ザ・ブラインドネス——透過率99%の片思い

山根利広

01 もうひとつの日本にて



 辺境の町、兵庫のトワ郡には、高々と壁がそびえる。南北に日本を二分する、長大なバリケードが。




 2018年に九州と中国地方で頭角をあらわした「感染性急性視覚異常化症候群ザ・ブラインドネス」は、ひと月の間に全国民を震え上がらせた。


 突如として視野が真っ白になり、なにも見えなくなる。ひとたび病状が出ればあっという間に視覚が失われる。ヒト間で感染する疾患でありながらも、その経路がまったく見えない。しかし部分的に分かっているいるものがあった。


 感染拡大が進んで2ヶ月経った2018年秋の時点で、感染者のいる地域が、限定されていたのだ。東経135度付近から東側、つまり大阪以東であれば、発症の可能性が非常に低い、というデータが浮かび上がった。


 有識者たちの間のみで流布していたこのデータは、日本政府の部外秘計画とともに長らく水面下で保存されていた。そして「壁」が、なんの予告もなく、2019年2月23日、東経135度に打ち立てられた。


 壁より西側の国民の感染者率は98%にのぼっていた。東側の僅かな感染者たちも、有無を言わせず壁の西側に「隔離」された。壁を越境する者はほとんどいなかった。不法越境——壁を乗り越える行為——は、死罪に値するからだ。つまり、越境した時点で自衛官に射殺されるのである。


 政府の計画はその間に着々と進行した。ほんとうの目的は、壁を築くことではなく、「西を切り捨て」ることだったのだ。


 2019年3月には、東の感染者は0になった。そして同月8日、東側から断絶された、西の人間たちは、午前0時をもって一切の人権を失った。法でそうなるように定められたのだ。首相は「断腸の思いだった」と、テレビ越しに悲痛に語った。



 さまざまな憶測が飛び交った。西にいる人々はひとつの群衆となって、まだ生き延びているのではないか。実はもうザ・ブラインドネスが収束しており、人権を失った西側の人間が、復讐しにくるのではないか。


 ザ・ブラインドネスの正体は、現在に至るまで分からずじまいである。だが、2020年8月に至るもまだ、巨大な壁が日本の真ん中に立ちはだかっているままである。



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