花乃一服

春川仁士

第一章「出会い」


  花乃一服

 

 

 今年も春がやってきた。

 身も凍る真冬の最中、来たる陽気をまだかまだかと待ち続け、遂に春の足音が響き渡ったとき、溜め込んでいた美しさを一息に、壮大に解き放つ、満開の桜の木々。一風吹けば、止むことなく舞い続ける花弁が、静かな住宅街の小道に桃色の絵具の筆を走らせて行く。川は筏が通り、道は絨毯が引かれる。一度歩けば素敵な花飾りのでき上がり。

 そこから一片、花弁の群れから外れ、のんびり風の流れるままにとある家の窓に辿り着いた。その向こうには、布団を被り、まだ冬眠を終えきれていない、そんなお寝坊さんが居た。

 

 

 

 

 第一章 「出会い」

 

 

 

 

 ────ジリリリリリリ!!

 

 突如高い音が部屋中に鳴り響いた。

 

 ───バサッ!

 

 ぐっすり眠っていたはずの少女は、春の訪れを待ちわびていた桜達のように、勢い良く布団を広げて起き上がる。しかしまだ眠り足りないのか、五分咲きか六分咲きのようであった。

 

 ジリリリ────カチッ

 

「はぁ〜!・・・う〜ん」

 少女は目を擦りながら鳴り響く目覚まし時計を止め、大きなのびをした。しかしその時、少女はボーッとした半目で何も無いはずの壁を見つめていた。

「・・・・・・もう一回寝ようかな」

 少女は、「ふぁ〜」と大きなあくびをしながら再び布団をかぶろうとし始めた。まるで桜の花が咲いた瞬間を逆再生した様だ。

 

「おーい、起きろーー!」

 

 すると、なにやら外から少々苛立ちを含ませた声が聞こえた。

「今日は入学式だろー!」

 その声が少女の脳に電撃を走らせたようだった。

「―――ハッ!? もうこんな時間!」

 少女は完全に目を覚まし、急ぎ足で部屋の扉を開けて行った。

 

 ドッタッドッタッ!

 

 階段を急いで駆け下りる音が家中に響き始める。

「このままじゃ遅刻だー!」

 少女は脱衣所でハンガーにかかっていた制服に着替えると、駆け足でリビングに入る。そこにはコーヒーを飲んみながらゆっくりとしている、少女の母親が居た。だが少女は一緒に朝食をとれるほど取り付くシマもない。

「ごめんなさいお母さん! ゆっくりしていられないので、走りながら食べていきますね!」

 一言言うと、お母さんの向いに置いてあるジャムトーストを口に咥えて、バッグを肩に持ち上げながら玄関に向かった。

 時計を見て察しがついていたのか、はたまたいつも通りのことなのか、お母さんは驚くことなく、笑顔であった。

「───ほえへは行っへきまふ!」

 口にトーストを咥えたまま靴を履くと、駆け足で扉を開けて行った。

 お母さんはそんな少女を見て、にっこり笑顔で見送った。

 

 ガチャッ

 

 眩しい朝日が目を痺れさせる。だけどそれが一日の始まりを教えてくれているようで、とても心地が良い。そしてさぁ行こうと目線を前戻すと、そこには少しカンカンな様子の少女がいる。今日もいい日になりそうだ。

「桜ー! 遅いよ!」

「ふみまへんアカネはゃん」

 少女、咲花桜さきばなさくら。そしてもう一人の少女、鳥居アカネとりいアカネ。二人は今日も、二人で学校へ向かう。

「───それにしても桜、パン咥えたからって、角でイケメンとは・・・」

「ひがいまふ!」

 桜はよくある少女漫画を彷彿とさせるシーンを期待しているわけではようだ。

「まぁとりあえず急ごう! 今ならまだ電車に間に合うはずだよ」

「そ、そうですね!」

 悠長にお喋りする暇もなく、二人は駆け足で駅に向かった。

 

 

 

 

 タッタッタッタッ!

 

 物静かな住宅街。桜の木々が並ぶ小道で、二人の足音が少し反響して聞こえてくる。

 

 ────ピタッ

 

 桜は小道から駅への近道で、なぜか突然に足を止めた。

「こ、これは・・・」

 呆然と立ち止まる桜は、何か見とれているようであった。

「あ、おい桜ー! 遅れちゃ───」

 後ろで急に立ち止まる桜を呼び戻そうと近づいた時、アカネすらも時間に追われていることを忘れさせた。

 二人の目の先には、これまでに無いほどの美しい光景があったのである。

 濃い木に囲まれた、少々薄暗い道にぽつんとある鳥居。だがその奥にそびえ立つのは樹齢千年にもなりそうな立派な桜の巨樹。そしてそれはまるでこの地域一体を長年見守っていたかのような勇ましさで、衰えを知らない、視界いっぱいの満開の花。そこへ春風が当たる度に鮮やかな桃色の吹雪が舞い散る。その光景は歴史を感じさせてくれる程の神々しさもあった。

