白皙の少年

 ハルは、卵かけご飯を作ろうと思い立ち、二階から一階に降りた。ダイニングルームに、誰かがひっそりと立っていた。そいつを見た瞬間、しばらくの間、ハルは硬直した。

「誰だ?」、ハルは強気にいった。

「俺だよ、忘れたのか?」

 男は静かにいった。

「知らないな。出てけよ」

「まあ、話そうや」

「……いいよ」

 ハルは身の危険を察し、男に従うことにした。警察に通報するのは後でもいい。そう思った。ハルは男と共に自室に向かい、ソファに坐り、男と向き合った。

「おれを知ってるんですか? どちら様か知りませんが」

「敬語はいいよ。そういうのは苦手なんだ。俺たちの仲だろ」

「はあ……そうですか。けど、俺は憶えてないんですよ」

「無理もないな。普通は前世のことなんて憶えてるはずないよ」

「前世? スピリチュアルですか?」

 男は答えなかった。「スピリチュアル」という言い方が気に食わなかったようだった。まして男は霊能者として一級だという自覚がある。男はハルが前世を憶えていないことは承知の上だったが、ここまで人間が変わっているとは意外だった。

「敬語はいいってば」

「はい。で、なんか用なの?」

「それがねえ、ちょっと仕事が片付いてね、ひまだから、来てみたんだよ」

 ハルは顔をしかめた。

「そうなの? 疲れてるように見えるけど……」

「嘘が嫌いなんだね。そこは変わってないようで安心だな」

 実際、男は疲れていた。しかし、そんなときだからこそ、訪れてみようと思ったのだ。

「俺ね、仕事変えたばっかなんだよ。霊能者として仕事してたんだけど、失敗してね。詐欺師って散々言われたよ。ショックでさ。流石に辞めたよ。でね、今、前々から勤めたかった外資系にスカウトされたんだよ。不思議だよね? 俺の知り合いがね、その会社が霊的に不安定だから、護って欲しいってさ。ウケるよね。相当悪い会社か善い会社かのどちらかだよ。俺は神に誓って言うけど、裏切りはしないよ。でもね、この仕事が終わったら、霊能者辞めようと思ってる。フリーから所属したらマジで鬱だよ」

「有能じゃん」

「まあね」

 男は苦笑いを浮かべた。第一印象と違うな、と思った。

「おれもアルバイトしようと思ってるんだけどね。何がいいかなって迷ってる」

「マクドとかどうかな。それよりね、俺も学生時代アルバイトしてたよ。画家に知り合いが居てね、画廊に特別に出入りしてたんだよ。おかげで絵にはそれなりに詳しいよ。ある日、絵の女と目が合ってから体調が悪いっていう依頼者がいてね。速攻で断ったよ。俺の絵だもん」

「断んな」

 男は帰り支度を整えた。結局、ハルには男が何を言いたかったのかわからなかったが、前世があるなら来世もあるかな、とバカなことを考えた。

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白皙の少年 滝沢明矩 @takizawaakinori

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