階段が踏まれる足音が二階へ登ってきた。

 よし、それだったらもうやることは簡単。明日確認しに行こう。絶対に何かがあるはずだ。

 あれ?

 かなり考え込んでいたが結局一周して戻ってきてしまったようだ。

 そう結論づくと、桜はベッドで静かに目を閉じた。


 

 

 夜の十一時、四畳半ほどの真っ暗な部屋に雨音が響き、ほんの僅かに街灯の光が差し込む中、アカネの表情は暗いままだった。

「ほんと、なんでだろう」

 そのまま床につき、蹲った。

「怖いとか、不安とか」

 スマホを手に取り電源をつけた

 暗い空間に不自然に顔を照らす画面。しかしそこに浮かび上がった表情には、どこか明るさが欠けていた。

「もう、よく分かんないよ」

 スマホの電源を消すと、布団を被り眠りについた。

 

 

 暗い暗い夜。街灯や家の明かりなど届かない。

 

 寝静まった世界に、雨音が響く───。

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