 アカネはなぜ桜に言われるまで気付かず素通りしてしまったのか不思議な程に。

「とても、立派ですね・・・」

「うん・・・」

 しかし、二人にはある疑問が浮かび上がった。

「桜、ここにこんな神社あったっけ・・・?」

「そ、そういえば・・・」

 そう、二人はこの神社がこんな所にあった記憶が無いのだ。

 二人は生まれた時からこの地域に住んでいる。この辺りの土地勘は朧気だがしっかりある。

 この道は、コンクリートブロックの塀で囲まれた家が並んでいるだけの、あまり変哲のない道のだったような気がした。こんな所にこのような神社があるのは少々不自然である。

「こんな神社あったんだね───って! 学校っ!」

「え、あっ! そうでした!」

 美しい光景に圧倒されていた二人だが、ふと我に帰ると、いかに今危機的状況に陥っているのか思い出した。

 二人は神社を後にし、駆け足では電車の時間に間に合わないと悟り全力疾走に切り替え死ぬ気で駅に向った。

 

 

 

 それからして、二人はなんとか無事学校に間に合うことが出来た。

「―――はぁ・・・はぁ・・・間一髪・・・」

「―――ぎ・・・ぎりぎりですね・・・」

 ゼーハー息を切らし教室の前で膝に手をつく二人。時刻は九時二十五分。式前のホームルームの開始が九時半なので間一髪であった。

 二人は落ち着きを取り戻すと、昇降口の受付で急いぎながら貰ったプリントを今更確認した。

「「あ」」

 二人は同じクラスであった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 入学式は無事終わり、桜とアカネはロングホームルームに向かった。

 教室にはほとんどの人が既に集まっており、席は自由になっていたが桜とアカネは少々離れた席に座ることとなった。

 間もなくしてチャイムが鳴り、女性教員が戸を開けた。

「お、おはようございますっ!」

 少々ぎこちない動きで前に立った。そして背を向けて黒板にチョークを擦り始めた。

「み、皆さんご入学おめでとうございます。今年のこのクラスの担任となった高橋蓮花たかはしれんげです。よろしくお、お願いします」

 少々震える声を噛み締めながら自己紹介をするも、なにもアクションもなく自分を見つめる生徒たちによってさらに焦る。

 (ちょっと何か言ってよ!・・・いや、ここで挫けちゃダメよ蓮花。これからなんだから)

「と、ととりあえず、これからの説明ね」高橋先生は覚束無いながらや明日からの日程や今からすることについての流れを説明し始めた。

 桜はボーッと話を聞いていると、隣の席から突然「ねぇ」と小さく声を掛けられた。

「は、はい」

 桜は若干戸惑う。

「貴女、咲花さんでしょう?」

「え、そうですが、なぜ知って───あ!」

 頭の上にビックリマークが点灯したかのよう何かに気づいた桜。しかし思った以上に声に出ていたらしく、周りから視線が向けられた。

 桜は軽く会釈し視線が戻るのを待つと改めて小声で会話を続ける。

松岸桃子まつぎしももこさんですよね。全然気づかなかったです」

「そうね。髪もさっぱりしたし」

 桃子は桜やアカネと同じ中学校出身であり、クラスも一緒であった。だが桜は桃子と特別仲良くしていたようなわけでもなく、ただのクラスメイト程度の関係性であった。偉い人の一人娘で、腰まである長い金髪をよく靡かせていたというイメージがなんとなくあったので思わず桜の顔認証を遅らせた。

 桜はいったいどうしたのか聞こうと口を開きかけるが、桃子が先手をとって話し始めた。

「ここで逢えたのもきっと何かの縁ですわ。これから私の高校初のお友達になって下さるかしら?」

「も、もちろんです。よろしくお願いします」

 桃子は冗談交じりに「ありがとう存じますわ」と笑みを浮かべて前に向きを戻した。

 桜も笑みを返た。

 (皆気合い入れてるんだね・・・!)

 桜は向きを元の位置にシフトさせた。

「──次は、咲花さん」

「ハ、ハイ!───え?」

 反射的に返事をしてしまっが状況が掴めない。

「じ、自己紹介を・・・」

 どうやら頭を巡らせている間にクラス全体の自己紹介が始まっていたようだ。桜は少々赤ら顔になり額から湯気が出た。そしてすぐに開き直り自己紹介を始めた。

「桜・・・」

 離れた席のアカネは静かに頭を抱えた。

 その後、なんとかホームルームは終わり今日の高校は下校時間を迎えることとなった。

 

 二人は校舎から帰り道を歩いていた。

「今年も桜と一緒か〜」

「みたいですね」

 中学の三年間に続き、今年も二人は同じクラスだ。

「アカネちゃんが居てくれれば色々安心ですね。勉強とか・・・勉強、とか」

「おい」

 この高校は広々としており、校舎から校門までの間ですら会話を楽しめる距離だ。

 

 ドドドドッ・・・

 

「ん?」

 そんな中、突如として後から、何やらこちらへ猛ダッシュして来る足音がしてきた。二人はそれに気づいて振り返ろうとするが、そうする間も無くその何かが目の前で急ブレーキをかけた。

 

 キキィィイ!!

