02 ザ ・ブラインドネスの真実
カンナは、電話越しに理玖の声を確かめていた。
「これまでありがとな。カンナのおかげで、おれは西側にいながらも、なんら干渉を受けることなくこれまでやってこれたんだ」
「ううん、わたしこそありがとう、理玖。わたし、理玖がいなかったら、なにもできずじまいだった」
カンナは、壁に向かって、ささやかに笑った。壁に穿たれた「E01425」の文字。まるで、その向こうにいる理玖が見えるような気がした。
「これからだよ、カンナ。おれは、カンナに会いにいく。壁を超えてやるんだ。おれがザ ・ブラインドネスになってしまったように、奴らの目からもおれを消すんだ。欺くことはそう難しいことじゃない。だけど、カンナ。全部済むまで、なにがあっても絶対その場所にいるんだ」
「でも、でも……」
「そうだよな——悲しいよな」理玖が代弁する。「けど、安心してくれ。おれはもう無敵なんだ。死んだやつらをたくさん見てきたから」
カンナは、次に発すべき言葉を失った。人が死んだ、という話になるといつもそうだった。理玖はそれを慮るように、笑い声を付け足した。
「もうわかってると思うけど、去年の春に、そっちの偉い人たちはおれたちの人権をすべてなくすことに決めた。大規模な〈消毒〉ってことさ。致死性の毒素を西側だけにまいて、おれたちを皆殺しにしようとしたんだ。媒介物を殲滅すれば、感染が止まると思ったんだろう。でもその手を逃れた人間たちが、まだここに生かされている。……」
少し間延びした沈黙があった。
「それとな、これも前にも少し話したかもしれないけど——、ザ・ブラインドネスは、目をつぶすだけの生物兵器じゃあないんだ。いうなればハイテクノロジーの副産物なんだよ。生体実験〈HR2015〉というのがある。近い未来をエミュレートすることのできる組織を、人間の頭の中に入れ込む装置だ。
つまり、これがうまくいくと1年先の〈計算された未来〉が見えるようになる。現時点から逆算した未来が、な。けど、この実験の途中で、実験を進めていた企業が分裂し、内部抗争が起こった。そこで生まれてしまったのが、ザ・ブラインドネスとでもいうべきなんだよ。
……だから、この病気になっても、元の視覚が消えるわけじゃない。テクノロジーに人間が馴致すると、99%、真白い闇が視界を覆う。そして僅かに1%、自分たちの世界の実像が見えるようになる。だいたい、数時間から数ヶ月で。そのことに、そっち側の人間たちは気付いていなかったんだ。……東側の人間たちは愚鈍だ。完全にこの病気にかからない確証など、どこにもありはしないんだから」
カンナは押し黙ったまま、理玖の独白を耳に強く押し当てていた。しかし彼女の内側には、強大なエネルギーのようなものが渦巻つつあった。
「それで、だ、カンナ。教えて欲しい。この前メールで送ってくれた壁番号は、正しいんだよな」
「うん。……そうだよ」
「わかった。それじゃいまから、そっち側に〈PHR2015〉のヴァイラルを投げ込む。そうするとそっち側の人間もザ・ブラインドネスを発症する。あっという間に東側に蔓延するだろう」
理玖はそこで一呼吸置いて、
「——カンナ。どうしても、カンナに会いたかったんだ。ほんとうの世界をカンナに見せたかった。身勝手なおれを、許してほしい」
カンナはしかし微笑んで、この後に来る未来への予感に、涙を落とした。
「わたし、信じてる。きっと、ぜんぶ見えるようになるって」
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