 

「───な、なんだ?!」

 アカネの足が思わず足が逃げの体制を作り始めた。

 春風で、舞った砂埃が薄れて行く。そこには、共に舞った、赤みのかかった黒い髪が落ち着きを見せる一人の女子が立っていた。

「・・・え? えーっと、どちらさ───」

「部活! 入らない!?」

「「え?」」

 突然のことに二人は戸惑いを隠せないが、その女子はすぐに話の続きを始める。

「あぁごめんごめん、なんの部活か教えて無かったね」

 いやそうじゃないと二人は思いながらも、その女子は続ける。「私、文化部やってるの!」

「「文化部?」」

「そうそう! とりあえず部室来て!」

「って!? わ、わあ!」「あ〜れ〜」

 二人強引に腕を捕まれ、流れるままその文化部の部室に向かった。

 

 

 

 ガチャッ

 

「さぁどうぞ」

 部屋にドアノブが捻られる音が響いた。決して広くはないが狭くもないくらいの広さで、中心にポツンと長机が置いてあるだけの内装だ。

「ほいここが部室。まぁあんま大きい部じゃないからそんな凝った部屋じゃないんだけどね。内装は無いそうです。なんつって」

 二人は色々飲み込めずに困惑を隠せない。桜が「どうして私達を・・・」と問いかけた。

「あぁそうね、色々説明してなかった。まず、私は紅平なな葉あかひらななは。この文化部の部長をやってる三年生。周りからは何故か知らないけど『枝垂れ先輩しだれせんぱい』って呼ばれてるの」

 聞きたいことはそれでもない。アカネは頭をかいた。

「私は咲花桜です。そしてこちらが鳥居アカネさんです」

「どうも。じゃあなぜ枝垂れ先輩は私達を?」

「あぁそれね。うち、良い感じな人見つてけて部活に勧誘するっていう伝統があるんだよね。私も入学式終わった直後すぐ誘われてそのまま入っちゃったのよ」

 いや誘拐の間違えだよな・・・。

 桜は枝垂れ先輩に率直な疑問を問いかける。 

「えっと、その文化部って一体何をする部なんですか?」

 すると、枝垂れ先輩はその言葉をよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに視線をキラキラ輝かせて返した。

「この部はね、文化と呼べるものならなんでもやる部なんだ!」

「「なんでもやる?」」

「そうそう!───でもまぁ、日本文化限定というか、特にこれ!ってのは決まってるわげじゃないけど。その時その時みんなで話して色々やってるんだ」

「へぇー」

「普段はボーっとしてるだけなんだけど、まぁとりあえず文化ならなんでもやろうって感じ。文化、うん文化。───文化、だよね? っていうか文化ってなんだっけ」 

 なんなんだこの人は。

 枝垂れ先輩はマイペースさに定評がありそうだ。

「まぁ本当になんでもありっちゃありの自由な部活だから! 文化っぽいものならなんでもって感じ。どう?」

 枝垂れ先輩は目をまたキラキラさせて期待の眼差しを送る。

「うーん、ちょっとその、保留にさせて頂こうと・・・」

 アカネは苦笑いをしながらカニ歩きで出口に向かった。そのまま後ろ手でドアノブに触れる。

「───あれ」

 いくら捻っても違和感がある。

 ふと枝垂れ先輩の顔を見ると、したり顔のような笑顔で鍵を手からぶら下げていた。

「もはや監禁だわ!」

 アカネの行動を他所に桜は部室を眺めていた。そしてコルクボードに何枚か載せられている写真に気がついた。

「それね。今までやった活動記録。というかまぁ、記念写真ね」

 枝垂れ先輩はそのままコルクボードに近づいた。

「歌舞伎鑑賞、アキバ巡り、地域散歩にツチノコ探し。やれることならなんでもってね」

「色々されてるんですね」

「文化とは」

 アカネは遠目からツッコミを入れた。

「日本には独特の文化が多いじゃない? たった少しの世界にとらわれるより、少しでも視野を広げて色々な出会いがある方が色々楽しめるかもって。──少し見直した?」

「はい。楽しそうですね!」

 桜は興味を示した。少々メガティブに捉えていたアカネも桜に釣られて印象を変えた様だった。

 枝垂れ先輩は一息ついて、再び二人に「どう?」と入部の是非を問いた。

「いやぁまぁ楽しそうではあるけど、桜は──」

「お願いします!」

「やっぱりかー」

 いつもの能天気で単純な桜は変わらないようで、アカネは安心感すら覚えた。

「決まりね。じゃあ明日また来てね。他の部員も紹介するから」

 桜は快く「はい!」と答えた。それを見たアカネも吹っ切れたように「しょうがない」と微笑んだ。

 それからして二人は入部届けを貰い部室を後にした。

 

 二人は再び校庭から門の外に向かっていた。

「これからの三年間、どんどん楽しくなりそうですね」

「不安が募って行く一方だろうな・・・」

 これからの高校生活は少々、楽観と悲観に意見が分かれた。

「でも」

 桜は切り替えした。

「期待だな」

 それに答えるようにアカネが言った。

 二人はこれから始まる生活の様々な感情を胸に、下校を再開するのであった

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